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152.魂削られし漆黒の哄笑

活動報告を更新いたしました。興味がある方は覗いてみてください。


更新遅くなって申し訳ないです。

 

 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。

 汚れのない綺麗な白色と、吊り下げられた光源がルナを迎える。


「────ん。ここは、私の部屋……?」


 朝の目覚めと同じ景色が、そう思わせる。

 首だけを動かして周りを見れば、自分好みに整えた調度品や、お気に入りの短剣が机の上に置かれているのを確認できた。


「おはようございます、ルナ様」

「えっ?……あ、ステルさん」


 ずっと部屋にいたのだろう。その独特な気配のせいで、声をかけられるまで気づくことができなかったルナは、思わず声をあげる。

 しかし、そんなルナの様子にまったく表情を変えることなくステルは続ける。


「体の方は大丈夫でしょうか?どこか痛んだりはしますか?」


 起き抜けでまだ寝ぼけている頭に、ステルの気遣うような声が響く。

 問に答えようと体を起こしてみるが、どこも痛んだりはしない。


「あ、まだ体を起こしては……!」

「ううん、大丈夫みたいです。どこも痛くないですし」

「そうですか……。それなら良かったです」


 急に起き上がったルナに驚き、ステルが制止の声をあげるが一歩遅かった。

 けろりとした顔で無事を告げるルナに、やや呆れた風を装いながら返事をする。


「ひとまず、水をどうぞ。すぐに主をお呼びします」


 いつもの希薄な存在感と影を伴って佇むステルは、グラスに入った水を差し出してくる。

 ルナがグラスを受け取るや否や、踵を返して部屋を出ていく。

 ステルの主────すなわち慎司を呼んでくると言われ、状況が飲み込めないままルナはこくこくと水を飲む。


 ただ起きただけでどうして慎司を呼ぶのか。ルナにはそれがあまり理解できなかった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「主、ルナ様が起きたようです」

「ステルか、ありがとう。すぐに行くよ」


 予め伝えておいたとおり、ステルはルナが目を覚ましたことを報告してくる。

 この家はグランが守護しているものの、万が一を懸念して護衛をステルに頼んでおいたのだ。そのついでに目を覚ましたら伝えるようにとも言っておいた。


「……1日。意外と早かったな」


 コルサリアに弱さを露見させてから半日以上が経ち、慎司は既にいつも通りの強さを繕っていた。

 みんなの頼れる隊長であり、家族を守るSランク冒険者の慎司だ。


 ルナの部屋に向かって歩きながら、慎司は考える。

 ルナは何も後遺症が無いだろうか。今まで通り生活できるのか。もしかしたら、自分のことを忘れていたりするのでは……。


「考えるだけ、無駄か……」


 思考にはまって落ち込むよりも、どっしりと構えてルナを迎えてやるべきだろう。

 部屋の前で深呼吸を1度だけ。


 ────慎司は扉を叩き、声をかける。


「俺だ、慎司だ。入っていいか?」

「ご主人様……どうぞ」


 やや落ち着いた声で入室を許可され、慎司は扉を開く。

 明るめの色調で整えられた部屋の中にあるベッド。そこにルナは体を起こした姿勢で待っていた。


「目が、覚めたんだな……ルナ」

「えっと、はい。おはようございます?ご主人様」


 穏やかな笑み────少なくとも自分ではそう意識して浮かべた笑顔。

 慎司の笑顔にはにかみながら返事をしたルナ。その様子は、どこか戸惑っているようだった。


「ルナ?」

「はい、なんですかご主人様?」

「あー……えっと、その。体は大丈夫か?」


 まるで何も知らないような無垢な顔で首を傾げるルナ。

 その顔を見て、慎司は少しだけ言葉に詰まる。もっと取り乱すかと、泣いてしまうかもしれないと思っていた。

 だから、当たり障りのない言葉しか出てこない。


「はい、別になんともないですけど……?」

「そ、そうか。もしかしてルナ……」


 ここまで聞いて、疑問しか顔に浮かべていないルナの顔を見れば答えはただ一つだけだ。


「覚えて、ないんだな」


 その言葉が引き金になったのだろうか。

 ルナが難しい顔をして過去を思い起こそうとして、すぐに顔を顰めた。


「覚えてない……?なんのことで────痛っ!」


 ひどい頭痛がしたのだろう。目を固く瞑り、片手を頭に当てて肩を震わせる。


「おい、大丈夫か!」

「痛い、痛い痛い痛い!!ご主人様……!ご主人様っ!!」

「ルナ、俺はここだ!……くそ!」


 段々と酷くなっていくのか、錯乱したルナはひたすら慎司を呼びながら頭を抱えている。

 ベッドの上で喚き、暴れる姿はとても痛ましい。


 自分の不用意な言葉で招いた状況だ。

 慎司は焦りを自覚しながらも打開策はないかと思考を回転させる。


「いけるか……!?ヒール!……だめか、ハイヒール!……効果がない!!」


 考えられるのは痛みを癒す魔法。

 だが、ありったけの魔力を込めてもなんの効果も及ぼさない。

 初級とも言われる程度の魔法では効果が無いのだろうか。


「ぁぁあああああ!!いやだ……!痛い……!ごめんなさいごめんなさい!」

「エンゼルブレス!!これなら……どうだ?」


 回復魔法の中で1番の効果を誇る《エンゼルブレス》焼けた声帯すら取り戻した魔法は、暖かな光を放つだけで、ルナの様子は変わらない。


「……ああちくしょう!!どうすればいいんだよ……!」


 叫ぶ慎司は、助けた誰かが死んでいく。そんな恐怖を感じた。

 助けれたと思った。

 今度こそ失わずに済んだと。

 だが、目の前で苦しんでいる人が────失いたくないと思った人がいる。


「ご主人様……助けて……!!」


 焦点の合わない目で虚空を見つめるルナの頬に、一筋の線ができる。

 きらりと光を反射するそれは、涙の痕だ。


「助けて……」


 段々と弱々しくなるルナの声。

 記憶にある、助けを求めた部下が、同じ部隊の仲間が、少女がフラッシュバックとして浮かんでは消えていく。


「なんでもいい!ルナを助けるだけの力を……!!俺によこせ!!」


 それは渇望。

 失った者が、再び失うのを恐れるが故に欲する。

 例え自分の領分を超えても、身を滅ぼしても、助けたいと願ったからこそ、慎司の前にそれは現れた。

 止まる時間。慎司の見ていた視界は灰色に変わり、色は目の前にだけ存在した。


「やはり、貴方はそうして力を求めると思っていましたよ、シンジ」

「アル、テマ……?」


 現れたのは、漆黒のドレスを纏ったアルテマ。

 口の端は釣り上がり、その目は笑っている。

 突然現れたアルテマは、三日月を思わせる鋭利な鎌を手にして、慎司の目を覗き込んでくる。


「力をあげましょう。ルナを助けられる、そんな力を」

「なに……?そんなことができるのか?」

「ええ、できますよ……」


 不敵に嗤うアルテマ。

 明らかに裏がある言葉なのは分かっている。だが、それでも慎司はその提案を蹴ることはできなかった。

 今の自分にできることは何も無い。それなら、たとえどんな要求をされようと飲んでみせる。

 ────それがルナを助けるためなら。


「くれ。俺はルナを助けたい……!」

「いいですよ。代償は貴方の魂を少々……と言ったところです。どうです?これでも……おや?」


 自分に差し出せるものなら、なんでも差し出そう。そう決めた慎司は鎌を持つアルテマに近寄り、両手を広げる。

 あまりにも無防備な姿に、アルテマの顔が少しだけ優しげに微笑んだ気がしたが、慎司には気にしている暇はない。


「さあ、早く俺に力をよこせ。覚悟なんて決まっている、なんだってくれてやる。魂だろうが、俺の存在……全てをもっていけ!!」

「はぁ……ほんとバカですね……よっと」


 嘆息したアルテマは、ドレスと同じ漆黒の鎌を勢いよく振り抜く。

 音はなく、衝撃もなく、ただ鎌はすり抜ける。


「対価は頂きました。これをどうぞ」


 そう言って差し出してくるのは、黒い宝玉。

 不思議とそれの扱い方は分かった。

 慎司は黙って宝玉を胸に近づける。すると、スッと体の中に入り込んでいき、灼熱感が体内を駆け巡った。


「ぐっ、うぅ……!」

「それではサヨウナラ。次は神滅の時にでも会いましょうか」

「お前は…… 」


 熱い感覚は引きつつあるが、それでも声を出すのは苦しい。

 絞り出した問いかけに、漆黒のドレスを翻しアルテマは哄笑する。


「フフ……アハハッ!私はアルテマ。貴方の剣であり、あの人の剣であり……」


 そこで言葉を止め、首だけで振り返るアルテマ。こちらを見つめてくるその瞳は、いつもと真逆の真紅に染まっていた。


「────神を憎む者よ」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「……ッ!!」


 急速に戻る色彩。

 それは止まっていた時間が動きだした証拠だ。

 痛みに悶えるルナ。

 すぐに慎司は受け取った力を使おうとする。


「今、助けてやるから……。《イレイス》」


 受け取った力の使い方は、すぐに分かった。

 効果は、対象物を消し去るというもの。

 今回はルナを苛む痛みを消し去ったというわけだ。


「……ご主人、様ぁ……」

「ああ……大丈夫か、ルナ?」

「私、思い出したんです。あの男に捕まって、それで……」


 甘えでも、悲観でもない、ただただ焦がれるだけの呼びかけに慎司は応じる。

 思い出した。そう告げるルナの顔は深い自戒の色に染まっていた。


「ご主人様を裏切って、私がいるって言ったのに、勝手に離れて、心配かけて、酷いことも言って……」

「ルナ、いいんだ」


 自分の行いをひたすら羅列するルナ。言葉にする度にその存在が、心が磨り減っていっているようで慎司は耐えられなかった。


 ベッドに片膝をかけて、優しく抱き寄せる。

 圧倒的に小さい体躯を感じ、多少強くても、安心できるようにしてやる。


「うぅ……私は……ダメなんです……裏切り者で、ダメダメで、もらった剣も……」

「いいんだ!────ルナ!」


 誰にでもない独白を続けるルナを、声を大きくして止める。

 頬を両手で挟み、こちらを向かせる。

 綺麗な瞳が、怯えに揺れている。

 それをまっすぐ見つめ、思いをぶつける。


「俺は、ルナがここにいる。それだけでいいんだ……!」

「で、でも……」

「でもも何もない。ルナが、ルナであってくれれば……俺の好きな、みんなのために頑張ってくれて、優しくて、笑うと可愛いルナがいてくれれば……それだけでいいんだよ……!」


 慎司は伝える。

 思いを、気持ちをぶつける。

 どれだけルナを思っているか、考えているか。


「だからほら、泣いてないでさ……笑ってくれよ、いつもみたいに」

「いいんですか。私……」


 それでも尚不安そうに呟くルナ。

 だから慎司は、少し意地悪な顔をして言う。


「それじゃあ()()だ。笑ってくれ、ルナ」

「……んん……うまく笑えてますか?」


 奴隷は命令には逆らえない。

 涙で濡れた、グシャグシャの顔でぎこちなく笑ったルナの顔。

 それはお世辞にもいつも通りであるとは言えないが、それでも慎司は満足そうに微笑んだ。


「ああ、その笑顔が好きなんだ」

「……ごめんなさ────いいえ、ありがとうございます」

「ああ、もう誰にも渡さないからな……絶対離さない」


 普段なら使わない、歯の浮くようなセリフを聞かされたルナは、目を大きく見開き口をパクパクとさせる。

 うっすらと朱に染まる頬が、照れていることを示している。


「お、お、お願いします……」


 俯き加減の顔で、上目がちに言うその言葉。

 そんなルナの仕草に愛しさを募らせる。


「ああ、任せてくれ」


 気になることはまだまだあるが、一先ずは一件落着と言えるだろう。

 にこやかに言い放った慎司は、少しの間だけ他のことを頭の中から追い出し、目の前の愛する少女にだけ自分の時間を捧げるのだった。

これにて崩壊編は終了です。


続く神滅編が、この物語の最終章となります。

章タイトルでお分かりいただけると思いますが、ようやく張られた伏線を回収します……!

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