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151.全てが終わって

更新が遅れて申し訳ありません!!

 

 気を失ったまま目を覚まさないルナを抱き抱え、慎司は転移魔法を使う。倒れてなお離さなかった一振りのダガーは、思い出の品だ。

 視界が一瞬で切り替わり、立っていたのは荒野ではなく家の敷地に変わっている。


「おかえりなさい、シンジ様」

「ああ、ただいま」


 どうやって慎司が戻ってくるのを感知したのか、転移したすぐ側にはコルサリアの姿があった。微かに吹いている風が彼女の銀髪を撫でる。

 いつもとは違う、慈しむような笑みを浮かべてコルサリアは口を開く。


「ルナちゃんを取り戻せたのですね」


 その言葉に、ようやくルナを取り戻せたという実感が今更ながらに体中を駆け巡った。

 こみ上げてくる感情は、歓喜なのかそれとも悦楽か。

 名前のつけられない感情に困惑していると、目の前のコルサリアが困ったような表情を浮かべた。


「あらあら、シンジ様……泣いておられるのですか?」


 ゆっくりと近寄ってきて、両手が塞がっている慎司の代わりに目元を拭ってくれる。

 そうされて初めて、自分が泣いているということに気づいた。


 ここ数日は、ルナの身に万が一の事があったらと思うと眠れない日があった。

 常にルナを思い、引き離されたという現実を受け入れ難くて気持ちが落ち着いていなかった。


 だが、ようやくルナを取り戻せた。

 今自分の腕の内で眠る少女の温もりは、決して幻覚などではない。

 嬉しい。そう、嬉しいのだ。


「俺は……また……」

「失っていませんよ。貴方が、その手で守ったんです」


 守りたいと伸ばした手から零れ落ち、散っていった仲間たち。


「たくさん、失ってきて……」

「ルナちゃんは、今ここにいますよ。貴方のお陰で」


 ────ああ、俺はやっと……。


 慎司は泣き出しそうになる自分を叱咤する。

 まずはルナを安全な所へ寝かせないといけないのだ。


「……コルサリア、まずはルナを寝かせてくるよ」

「はい、わかりました」


 気を利かせているのか、家からは誰も出てこない。魔力でグランやステルたちがいるのは分かっているが、皆顔を合わせないようにしてくれている。

 今の自分の顔を見られるのは、少し恥ずかしい。だから、その気遣いは非常に嬉しかった。


 家に入り、ルナの部屋に入る。

 慎司の部屋とは違う、可愛らしい内装だ。

 あまり部屋の中を見るのも気が引け、すぐにベッドへとルナを寝かせる。


「……すぅ、すぅ」

「早く起きて元気な姿を見せてくれよ……」


 穏やかな寝顔のルナ。

 その金に輝く髪の毛を軽く梳いてやり、慎司は部屋を出る。

 扉の外には、コルサリアとリリアがいた。


「気が利きすぎじゃないか……?」

「いえいえ、これぐらいは」

「メイドの嗜みってやつですよ、シンジ様」

「そうか、ならリリア。ルナの着替えとかを頼むよ。俺がやるわけにもいかないしな」

「お任せ下さい」


 リリアは一礼すると、予め用意していた衣服を持って部屋へと入っていく。お湯の入った桶も用意していたのには、流石メイドだと感服させられる。


 一方、残ったコルサリアはずいっと体を近付けてくる。

 ふわりと香る甘い匂い。

 男を惑わす色香を振りまく彼女は、決して少女性を感じさせない蠱惑的な瞳で見つめてくる。


「お疲れ様でした、シンジ様。……もう、頑張らなくても大丈夫ですよ」

「あ、ああ……コルサリア……」


 何も、扇情的なことはしていない。そんな姿も見せていない。

 ただ、瞳だけで誘うのだ。

 身を任せていいと、虚勢を張る必要は無いと、言外に伝えてくる。


 だから今は、全てを終わらせた今だけは。

 自分を曝け出してもいいのではないだろうか。


「シンジ様、お話はお部屋で聞きます……。疲れた体をまずは癒しましょう?」

「ああ……すまない……」

「いいえ、私がそうしたいからしてるんですよ」


 緊張の糸が切れ、どっと疲れが溢れ出してきた体をコルサリアは小さい体で支えてくれる。

 そこまで献身的な姿を見せられれば、自分が愛されていることなど簡単にわかる。


 ゆっくりと、それでも着実に歩みを進め、慎司は自室のベッドへと腰掛ける。

 隣にはコルサリアがポスン、と座ってくれている。


「コルサリア……もう、いいんだよな?」


 もう、我慢しなくてもいいだろうか。


「俺、頑張ったよな……?」


 もう、泣いてもいいだろうか。


「……よく頑張りましたね、シンジ様。貴方の頑張ってきた事は全部知っていますし、素晴らしいことです。もう、いいんですよ」


 ────泣いても。


 コルサリアに手を握られ、愛する人の温もりを感じた慎司は、自分の中の何かが決壊するのがわかった。


「うぁ……ぁ、あ……」


 嗚咽が込み上げる。

 今まで自分を強くしてくれていた、義務感にも似た感情はルナを救ったことで消えている。男として泣いてはいけない気持ちと、記憶を取り戻したが故の、年齢に相応しくありたいという気持ち。

 その2つが主張をしてくるが、握っていた手を離して、優しく抱きしめてくれるコルサリアを感じれば、弱さなんてものはすぐに曝け出される。


「……いいんですよ、強くなくても。誰よりも強くなくていいですし、権力がなくても平気です。私は、シンジ様がいてくれるだけで幸せですから」


 甘い言葉が、慎司を溶かしていく。

 コルサリアの大きな胸に顔を(うず)めて、ひたすら泣き続ける。


 荒野に立っていた頃の慎司は既に消えていなくなっており、そこにはひたすら弱いだけの、男がいるだけだ。


「コル、サリア……でも俺は、強くないとダメなんだ。強くないと皆死んじまって、いなくなって、それでそれで、それで……!」


 強くなければ戦場では命を散らす。

 弱さは罪ともいえるのだ。

 慎司は過去のことを思って言葉を漏らす。

 自分の指揮で死んだ者もいた。撃ち漏らした相手に殺された味方もいたし、油断して命を落とした部下もいた。


 それは全部、弱さが原因だ。

 経験がないから指揮を間違え、練習が甘かったから撃ち漏らし、緊張感を持たなかったゆえに死んだ。


 それを知っているからこそ、慎司は強くあらねばならないのだ。


「俺は強くなくちゃ……みんないなくならないように、強く……強く……!」


 まるで自己暗示するような声に、コルサリアは悲しそうな表情を浮かべる。

 ここまで慎司が弱っているのは、周りの人が段々といなくなっていき、それを止められなかったからだ。

 しかし、コルサリアはそんな事を知らないし、知りたくもなかった。


 大切な誰かがいなくなる、失うというのは実際に起こって欲しくはない。

 慎司、ルナ、アリス────コルサリアにとっての大切な者はいなくなったりはしない。そう思いたい。


 だからコルサリアは、慎司の言葉を否定するように、優しく、そして甘く囁く。


「それじゃあ、私の前でだけ弱くなってください。どれだけ弱さを見せても、情けなくても、私は絶対に離れたりしませんから。それに、男の方だって泣きたくなる時ぐらいありますよ」


 慎司は呆然として、コルサリアを見る。

 その顔には、何を言ってるんだと言わんばかりの声なき問いがある。


「強くあるのは、辛いことです。自分を曝け出せないのは、悲しいことです。だから私はそれを受け止めます。シンジ様がいつも強くて頑張ってるのは知っていますから、たまには私に甘えてください……」


 ────俺は、弱くてもいいのか。


 そんなはずはない。弱いことは罪なのだから。失いたくないなら強くあるべきだ。


「だからほら、シンジ様。ルナちゃんが起きてくるまで甘えてもいいんですよ?」


 ────強く。いや弱くても。


 慎司の中で強さの見方が変化する。

 世の中メリハリが大事なのは重々承知している。戦いの最中に与えられるふとした休養は得てして嬉しいものだ。


 即ちこれは、強くなる上で必要なことなのだ。


「はは、それなら今だけ……甘えさせてくれ」

「……はい!────愛してますよ、シンジ様」


 ────俺もだ、コルサリア。


 ルナが起きてくるまでの間は、無理に強くあろうとしないでもいいだろう。ルナが起きてきたら、恰好いい自分を見せてやらないといけないのだから。


人間は強さと弱さを持っているからこそ、格好よくいられるのではないかと思います。

弱さを見せられる相手がいるというのは、幸せなのではないかと……

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