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150.取り戻すために

想定よりも長くなってしまいました。

慎司にとって重要な局面ですので、許していただきたい

 

 一度見た風景。深い新緑の中で慎司は目を開く。

 辺りに漂う魔力の残滓や、眼前に広がる鏡かと錯覚させる程の湖を見れば、精霊の森にいることはすぐに把握できる。


「……リーティア」

「ええ、ここにいますよ。シンジ」


 慎司の声に、なんの反応も無かった虚空から声が返ってくる。

 理屈は慎司に分からないが、辺りを漂っていた魔力がいつの間にか目の前に凝縮されていき、そこには慈悲深い微笑を浮かべるリーティアがいた。


「準備はよろしいのですか?」

「ああ、家族にも話はしてきたし、騎士団にも話をつけてきた。後はルナを奪いやがったクソ野郎をぶちのめすだけだ」

「そうですか。それだけルナの事が大切だということですか……一つだけ、魔眼はあくまでも魔力を媒体にして強制力を発揮します。言いたいことはそちらの魔剣がわかるはずです」

「ええ、大丈夫です。シンジ」


 リーティアの顔は、納得しながらも、どこか悲しげな表情を浮かべていた。有益な情報は得たものの、詳しいことはアルテマ頼みになるだろう。

 リーティアの表情の、その理由が慎司には察することができないが、気になりつつも今は一刻も早くルナのもとへと駆けつけたい、と心が叫んでいた。


 失われていくのには慣れたはずだったが、やはり喪失感は味わいたくないものなのだ。

 胸の痛みに苛立ちを覚えながら、慎司は決然と告げる。


「リーティア、転移を頼む」

「決意は固いようですね。では……」


 待っていてくれ……。心の中でルナを想い、目を閉じる。

 一瞬の浮遊感とともに、自分の体を魔力が包み込むのがわかった。


「いってらっしゃい、シンジ。取り戻してくるのですよ……あなたの希望を」


 転移の直前に聞こえた声の真意は、もう分からない。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 見渡す限りの荒野、ひび割れた大地の上に慎司は立っていた。

 目の前には寂れた街道らしきものが、時間に忘れ去られて風化している。所々にある民家らしきものは、移民族のものだろうか。


 そして、そのうちの一つから、忘れたくても忘れられない魔力の波動を感じることができる。

 いつも傍にいてくれた、狐の少女のものだ。


「ルナ……っ!」


 思考は冷静なままで、それでいて感情だけが煮えたぎり、足を踏み出す。

 その動作でだろうか、民家の奥からも新しく反応がする。

 これは魔眼の男のものだろう。


「あーぁ、なんで見つかっちまうかなぁ……。まだまだ楽しめてないのによォ……」

「下衆が……」


 ルナを奪ったあの時と同じように、心の奥底の嘲笑を隠しもしないその声はやってくる。

 記憶に残る魔眼の眼光。フードの奥に隠されたその本性を慎司は知っている。


「 おーいおいおい。下衆とは中々言ってくれるじゃねぇか。Sランク冒険者様は口汚くてもなれんのかァ?」

「減らず口を……っ!聞いてるだけで不愉快だ、即刻その口を閉じろ!」

「黙れと言われて黙る奴はそんなにいねーっつの!……ビビってんのか?」


 その言葉に、以前の慎司ならなりふり構わず突撃していただろう。大切な人を無理やり奪われ、馬鹿にされる。屈辱以外の何物でもない。


 しかし、ここに至って慎司は冷静であった。冷静にまずは情報を探り出していく。

 会話というには余りにもおざなりではあるが、その最中に鑑定を試みる。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 《エステイト:人族》

 Lv.157

 HP999/999

 MP800/800


 STR:560

 VIT:720

 DEX:800

 INT:400

 AGI:910


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 魔眼の男────エステイトのステータスを見て、慎司は瞬時に戦闘へと意識を切り替える。

 レベルの割にやけに高いステータスを見てしまえば、自然と体に緊張が走る。


 慎司が戦闘態勢に移ったことを確認したエステイトは、いつの間にか抜いていた二対の長剣を構える。

 黒と白に分けられた二対の長剣からは、禍々しい魔力と神聖な魔力を感じられる。


『おそらく魔剣でしょう。特に黒い方の剣には注意してください。致命的な損傷を受ける恐れがあります』


 アルテマの助言に心中で頷きを返す。

 その後、魔力は感じられるものの姿の見えないルナについて、慎司は探る。


「おい、ルナをどこにやった……」

「わからないのかーい?そいつは結構。アンタに教えてやる義理はないからな、秘密ってことでどうよ?……クヒヒ」

「……そうか。ならここで死ね、後は勝手に探させてもらうからな」


 ルナの場所は魔力で感知しているが、そのことを馬鹿正直に話す必要は無いだろう。

 それならば、カマをかけてみるのも一種の手だと慎司は考える。


「……例えば、あっちの民家なんて怪しいけどな」


 そう言って慎司が魔力で感知しているルナの居場所を指さすと、エステイトの表情に僅かな変化がある。

 片眉がピクリと動いただけであったが、その些細な変化を慎司は見逃さなかった。


「ハッ、カマかけても無駄だぜ?俺は結局一言で

 アンタの大切なお仲間を殺せるんだからな」

「そうだな。もう十分だよ、それじゃあルナのためにも死んでくれ」


 そう言って、手を横に伸ばす。

 瞬時に顕現したアルテマを手に取り、両手で構える。

 目の前にいるエステイトと同じサイズの長剣を握り、慎司は一息吐く。

 エステイトとの距離は、およそ5メートル。


「ふっ!」


 それが戦闘の始まりだった。

 今回の戦いで最も警戒しなければいけないのは、魔眼の効果で従えられているルナに、害を与える命令が発令されることだ。

 しかし、1度目ならまだしも2度目である今は対抗策を持っている。考案したのはアルテマだが、既にその策は慎司の頭の中に流れ込んできている。


 故に慎司は強く足を踏み出す。

 大地が鳴動するほどの踏み込みに、音さえ置き去りにする圧倒的な速度、流れる視界の風景はやがてエステイトへと収束していき、瞬時に肉薄する。


 驚愕に彩ろられたエステイトの、あまりにも遅い左の白い長剣の振り。


「こいつ……ッ!」

「おせぇ!」


 対策も何も無い、ただただ圧倒的なステータスの差を活かした速度の暴力で、慎司はエステイトの命を刈り取ろうとする。

 狙いは左手を切り飛ばし、痛みに怯んだ所を畳み掛けていくことだ。


 まさか一瞬で距離を詰められるとは思っていなかったのか、エステイトは白い長剣での防御が間に合っていない。

 これはすぐに終わらせられる────そう思ったが、慎司の攻撃は不可視の壁に阻まれ男を衝撃で弾き飛ばすだけに留まった。


「くそ、使っちまったじゃねぇか」

「……その剣か」


 毒づくエステイトを尻目に、白い長剣の方を鑑定で見てみれば、やけに自信があった理由が判明した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 《絶護の長剣》

 レアリティ10


 持ち主を回避できない脅威から救い出す純白の長剣。24時間に1度しか使うことができない。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 慎司の攻撃を阻んだのは、エステイトの握る絶護の長剣の効果だろう。

 1度だけとはいえ、回避不能の攻撃をやり過ごせるというのはかなり強力な魔剣であろう。


 ただ、ここでエステイトは切り札を一つ切ったことになる。

 流石に一筋縄ではいかないか────と気合いを入れ直し、慎司は黒い長剣にも鑑定を向けてみる。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 《刻印の長剣》

 レアリティ9


 切りつけた対象に特殊な刻印を施す長剣。刻印を施した数だけ対象への攻撃力が上がっていく。(刻印数:0)


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 先程の絶護の長剣ほどではないにしろ、中々の性能のようだ。

 慎司は一先ず鑑定で得た情報を整理して、改めて戦略を組み立てていく。


「こいつを使わせたのは褒めてやるが、もう次はねえ」

「俺の速度に追いつけない程度の奴が、何を言っても聞こえないな。その長剣のカラクリはもうわかったんでな」

「見え見えの嘘をペラペラと!」


 今度はエステイトの方から仕掛けてくる。

 左手に握る長剣で外側へと払うような切りつけ。その後に開く体ごとねじ込むような右手の長剣の突きが迫る。


 エステイトが2本の剣を使っているのに対して、慎司はアルテマだけ。手数の差では負けてしまう。


 ただ、それは互角であったり格下相手の場合だ。

 慎司は最初の薙ぎ払いをアルテマで受け止め、続く突きを短距離転移で回避する。


「……くそっ!」

「はあぁ!」


 瞬時に背後に回った慎司は、突きの姿勢から戻れないままのエステイトへとアルテマを振り下ろす。


 どうやっても回避できないと思われた一撃であったが、慎司にも奥の手が幾つかあるように、エステイトにも絶護の長剣以外にも奥の手はあったようだ。


「《ソニック》!!」


 ただ一言であったが、効果は劇的だ。

 音さえ超えてエステイトは動くと、慎司の剣を間一髪で躱したのだ。

 なんらかの魔法だと自分の直感が告げてくれるが、確証は持てない。

 すると、アルテマが今の魔法について説明をしてくれる。


『今のは魔法の一つで、《ソニック》と呼ばれるものです。一時的に音を超えて行動することができます。多大な魔力消費とある程度の適正がないと習得が難しい魔法ですね』


 説明された通り、エステイトは凄まじい速度で回避行動を取った。

 しかし、そこまでの効果であるならば勿論魔力消費も凄まじいはずだ。


「2度も外すとはな……」

「アンタ人間やめてるよ。俺が《ソニック》を使えなかったら詰んでいただろうな」

「うるさいな、早くルナを解放してくれ」


 まるで化け物を見るかのようなエステイトの目に、若干嫌気が差す。

 そして、ルナを解放してくれと慎司が言った瞬間の、愉悦に満ちた表情がたまらなく嫌だった。


「クヒッ!じゃあ呼んでみようかね……《こちらへ来いルナ》」

「その声で……ルナを気安く呼ぶな下衆がッ!」

「《ソニック》……っと、怖い怖い。短気な男は嫌われるぜ?」


 追い込まれてなお飄々とした態度を崩さないエステイトに、苛立ちだけが募る。

 ルナを呼ぶ────それだけで怒りが沸騰し、自然とアルテマを握る手に力が入る。


 怒りに任せた一撃では、《ソニック》の魔法で回避される。

 これではだめだろう。決定的な場面────エステイトが油断をする瞬間に最大速度、最大威力の攻撃を叩き込むしかないのだ。


「さーてと、愛しのルナちゃんとのご対面ですよー。おーっと動くなよ、動いたら命令して自害させるからな?」

「くっ!」


 待ち望んでいたルナとの対面。その姿は以前よりやや細くなってはいるが、見慣れた姿であった。

 強いていうなら、媚びるような視線をエステイトに向けていることが、相違点であろうか。


『ここですね。耐えてください、シンジ』


 歯噛みしつつも、アルテマの声に従う。

 魔眼の効果を抑える方法は既にアルテマを通して頭に入っている。

 命令に魔力を使用するのならば、その流れをアルテマで吸収してやればいいだけなのだ。


 だからこそ今は、どんなに屈辱でも、どんなに怒りが煮えようと、耐えねばならないのだ。

 全てはルナを取り戻すため、そのためになら、一時の怒りなど受け入れてみせる。


 そう考えて慎司はあくまでも『人質を取られ身動きが取れない役』を演じる。

 動くなと言われるがまま、戦意だけを向けるのだ。


「それじゃ、聞いてみるか。《俺とそこの男、どっちが好きだ?》」


 その問いに、ルナは蕩けた瞳と上気した頬で答える。


「勿論、エステイト様ですっ!素敵な素敵なエステイト様のお傍にいるのが私の幸せ……そこにいるような男に興味なんてないですよぉ……」


 心を抉る。戦意が削られる。今までの戦いに意味など無かったような錯覚にさえ陥る。

 魔眼の効果で言わされているだけ、そう思っても慎司の心は深く傷ついてしまう。


 あれだけ好いてくれていた少女が、他の男に媚びへつらう。

 自分以外の男に笑顔を見せて、体を擦り寄せ、心を委ねている。

 だからこそ誓う。────絶対にこの男を殺すと。


「ああ、いいねぇその顔。奪われることへの怒りが伝わってくるよ……。俺も知っているよ、その怒りを、痛みを苦しみを……それ以上にな!」


 殺意を載せた視線で睨みつければ、エステイトもまた、慎司を見ていた。

 その表情は対局で、怒りと愉悦。

 ただその根源は『大切な者の喪失』という点では同じであった。


 そしてエステイトは遂に口にする、己の自己満足と八つ当たりを兼ねた復讐劇に幕を下ろす言葉を。


「あぁ、早く絶望の淵を覗く顔が見たいよ。……《自害しろ、ルナ》」


 その言葉に抗う術を持たない彼女は────


「はい、エステイト様が仰るなら……」


 寂しげな表情を浮かべて、初めて慎司が贈ってやった短剣を首元へと────


 このままではルナは命令されるままに、自害してしまうだろう。

 それでいいのか────その問いへの答えは決まりきっている。

 自分が何故、今、ここにいるのか。


「俺はッ!取り戻しに来たんだッ!!」


 ルナが短剣を突き立てる直前に、慎司は最大限の速度で地を蹴った。

 スローモーションになる世界。加速された思考の中で、感じ取った魔力の波動を手繰り寄せる。


『シンジ、私をあの糸に……!』


 命令のために繋がれた、一時的な魔力の伝達路(パス)を、アルテマで切り裂く。


「んっ!」


 プチン────という音とともに、短く声を上げたルナの動きが止まる。その顔は無表情になり、持ち上げていた手もだらんとぶら下がる。


「てめぇ!何しやがった!」

「地獄で考えてろこの下衆野郎!」


 命令が中断された事に狼狽するエステイト。その体目掛けて慎司は剣を振るう。

 いくら狼狽えるとはいえ、所詮はその程度。


「《ソニック》!!」


 魔法を使って回避する事など予測できて当たり前だ。

 勿論回避されなければそのまま切り殺せる。回避されたとしても、確実に殺せると踏んで慎司は攻勢に出たのだ。


「読めてるんだよッ!」


 踏み出していた右足ではなく、さらにもう一歩前へと進み、左足で地を強く踏みつける。

 地響きすら鳴る程の揺らぎに、当然エステイトは踏ん張りがつかない。

 音速を超えて動けたとしても、足場が悪ければ満足に動くことなどできない。


「これで、終わりだッ!」


 最初の狙いは肩から腰へと通り抜ける袈裟斬り。震脚で動きを止めて、続く地面と水平にした横薙ぎが、エステイトの体を捉える。


「ぐっ、があ……」


 くぐもった声がして、蒼い閃光が切っ先を描く。


「エミ……リ、ア……」


 上半身と下半身を分断されることになったエステイトは最後に誰かの名前を呼んでその命を散らした。


「……」

『シンジ?』

「いや、なんでもない。ルナを連れて帰ろうか」


 頭にこびり付いた、エステイトの言葉の数々を、慎司は反芻する。


『俺も知っている』、『失った痛み』、『エミリア』、自分の意志を貫くのだから、誰かの意志を踏みにじることになるのは理解できるが、どうにも後味の悪い結末である。


「失った痛み、ね……」


 ぽつりと呟くと、慎司は倒れているルナのもとへと駆け寄る。


 《称号:奪還者を獲得しました》


 頭の中に響くアナウンス音は、今は気にしていられなかった。

ようやくルナを奪還できました。

エステイトの過去は後程描きます。

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