148.精一杯
投稿遅れて申し訳ありません……!!
「それでは転移の準備はよろしいですか?」
魔眼の男を殺し、ルナを取り戻そうと息巻く慎司にリーティアが尋ねる。
神様であるテミスの言う通り、リーティアを訪ねたら瞬く間に事態が好転したのだ。やや出来すぎてると理性が囁いていたが、例え出来すぎているとしても今の慎司にとってリーティアの言葉を信じる他なかった。
「いや、少し待ってくれ。こっちにも準備が必要なんだ。そうだな……1時間後にまた、ここに来るよ。転移はその時に頼む」
「あら、仲間を大切にしているシンジですから、てっきり激情に駆られてすぐに行くものだと思っていたのですが……」
「そうしたいのは山々だが、準備を怠って折角のチャンスを逃したくないんでな」
実際、魔眼の男との初戦闘ではルナを奪われガレアスを殺されたことで感情的になってしまい、結果的に男を取り逃している。
ここは無理矢理にでも冷静になる必要があるだろう。
そう考えての慎司の発言にリーティアは優しげに微笑むと、何かに納得したような頷きを見せて口を開く。
「流石ですね。取り戻した記憶は貴方をより理性的にしたのでしょうか……」
「俺が理性的?……やめてくれ、本当は一刻も早くルナを奪った男に思い知らせてやりたいんだ」
そこで言葉を切ると慎司はスッと目を細めて拳を握る。その体には怒りに呼応してか薄く魔力が纏われている。
「ルナに手を出した罪の重さを、な……」
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慎司は一度ディランのいる執務室へと戻ってきていた。滾る感情はそのままに、状況把握と頼んでいた騎士団の手伝いの件についてだ。
「シンジ殿……?先ほどとは顔つきがまるで違うが、何かあったのか?」
「ええ、しかも良い情報を手にいれましたよ。これで魔眼の男は怖くない。ルナだって取り戻せるはずです」
喜色を含んだ言葉に、ディランは目を見開く。
使い古された机に思わず両手を叩きつけ、身を乗り出すほどだ。
「それは本当なのか!……っと、すまない取り乱したようだ」
「気にしないでください。俺だって初めてその話を聞いた時は驚きと喜びでどうにかなりそうでしたから」
子どものような笑顔を浮かべるディランに、慎司は軽く笑みを返す。
ルナが取り戻せるという思いは、方向性は違えどお互いに朗報であるようだ。
「まぁなんにせよ、ルナくんが戻ってくるというのは良い事だ。それで、どうしてそれを私に?そんな朗報は先にシンジ殿の家族たちに知らせるべきではないのか?」
「ええ、それも考えたのですが……」
もちろんコルサリアやアリスたちに伝えることは考えた。しかし、まずはルナのために動いてくれている騎士団たちに伝えておこう────と思ったのだ。
「コルサリアたちにはこの後で言いますよ。騎士団の皆さんには仕事の合間を縫ってわざわざルナを捜索してもらってますからね。先に言っておこうかと思ったんですよ」
「……はぁ、君は義理堅いのか冷たいのか、よく分からない時があるな」
「そうでしょうか?俺はいつでも家族や仲間を大事に思ってますよ」
その言葉を受けてディランは、だろうな────と朗らかに笑い、席を立つ。
くるりと向きを変えた背中には、どこか哀愁が漂っており、苦悩ともいえる何かを感じる。
「……ディランさん?」
「私は今や騎士団のトップなんて言われている。護りたいものがあったから力をつけてきた。この手の届く範囲なら、この剣に誓って守ってみせると言ってきた」
執務室の机の裏には、一振りの剣が飾られている。
金の装飾が施された鞘に納まったそれをディランは手に取ると、少しだけ剣を引き抜く。
「権力というものは人を縛る。私とて、同じ騎士団の仲間を救いたいと思っていた。だが、地位がそれを許さない」
「……地位や権力というものは、そういうものですよ」
「知っていたさ。それに身をもって知らされている。だからこそシンジ殿……君が羨ましい。君はその圧倒的な力で、魔力で、剣技で、ルナくんを救うのだろう」
そこまで言うと、ディランは剣を元に戻して慎司の方へと向き直る。
哀愁は消え去り、瞳には決意だけが見える。
「私は決めたんだ。騎士団を束ねる者となった時にね。……地位や権力に押し潰されそうな仲間がいるなら、私が庇護しようとな」
「何故それを、今……?」
「何、簡単な話だ。恐らく君はルナくんを救うのだろう。それもごく簡単にね。……しかし、魔眼に魅入られた者が再び我を忘れて暴動を起こさないとは言いきれない。それが世間の一般論だ」
ディランの言葉の真意がどことなく掴めてくる。それと同時に、慎司は胸を打たれる思いをした。
「……確かにそうかもしれません」
「そうだろう?私は彼女のことを短い間ながらによく知っているつもりだ。そして、世間がなんと言おうと私はルナくんや君を信じるつもりだ」
地位や権力は、すぐには手に入らない。戦う力はあっても、今の慎司に地位や権力なんてものはない。あるのは家と、暖かい家族だけ。
それを知っているからこその、ディランの言葉だろう。
言いたいことが分かれば、慎司は礼を言わざるをえない。
しかし、慎司が声を出すよりも早くディランが最後の言葉を紡いだ。
「だから、君は何も憂うことなくルナくんを救いに行きたまえ。後のことは全て私に任せてくれて構わない。なんとでもしよう」
「……ありがとうございます」
「いやいや、これが私にできる精一杯だ」
顔を背けて手をヒラヒラと振るディランの姿は、酷く大人に見えた。