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144.抉る

短いです。

 

 夢を見た。

 目の前にある、とても欲しかった物を掴もうとしていた。

 伸ばした手は空を掻き、欲しかった物は見事なまでに全てが掌から零れ落ちた。


 欲しかった物は誰かの温もりなのか、愛しい者の笑顔なのか、曖昧な夢は答えを出さないまま、日常へと帰結する。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「──っ!はぁ、はぁ……」


 息苦しさと、胸を締め付ける感覚が残っている。少しだけ覚えている夢の断片は、慎司にとって辛いだけであった。


「まだ、1日だ」


 言い聞かせるような一言と共に、体を起こす。

 1日活動するための支度を始めるが、どうしてもルナのことを考えてしまう。

 特に不調はなく、いつも通りの健康体。

 いつもと違うのは、寝顔を拝もうとして寝ぼけ眼で現れるルナが、今日はいないことだろうか。


『今日こそ寝顔を見ようと思ったのに!』


 可愛らしい声で、怒ってますよと言わんばかりの表情を浮かべるルナを宥めるのが、朝の日課なのだ。


「調子狂うな……」


 日常の些細な変化から嫌でもルナのいない現実が突きつけられる。

 気が滅入りそうになるものの、今感じている虚無感や苛立ちは、全てルナを奪ったフードの男にぶつけることにする。

 そう考えないと、心が持ちそうになかった。


「早く奴の居場所を突き止めて、取り返さないとな……」


 決意新たに支度を終えた慎司はドアから1歩、足を踏み出すのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「おはようございます、シンジ様。皆様はもう少ししたら起きてこられるかと思いますが……先に朝食をおとりになられますか?」


 部屋を出た慎司を待っていたのは、いつもと変わらない微笑みを浮かべたシャロン。

 まだ日が出てすぐという時間だというのに、その服装や顔つきは完璧の一言でしかない。


「いや、朝食はみんなでとるよ。それにしても、シャロンは早起きなんだな。俺より早く起きているとは思わなかったよ」

「使えるべき主人よりも先に起床し、朝の支度を滞らせないことがメイドの勤めでありますから」


 今まで誰よりも早く起きていた慎司は、心の底から感心し、同時にメイドという職業の過酷さに驚愕した。


「そういうものなのか……」

「そういうものなのです」


 メイドとは一体なんなのか。微笑を絶やさないシャロンの顔からは何も読み取れないため、慎司はただ、過酷であるため、それ相応の矜持を持ち合わせているということぐらいしかわからなかった。


「メイドっていうのも大変なんだな」

「ですが、大変だからこそ達成感もあるものですよ。日々の家事仕事や、こういったお務めが私にとっての生き甲斐でもありますしね」


 ふわりとした笑みとともにシャロンはそう言うと、コルサリアたちを起こすためかくるりと向きを変えて「失礼します」とだけ告げて歩き去る。


 慎司はその後ろ姿を少しの間ぼんやりと見ていたが、すぐに視線を外して今日の予定について思考を巡らす。

 

 まずやるべき事は、ルナとフードの男の捜索。次に挙げられるのは消えた影たちの現象についての原因究明。

 影たちについては現状特に困っている訳では無いので、後回しにしても構わないと慎司は考えている。ルガランズ王国には優秀な騎士団が存在するため、最悪の場合任せきりにしてしまっても大丈夫であろう。


「……大丈夫だよな?」


 あっさりと原因不明の敵の攻撃を許してしまった事や、騎士団最強の者でも自分には敵わないと知っているからか、口から出た言葉は幾分か頼りなく感じられる。


 自分の力がどれだけこの世界の基準からかけ離れているか自覚していない慎司にとって、他者の強さはアテにならない。

 信頼しているのは昔から自分の力と、何人かの者だけだ。


「あいつらがいればなぁ……」


 記憶が戻った今は、かつて信頼していた部下たちがいないのが非常に心許ない。


「誰かに頼るなんて、なぁ。いつから考える様になったんだったか」


 ──確かあれは、()()()が。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 この世界に来る前、生前の自分を思い出す。

 流れるように変わっていった時代に取り残されまいと、ひたすらに自分を鍛えた。

 軍に所属するのが当たり前、そんな風潮の中で生きていた慎司にとって、他者とは味方であり、時として敵であった。


『人を踏み台にする奴は、いつか踏み台にされる。それが嫌なら使った奴も引き摺り上げろ』


 初めての上司の言葉だ。

 訳がわからず、言葉の真意を問いただしてみれば上司は酒を飲みながら答えてくれた。


『なぁに、簡単な話だ。いつだって人は上に立ちたがる。例え利用されても一緒に引き摺り上げてやりゃあ、必要なことだったなんて勝手に納得してくれるのさ』


 なんとも悪どい考え方ではあったが、出世しなければただ使われて死ぬだけだ。

 それならば生き残り、使う側に回ってやろうと慎司は必死に兵士として戦った。


 そうして生きていく内に、慎司は膨大な数の戦果をあげ、昇進していくことになる。

 銃撃戦、白兵戦、護衛任務、潜入、暗殺。

 あらゆる命令を遂行し、軍での立場と部下たちからの人望を獲得したのだ。


 脳裏に浮かぶのは、寒暖様々な気候の戦場、友軍とのささやかな酒盛り、そして──


 心抉る少女との出会い。

この後慎司の過去話を挟んで、崩壊編の終盤です

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