143.闇色の世界
遅い更新で申し訳ありません……。
コルサリアから受けた、苛烈極まりない糾弾は長時間にわたった。
凄まじい形相で問い詰めてくるコルサリアを宥め、諭し、時には睦言を囁くことによって事なきを得ることができたが、慎司は2度とやりたくないと思う程であった。
「……なんとか、なったな」
思わずそんな呟きが漏れる程に、危険な道だったのだ。王女様に好意を寄せられると聞いたコルサリアは、耐え難いまでの威圧感を発揮し、慎司の心をすり減らしたのだ。
それでも、特に怒り狂うわけでもなく冷静に問い詰めてくる辺りが、怒りの程度を表しているのではないだろうか。
「ま、まぁ過ぎた事だ!これから注意していけばいいさ」
許しを得たことで、この話はこれ以上追求されないことになった。
慎司は1度頭を切り替えると、これからの事について考えていく。
ふと見た窓からの景色は、闇色だ。まるで未来を示しているかのような色に嫌気がさすが、努めて気にしないようにする。
「まずは、自分のことの把握……だな」
現状、一番最初にやりたいのはルナの奪還だ。だが、感情よりも情勢の把握をしなければならないだろう。
今すぐにでも部屋を飛び出しルナを探しに行きたい。何もかも考えずに、一刻も早く助けに行きたい。
「……落ち着け、ヤケになるな」
自分に言い聞かせないと、感情に飲み込まれそうになる。
理性ではわかっているのだ。行方もわからないルナを助けに行くよりは、ここで王都の人達に協力を要請して人海戦術を取った方がいいということは。
「でも、ルナは……こんな俺の、ために……」
心が、窓の景色に蝕まれる。
不安、憂い、動揺、苦悶。
暗い感情が胸を渦巻く。
「全部覚えてくれていたのに……!」
記憶を取り戻した慎司は、記憶を失くす直前のルナの言葉を思い出していた。
『ご主人様、私はご主人様がどうなろうと、どれ程変わろうと、私は……私だけはご主人様の傍に居続けます』
そう言ってくれたルナは今、傍にいない。
強引な、感情を無視した最低の手段で引き離された。
いつも隣で尻尾を振り、何気ないことでも凄いと言って耳を嬉しそうに動かしていた彼女のことを、今は抱きしめることが出来ない。
「ルナ、傍にいてくれよ……」
大切な人は多くない。少ないからこそ大切だと思える、自分の強い感情を向けられるのだ。
ルナ、コルサリア、アリス。他にもグランやステル等の家にいるみんな。
左右についている手で、守り通せると思っていた。相棒のアルテマがいれば負けることはないと思っていた。
その結果が、この喪失感だ。
『例え無くしたものがあっても、忘れたものがどんなに大切であろうと。私にとって重要なのは、ご主人様がご主人様であることなのです』
そう言ってくれたルナを、無くした。
あの輝くような髪、目を引きつける耳、柔らかな尻尾、見つめた瞳、吸いつきたくなるような唇、抱いた身体の感触。
全てを覚えている。覚えているのに、あるのは心を切り裂く痛みだけだ。
『それにご主人様、忘れてしまうというのなら、ずっと傍にいると誓った私が代わりに覚えておきましょう』
「俺は、何もかも忘れて……ルナに、ずっと見守られていた、ってのか……はは、ははは……」
1人になるのは良くない。
物事を悪く考えてしまう。何もルナが殺されたわけではないのだ。逃げたフードの男も、魔力をアルテマが覚えている。近づけばわかる上に、次は確実に仕留めれる、仕留めるしかないのだ。
落ち着けば、まだまだ光は見えてくる。
フードの男をなんとかすればいいのだ。そうすれば、ルナは帰ってくる。
そのためなら、なんだって……
「そうだ。絶対に、絶対に許さない……」
自分の中に渦巻く感情が、怒りなのか、それとも狂気なのか。
「取り戻してみせる。全てをだ」
慎司は鋭い眼差しを窓越しの空へ向ける。
宵闇に閉ざされた空は、星の瞬きだけを残して無言を貫くのだった。
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男の下卑だ視線が、目の前の少女を這い回る。少女のことを全く気にしない無遠慮な視線は、華奢な肢体を舐めるように見ていき、細い腰やスラリとした足、どこか虚空を見つめる少女は、身じろぎ一つしない。
「くくっ、綺麗だぜ……?」
「……」
少女が身につけているのは、身体のラインが透けるような薄さの貫頭衣のようなものでしかなく、まだ幼さの残る少女の全てが、薄布一枚を隔てて晒されていた。
通常ならば喜んでそんな格好をする者はいないだろう。余程の倒錯的な趣味を持ち合わせているならば話は別だが、生憎と少女にそんな趣味はない。
ならばなぜそんな痴態を晒すのか。
「俺ももう人のことは言えねぇな……まぁ、ただの仕返しみたいなもんだ。悪く思うなよ」
3人は楽に座ることができるソファに腰掛け、男はそう言うと、両隣に豊満な肉体を誇る女性を座らせる。
肩に腕を回して強引に美女2人を抱き寄せ、視線だけで少女を辱める。
「グレイス様ったら、強引なんだからぁ……」
「優しくしてくださいねぇ?でもぉ、グレイス様がしたいなら強いのも……」
抱かれた美女たちは恍惚といった表情を浮かべ、甘ったるい声を出す。
グレイスが回していただけだった手を掴み、さりげなく自分の乳房に持っていくのも忘れない。
「あぁ?うるせぇ雌犬。お前らは黙って俺に媚びでも売ってろ。気が向いたらそれなりに使ってはやるからよ」
乱暴な口調でグレイスは美女たちを罵る。
その手は少女に向けた視線と同じく、遠慮もなく乳房を揉みしだいていた。
乱暴にされるのが好きなのか、それともそういう風に教えこまれたのか、美女たちは気持ちよさそうに目を細める。
「乱暴なんだからぁ……」
「あんっ、もう……」
「黙ってろ」
目の前で繰り広げられる異常な光景を前にして尚、少女は動かない。口すら動かさずにいるため、生きた人形みたいなものだ。
「ご、し……」
動かないはずの口から漏れ出たのは、呼吸の際の音なのか、はたまた心の叫びなのか。
深く、深く、闇色に染まる空の下、グレイスの楽しげな声と美女たちの嬌声だけが響くのだった。