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142.再スタート

遅くなって申し訳ありません

 

 柔らかな感触を、背中に感じる。壮絶な痛みとともに自分の体は地面に倒れ伏したはずだ。

 けれど、ふかふかとした自分を包むものは硬い地面だとは到底思えない。恐らくベッドか何かだろう。


「ここ、は……」


 呟きながら、薄らと目を開けば眩い光が網膜を焼く。

 テミスと出会った場所ではない事は十分に理解している。しかし、それならば目を覚ました先にあるのは空なのではないだろうか。


「部屋、だよな……。かなり豪華な感じだ……貴族?」


 慎司が首を巡らせてみれば、内装の豪華さがよく分かる。

 平民では高そうな机も、ガラスの花瓶もシャンデリアも置いていないはずだ。残る候補は貴族しかない。


 そう結論付けて、慎司は体を起こす。──いや、起こそうとした。


「まだ起き上がってはいけません、シンジ様」


 鈴が鳴るような心地良い声音で、誰かが喋ると同時に慎司の肩をやんわりと押し戻す。

 再び柔らかなベッドに横になると、前かがみになった声の主の姿が見える。


 栗色の髪の毛をまっすぐ下ろした、翡翠色の瞳が目を惹く女性がそこにはいた。

 慎司はその髪と瞳の色に見覚えがあった。


「シャロン……?」

「はい、シンジ様の専属メイドであるシャロンです」

「なんでシャロンが……」


 慎司が尋ねようとすると、シャロンはふわりと微笑み自分の唇に人差し指を当てる。

 静かに、というジェスチャーだ。


「質問したいことはあるでしょうが、まずはフラミレッタ王女様やコルサリア様たちにお会い下さい」

「彼女たちは無事なのか?」

「ええ、怪我一つ負っていませんよ。それでは私はフラミレッタ王女様方を呼んで参ります」


 くるりと向きを変えてすぐにドアへと歩き出すシャロン。慎司はまだ聞きたいことがたくさんあったのだが、一先ず言われたとおりにコルサリアたちと会うことにする。

 自分が倒れてから今までの事は、その時にでも聞けばいいだろう。


「まずは情報から、だったな……」


 上官の厳しいながらも、ためになる教えを今なら思い出せる。

 貼り付けられていた嘘の記憶はテミスが剥がしてくれている。慎司は見た目と裏腹に達観した表情を浮かべると、静かにコルサリアたちの到着を待つのだった。


 どれくらい待っただろうか。

 5分?10分?ただ待つだけというのは意外な程に時間が経つのを遅く感じる。


 ────コンコン。


 部屋の内装を眺めるのにもあきてきた頃、ようやくドアを軽くノックする音が聞こえる。

 シャロンは慎司が起きていることを知っているし、「失礼します」とだけ言うと返事を待たずにドアを開けた。


 重厚なドアが開かれ、その先に見えるのは銀色。コルサリアの綺麗な髪色だ。

 流れるような銀髪が、部屋にいる慎司の目を奪い、捉えて離さない。


「……シンジ、様」

「やぁ、おはようコルサリア。元気そうだね」


 言いたいことがありすぎて、コルサリアは名前を呼ぶことしかできないようだ。

 慎司はとりわけ穏やかな声をだす。焦らないでいいよ、と言外に伝えるためだ。

 その思いが通じたのか、コルサリアは何度か胸に手を当てて呼吸を整えると、全てを魅了するかの様な微笑みを浮かべ──


「おはようございます、シンジ様。珍しくお寝坊さんですね」


 なんて風に言うのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ふーん、なるほど。状況は大体理解したよ」


 コルサリアの後から入ってきたフラミレッタ王女を加え、慎司は情報を集めていく。

 現在分かっている事は、慎司が倒れてから3日経過していること。ルナの行方は分かっていないこと。王都の周辺に魔族の率いる魔物が多数出現していること。影は全て消滅したこと。この4つだ。


 中でも1番驚いたのは影が消滅していることだ。物理攻撃を受け付けず、魔力を帯びた攻撃でないとダメージを与えられない。そんな敵を全て片付けるとは、この国の騎士団はかなり精強なのだろう。

 そう思って事の顛末を尋ねてみれば、影についてはフラミレッタ王女が語ってくれた。


「シンジ様、あの影についてはよく分からないままなのです」

「よくわからない……とは?」

「いつの間にか現れた影ですが、これまた同じように、いつの間にか消えていたのです。詳しい事は現在騎士団の方々に調べてもらっているのですが、未だ成果は上がっていないようです」


 申し訳なさそうに目を伏せるフラミレッタ。しかし、どうしてフラミレッタは慎司に対して敬語なのだろうか。元からそういう話し方なのだろうか。


「あの、フラミレッタ様?なんで俺なんかにそんなへりくだった口調を……?」


 つい、浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまう慎司。口に出した瞬間、不敬かな?なんて思ったりもしたのだが、フラミレッタの次の一言でそんな思いは消し飛び、場が凍りつくことになる。


 フラミレッタは慎司の言葉に薄く頬を朱に染めると、両手を頬に当てて恥ずかしそうに──


「お慕いしている方には、敬意をもって接するのは当然のことですから……」


 等と言うのだった。


 一瞬にして凍りつく空気、コルサリアの瞳から消えるハイライト、慎司の背中を伝う冷や汗。


「それは、どういう事でしょうか?」


 そう聞いたのは言われた当人ではなく、コルサリアだ。瞳に光はなく、顔は能面の如く無表情だ。

 それに気づくことなくフラミレッタは体をいじらしく揺らしながら、言葉を返す。


「シンジ様は、窮地に陥った私を2度も助けてくださいました。絶望の淵にいた私を軽々と助け出して見せたその実力、優しさに私は心を揺り動かされてしまったのです」

「へ、へぇ……ありがとうございます。よぉーくわかりました」


 惚気けるフラミレッタに冷たく返事をするコルサリア。それこそ不敬な物言いではないかと心配する慎司に、その冷徹な瞳が向けられる。


「シンジ様……?」

「は、はい」

「お話、聞かせてもらえますね?」

「……うっす」


 上級魔族も裸足で逃げ出す程の圧力。それを前にしては、流石の慎司も従順な飼い犬のように従う他ないのであった。


『いつだって男は女に勝てない』


 昔の同僚の言葉が、何故か脳裏に浮かんだ。

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