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139.2度目の死線

 

 ぐらりと体が傾ぎ、ぼやけた視界の中で地面が迫ってくるのを知覚する。

 反射的に手を動かそうとして、右腕しか動かずうまく体を支えられない。


「あ、が……」


 呼吸が苦しく、まともに意識を保つことすら難しい。うつ伏せの姿勢のため、目に入るのは土と少しの草木だけだ。

 段々と頭の中に(もや)がかかった様な感覚に陥り、指先を動かすことはおろか、思考すらままならない。


「──今ので死なないのか。英雄様は一般人なんかとは体の造りが違うのか?それとも魔法の防具か……」


 ツカツカと近づいてきたフードの男が顔に疑問を浮かべながら慎司の体を仰向けになるように蹴りあげる。


「ぐっ……」

「まぁ、言っていたよりも威力はあるみたいだな。下準備がめんどくさいが、それに見合うだけの価値はあるな」


 体を仰向けにされたために、慎司は見下ろす男の顔がはっきりとわかった。

 ルナやガレアスがなっていたのと同じ赤い瞳に、不敵に笑う口元。

 何よりその右目の下にある傷跡が非常に目に付く。


 視界がぼやけているため、傷跡がどのようになっているかはわからなかったが、傷跡があることはわかった。


「まぁいい。放っておいたらどうせ死ぬだろう。さっさと終わらせるぞ、ルナ」


 男が親しげにルナの名前を呼ぶ。

 そのことを知覚した途端、慎司の体の中を灼熱のような感情が渦巻く。

 それは怒り。奪われたくないと戦ってきたというのに、目の前であっさりと大切な人を奪われた。


 怒りに任せて力を叩きつけたい衝動に駆られるが、流れ出た血と足りない酸素のせいで体は動かない。


「ル……ナ……」


 こちらを1度も振り返ること無く歩き去るルナを、慎司は見送ることしか出来ない。

 手放したくないと得た力が、自分を苦しめる。

 強すぎた力は人質を取られた時点で使い物にならなくなり、身動きがとれないうちに事態は取り返しがつかなくなっていたのだ。

 左手から流れ出た血が多くなり、意識が保てなくなる。


 どこで間違えたのか。今更悔いたところで遅いが、慎司は過ちを探してしまう。

 だが、意識を覆う(もや)は無情にも深くなっていき、慎司は意識を闇に沈めるのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 フラミレッタは恐怖していた。

 突然現れたフードの男に、その魔眼の効果に。


 フードの男は、影の襲撃から逃れるために秘密経路を使って避難しているところに突然姿を現した。


 両目に宿した魔眼で近衛兵を従え、気づけば護衛は全員が同士討ちの結果倒れ伏していた。

 その間フラミレッタは一緒に逃げていたエイブリットに守られるようにして後ろで怯えていた。


 誰か助けて。もう退屈なんて言わないから、面倒くさいお勉強も、厳しいだけの作法もちゃんと頑張るから。

 だから、だから誰か助けて。


 フラミレッタは血生臭い目の前の現実から目を逸らすために両目を固く閉じ、必死にそう願った。


 だが、願いは虚しくフードの男は懐から取り出した剣を一突き、フラミレッタを庇うエイブリット王の胸に突き刺したのだ。


 信頼していた近衛兵が全滅し、大好きな、尊敬していた父親が目の前で殺されて、フラミレッタは思考を放棄した。


(お父様……近衛の皆さん……全員殺されてしまいました……私が何をしたと言うの?)


 王女として頑張ってきたつもりだ。退屈な勉強も必要なことだと割り切ってやってきたし、作法だってしっかりと学んだ。

 熱心ではなかったかもしれない。それでもフラミレッタなりには頑張ってきた。


 それなのに、現実は冷たくフラミレッタを突き放す。


(ああ、どうして、神はいないのですか……)


 辛い。苦しい。悲しい。

 ごちゃ混ぜの感情は現状の打破なんて建設的な思考を許さず、ただただ負の感情の奔流となってフラミレッタの中でぐるぐると荒れ狂う。


 それでも助けに来てくれた人がいたのだ。

 玉座の間にて牙を剥いた魔族から守ってくれ時のように、慎司が転移魔法で現れたのだ。


 だが、隣にいた金狐族の少女──ルナが人質として捕らえられてからは、正直見ていられなかった。

 自分とルナを天秤にかけさせられ、選べないまま嬲り殺される慎司。

 私のことなんて構わないでいいと言おうとしたのに、殺された者達の顔が脳裏にチラつき生にしがみつこうとしてしまったのだ。


 それがいけなかったのだろうか。

 フードの男に何をされたのかは分からないが、慎司が突然倒れたのだ。

 フラミレッタは状況の把握ができなかったが、一つだけ分かったことがあった。


 ──一瞬だけ、慎司の脇腹に紋様が浮かんだのだ。


(脇腹……確か……)


 そこまで考えた所で、フードの男がフラミレッタの目の前に立っていることに気づく。

 どこまでも蔑むような視線を向けてくる男に、まだ幼いフラミレッタは恐怖を覚える。

 ガタガタと体が震えだし、歯がぶつかり硬質な音を立てる。


「あ、ああ……」

「王女様か……チッ。まだガキなんだよな……」


 男は何故か視線をフラミレッタから外すと、そのまま立ち去っていった。


 殺されると思っていたのに、何もされないとなりフラミレッタは何がなんだかわからなかった。

 どうして自分を殺さないのか。助かった理由はなんなのか。

 分からないことだらけではあるが、助かりはした。


「な、んで……?」

「俺はお前らとは違う。それだけだ」


 捨て台詞だろうか。吐き捨てる様に言うと男はもうフラミレッタには見向きもせずにどこかへと消えていった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ルナ……ガレアス……」

「後悔ばかりしていては何も始まりませんよ?」

「……ッ!」


 慎司は気づけば、どこかで見た風景の中で目を覚ました。

 そこは白い空間とでもいうべきなのか、はたまた雲の上とでも呼べばいいのか。

 とにかく意識を失う前とは違う場所にいたのは確実だ。

 目の前には、絶世の美女と言うのが相応しい女性が佇んでいる。


「こ、こは……?」

「天界よ」

「天界!?俺は死んだのか!?」

「いいえ、死んでないわ」


 状況を把握しようとする慎司に、柔らかな声がかけられる。

 聞いたことがあるような、ないような。

 慎司は一旦落ち着こうとするが、どうしても聞いておかねばならないことが幾つかある。


「ルナは!ルナは無事なんですか!?」


 譲れない一線であった。

 慎司が倒れた後に用済みとしてボロくずのように殺されたとあったら、悔やんでも悔やみきれない。

 女性に飛びつくようにして縋りつく。


「え、ええ。別に健康体よ、ただ少し意思を制限されているだけでね」

「……それで、改めて聞く……聞きますけど、ここは?」

「さっきも言ったけど、天界よ」

「天界……」


 慎司は女性の言葉に神妙そうに頷くと、少し顔を歪めて半笑いになる。


「やっぱり死んでるじゃないか……」


 落胆と共に絶望の底に叩き落とされる気持ちであった。

 自分がもし死んだというのなら、誰がルナを解放するのか、誰が家族を守っていけばいいのか。

 だが、そんな慎司に呆れた声がかけられる。


「だから貴方は死んでなんかいないわ。何度も言わせないで、時間は限られているのよ」

「……え?死んでない?」

「ええ、そうよ。貴方は確かに重傷を負ったわ。ただし、貴方の魔剣がギリギリの所で命を繋ぎとめているわ」


 またか、と慎司は思う。

 前にもフラミレッタを庇って傷を負ったことがある。その時にもアルテマが延命させていてくれた。


「な、るほど……アルテマが……」

「そうそう……王女様だけど、殺されることはなかったわ」

「生きて、いるんですか?」

「ええ、生きているわ」


 天秤の片方に乗っていたフラミレッタの生存。それはどうやら果たされていたようで、ほんの少しだが、慎司の中の暗い感情が払拭される。

 女性は安堵の表情を浮かべきれずに歪んでしまう慎司を見て、微笑む。


「ねえ、貴方は何がいけなかったと思う?男に時間を与えたこと?それとも賭けに出なかったこと?」

「は、え?……そんなこと、どうでもいいでしょう?」


 いきなりの質問に面食らい、しどろもどろになる。

 何がいけなかったのか、そんなのは神にしかわからないのではないか、慎司はそう思う。


「そうね、神にしかわからないわ」

「……心を」

「読めるわ、だって私は神なのだから」


 あっさりと言い放つ目の前の女性に思わず厳しい目を向けてしまう。

 そして、神を名乗る女性は顔を慎司の耳元に近づけると、聞き捨てならないことを囁く。


「正しい選択なんて無かったわ。全ては最初から決まっていたことなのよ」

「どういう、こと……ですか」

「そうねぇ、少し長くなるわ。ただ、貴方は聞いた方がいいわね。もし聞かないとなると、貴方はこれからもずっと踊らされることになるだろうから」


 この悪い状況から逃げれないと言われた以上、慎司には聞かないという選択肢は残っていなかった。


「わかりました。……聞かせてください」

「いい子ね。さて、どこから話そうかしらね……」


 そう言って女性は厳かに語り出す。


 ──原初の神の遊興と、呪われた人々についてを

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