表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/163

138.簒奪の代償

 


 目の前でゆっくりと、ガレアスが己の首元に剣をあてがう。

 慎司はそれを見てすぐに駆け出そうとした。当たり前であろう。目の前で友人が殺されそうになっているのだから、止めようとして当然だ。


「何をして……っ!やめろ!!」


 叫び、剣を引こうとする腕をつかむ。

 ガレアスの瞳に意思の光は宿っておらず、虚ろに命令を実行しようとしている。

 尋常ではない力で剣を動かそうとするガレアスを、慎司は必死に止めようとする。

 しかし、慎司がガレアスの手から剣を奪うよりも前に邪魔が入る。


「ぐっ、ふ……」


 脇腹への熱い感覚。灼熱とも言えるその感覚の正体は、懐かしさすら感じる一振りのダガーだった。


「ル、ナ……?」


 いつもの碧色の瞳ではなく、赤く染まった瞳でこちらを見上げてくるルナを見て、ガレアスと同様望んでやったわけではないと確信する。

 痛む脇腹に顔を顰めつつ、それでもなおガレアスの剣を奪おうと腕に力を込める慎司。


 ゴポリと沸き立つような音を立てて喉からせり上がる血塊を吐き捨て、剣の柄を絡めとった瞬間、さらに痛みが加速する。


「──っ!!」


 声すら出ない程の激痛が慎司を襲う。

 脇腹に突き刺されたダガーは、ただのダガーなんかではない。

 初めてルナに買ってあげた魔法の武器なのだ。

 勿論今回も例外なくその効果を発揮したマジックダガーは、込められた魔力によってその刀身を伸ばし、慎司の体の奥深くまでを傷つける。


 その痛みに耐えきれず、腕の力を緩めてしまった慎司。

 その目の前で、拘束から解き放たれたガレアスが自分の首を掻き切り、赤かった瞳から光が消える。


「ああ!!ああぁぁあぁぁ、あああぁ、あああ!!」


 傷口は深く、噴水の如く勢いよく吹き出す鮮血。赤い赤い、命の暖かさが全身を濡らしていく。

 喉を潰さんとばかりに声をあげ、慎司は倒れるガレアスの体へと手を伸ばした──いや、伸ばそうとした。


「うっ、ぐぅぅ!」


 咄嗟の行動で、ガレアスを抱き抱えようと慎司はした。

 すると再び激痛が脳を貫く。

 伸ばしたはずの腕はいつもより短く見え、見慣れた5本の指が宙を舞っている。遅れた理解が脳に更なる痛みを送り、視界がぼやけ出す。

 伸ばした左腕は肘から先を切断され、倒れるガレアスを止めることすらできなかった。


 ボスンと音を立てて地面に倒れるガレアス。その衝撃で砂塵が舞うが、首から流れ出る血液に混じると鮮やかな赤を混濁した色に変える。


「──あ、ああ……ガレアス」


 理解したくない。理解したくない。

 それでも理解せざるを得ない『死』を突き付けられた慎司は、崩れそうになる膝に力を入れて、痛む脇腹を無視して剣を構えた。


 助けるはずだった友人の死を前にして、慎司は心が千切れそうであった。

 それでも立ちあがろうと、剣を構えようとさせたのは、囚われたままのルナの存在だ。

 今この一瞬だけはガレアスの事は忘れ、ルナを助け出すことに尽力せねばならない。

 そう考えた慎司は血の混じった唾を吐き捨てるとフードの男を強く睨みつけた。


「……おお、怖い怖い。お友達を殺されてお怒りですかァ?残念でしたねぇ〜?」


 ケラケラと狂った笑いをあげる男に対して怒りの感情が沸いてくる。

 それでもすぐさま斬りかからないのは、男の言った『道ずれ』という言葉を警戒してだ。


 それが分かっているからであろう、男は無防備に体を瀑け出しながらも緊張した様子はどこにもない。

 むしろ殺せるものなら殺してみろと言わんばかりに手を広げてすらいる。


「さぁて、退いてくれないかなぁ?さっさとそこの王女様を殺したいんだよぉ……」

「…………」


 男の言葉に、沈黙を返答とする。

 その態度が気に入らないのか、男が苛立った様子を見せる。


「今度はこっちのメスを殺すぞ?いいのか?」

「…………」


 再びの沈黙。慎司はどうすることもできないでいた。フラミレッタを見殺しにして、果たされるか分からない口約束に乗るか、一か八かで男を殺すのか。

 男を殺さずに無力化する手段が無い以上、賭けになることは間違いない。


「…………はぁ、強情な奴だなぁ。言われなかったのか?選択肢を前にして選べない優柔不断は、選べたはずの一つさえ選べない──ってな」

「……なに?」

「お別れだよ、英雄様。大好きなメスに看取られて永眠してな……『災いあれ』」

「何を言ってるん──あ、がぁ……ッ!」


 男が最後に言った言葉。それを耳にした途端、慎司の体に異変が起きた。

 体の内側から食い破られるような痛みが全身を蝕み、四肢は弛緩して体が崩れ落ちる。


 何をされたのか理解する間もなく、呼吸が苦しくなり、痛みが増す。

 蔑むような、ただただ虚ろなような、悲しむような、混ぜ返された色の感情が見えるルナの瞳を最後に、慎司は呼吸を止められ、次第にぼやけていく視界の中で思った。


 ──()()守れなかった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ