14.記憶と焦燥
累計PVが17万を超えてました。
最初の目標は15万でしたので、感慨深いです。
他にも、感想、意見、ブクマありがとうございます。
北の森を出て、2人はランカンへ向けて歩いていた。地面は舗装されていないが、ある程度整えられているようで、歩きにくいことはなかった。
慎司は、何か言いたげな様子のルナに気づくも、考えたいことがあるため、わざわざ聞くようなことはしなかった。
考えたい事とは、森で感じた記憶の違和感である。思い出そうとした部下の名前は、未だに思い出せない。軍にいた頃には、隊のみんなで酒を飲んだり、裸の付き合いだってした。
全員の名前は覚えていたし、忘れることはないと思っていた。
だが、現に慎司は思い出せないでいる。何故急に思い出せなくなったのか。いつから忘れていたのか。慎司は思考の渦に飲み込まれそうになる。
「ご主人様?」
すると、後ろを歩いていたルナが話しかけてくる。振り返るとルナは心配そうな表情を浮かべながらこちらを見上げてきている。
「ああ、なんだ?」
「いえ、なんだか難しい顔をしていましたので……何か考え事ですか?」
もしかしてルナはエスパーなのだろうか。そんな馬鹿げた事を慎司は考える。
そして、冗談混じりにルナに問いかけた。
「なぁ、ルナ。ルナは大切な記憶が急に思い出せなくなったりすると思うか?」
「記憶、ですか?何の話でしょう……えーと」
やはり、話が突飛すぎるのか、ルナは考え込んでしまう。別に、答えを求めた訳では無いので、慎司は何でもない、と言って誤魔化した。
「そうですか……?」
ルナはその後も少しだけ考えていたが、慎司が前を向いて歩き出すと、慌てて後ろについてきた。なんでか左右に振られていた尻尾は、少しだけ勢いを無くしていた。
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北門にいる兵士に声をかけ、ランカンへと戻った慎司達。
今日もやはり兵士は爽やかである。
ランカンへと戻った慎司は、まずギルドへ向かった。依頼の達成報告と、ルナが訓練で倒した魔物の討伐報酬を受け取るためだ。
今回ルナが倒した数はゴブリンが5体とスライムが5体である。
薬草採取の依頼報酬は金銭的な意味では特に無いため、本日の稼ぎは銅貨が10枚といったところだろう。
倒した魔物はちゃんと慎司がアイテムボックスに回収し、既に解体済みである。
「ルナ、まずはギルドに行くぞ」
「はい、ご主人様」
慎司は後ろにルナを引き連れて街を歩く。
痩せてはいるものの、ルナは十分目を引く可憐さを持っている。
周りを歩く冒険者の中には、ルナに見とれてこちらを見つめる者もいる。パーティーの女性に小突かれているのは、見なかったことにする。
「あの、なんだか見られてませんか?私達……」
「まぁ、そりゃルナは可愛いからな。みんな見とれてるんじゃないか?」
「ええっ!?私が、か……可愛い?」
「うん、可愛い」
他にも、今朝ギルドで揉めた事を知っていれば、慎司の顔を見て何か思うところがあったりもするのだろうが、1番の理由がルナに起因するものなのは間違いなかった。
そんなルナを仲間に迎えることが出来て、嬉しく思っていると、何やらもじもじとした様子でルナが話しかけてくる。
「あの、ご主人様もその……」
「なんだ?はっきり言ってくれ」
「な、なんでもないです!」
言葉の端が聞き取れなかったため、慎司は聞き返したのだが、ルナは何でもないと顔を横に振ってしまった。
そんなやり取りをしている内に、ギルド前へとたどり着く。
ルナはというと、今朝の出来事を思い出したのか複雑な表情を浮かべたが、何も言わずに慎司についてギルド内部へ入る。
「依頼達成の報告に来ました、よろしくお願いします」
受付のお姉さんに話しかける。切れ長の目が印象的な女性だ。
「はい、では採取した薬草を見せて頂けますか?」
「はい、ちゃんと規定量取ってきましたよ」
「……大丈夫ですね。依頼達成お疲れ様でした。これで、ルナさんは冒険者の本登録が完了しました。続いて討伐報酬等についての説明をしますが……」
ルナは奴隷であるため、必然的に慎司とパーティーを組むことになる。既に慎司が説明を受けていると言うと、説明は省略となった。
ただ、後でルナにちゃんと教えておくように言われた。そこら辺は元からするつもりだったので問題は無い。
「ついでに討伐した魔物の報酬を頂きたいんですが……」
「ではここに、討伐部位をお願いします」
慎司は言われたとおりにゴブリン5体分とスライム5体分の討伐部位を受け渡す。
「ゴブリンが5体とスライムが5体ですね。合計で銅貨10枚となります」
そう言って受付の女性は銅貨10枚を慎司に渡す。ただ、正直銅貨が10枚あっても今ある財産を前にすればありがたさも霞んでしまう。
財産と言ったところで金貨を持っている程度なのだが、駆け出しの冒険者が持つ金額にしては破格であることは間違いない。
「ありがとうございました。本格的な依頼は明日からやろうと思ってますので、今日は帰るとします」
「そうですね、焦ることはありません。そうされた方がよろしいかと」
切れ長の目からキツイ性格の人だと思っていたが、案外優しい性格らしい。
意外な一面を垣間見た慎司であった。
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少々考える時間も欲しかったし、何より初依頼でルナも疲れているだろうから、慎司は少し早いが宿へ戻ることにした。
時間としてはまだ夕方前ぐらいのため、宿への道の人通りは少ない。
「ご主人様、今日はもうお帰りになるのですか?」
「ああ、ギルドでも言ったけど本格的に依頼に取り組むのは明日からにするつもりなんだ」
ルナはなんとなく疑問を口にしただけだったようで、それ以上何も言うことはなく2人は宿に着いた。
鍵を受け取り、何故かダブルベッドの部屋に入る。適当に装備を外し、慎司はソファーに座った。
すると、同じく装備を外したルナが、せっせと慎司の装備を片付け始めた。
女の子が自分のために働いてくれるのは、なんだか嬉しいと思う慎司だが、装備ならアイテムボックスにしまえばいいのだ。
「ルナ、装備を持ってきて。アイテムボックスにしまっちゃうから」
「……魔物をしまっていたから持っているとは思っていましたが、ご主人様はアイテムボックス持ちなのですね」
もしかしてアイテムボックスは希少なものなのだろうか。ギルドでは別に驚かれなかったために、ありふれた物だと思っていた。
「珍しいのか?」
「いえ、そこまで珍しいわけではないですけど……一流の冒険者なら皆持っているらしいですよ?」
「でも、駆け出しが持つのは少々珍しい、と?」
「そうですね、やはりご主人様は凄いです!」
何が凄いのか良くわからないが、ルナが嬉しそうなので気にしないことにする。
別に隠す必要はなさそうなので、アイテムボックスはこのまま有効活用させてもらうことにする。
ルナが、装備をしまうなり、新しい服を持ってこちらへやってきた。
「ご主人様、服を洗いますのでこちらの服に着替えてもらえますか?」
「え、もう洗うの?」
「もう外に出るつもりはないのですよね?それなら早い内に洗っておこうかなと……」
なるほど。と慎司は思い、渡された服に着替える。適当に選んだこの世界の平民用の服のようだが、案外着心地がいい。
昨日もこれで寝たわけだが、要は部屋着兼寝巻きみたいなものだろう。
ルナは慎司が汚れた服を渡すと、服を洗うために部屋の外へと出ていった。
多分宿にある洗濯場にでも行ったのだろう。
ちょうど良く1人の時間ができたので、慎司は現在の懸念である記憶の違和感について整理することにした。
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自分の名前は、何の問題もない。両親の名前も、親しい友人も問題なく思い出せる。
ただ、部下たちの名前は、誰ひとりとして思い出せなかった。そこだけ記憶が抜け落ちているような感覚。
軍人としての記憶は訓練時代も戦場に出た時のことも覚えていなかった。
訓練をした、という事実を覚えていても、中身がないのだ。
戦場に出た記憶はあっても、どんな事をしてどんな結果になったかがわからない。
「なんだこれ、どうなってる?」
慎司は高校を卒業してから軍に志願して訓練を受けた後に、入隊している。
これまでの人生の半分以上を軍人として過ごしたのだ。
その記憶が所々抜けているのだ。
それはまるで自分を構成する要素が欠けている様に思える。慎司が黒木慎司であるための大切な構成要素が、足りないのだ。
慎司がこの世界にやって来る時、神様は干渉しないと言った。神様が干渉して慎司の記憶を消しているわけではないはずである。
そう慎司は思うが、そうだとすると、一体何が原因なのかがわからない。
得体の知れない恐怖に苛まれ、慎司は身震いする。
軍で培った鋼の精神も忘れてしまったのだろうか。
「……くそったれ、なんなんだ」
頭を打った訳でもないし、全くと言っていい程心当たりがない。
慎司は、洗濯を終えたルナが帰ってくるまで終わりの見えない自問自答を繰り返すのだった。
慎司の記憶について、謎が深まっていきます。
答え合わせはもう少し後となります。