136.魔眼
治療を終え、騎士たちに別れを告げると慎司はすぐにその場を立ち去った。
どこか気まずい雰囲気が流れていて、居ずらかったというのもあるが、他にも気になる場所があるというのも理由の一つだ。
気になる場所の一つ、王城の前に立つ慎司は隣に立っているルナを見る。
ここまで何も言ってこないルナは、視線に気づいたのか顔を向けてくる。
「……どうかしましたか?ご主人様」
「いや、なんでもない」
心配そうに見上げてくる瞳が、今はなんだか無性に嫌に思える。
慎司は務めて笑ってそう返すと、すぐに前を向き、黙ってルナの手を握ると即座に転移魔法を発動させた。
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「騎士団たちが頑張っていたみたいだし、やっぱり王城は無事か……」
「そうみたいですね。多少慌ただしいですが、混乱はしていないみたいです」
「王様たちは……いないのか?とりあえず探ってみるか……」
慎司たちが転移したのは玉座の間の一角だ。そこには慌ただしい様子で走る使用人や、危機迫った表情の衛兵の姿があった。
しかし、エイブリット王やフラミレッタ王女の姿は見えず、慎司は魔力感知で反応を探ることにする。
「さて、どこに……」
魔力感知の範囲を徐々に広げていく。
有り余る魔力量のおかげで、範囲を王城全体に行き渡らせるぐらいは何の問題もない。
ゆっくりと広げていくと、やがてフラミレッタ王女の反応を慎司は見つけた。
「いた!フラミレッタ王女だ!……でも他に誰もいない?いや、2人いるな……」
「いいからすぐに向かいましょうご主人様!王女様がそんなに少人数で動いてるわけありません!」
ルナの言う事は的を射ている。慎司は一先ず疑問は置いておくとして、すぐに転移魔法を発動させる。
切り替わる視点と、移り変わる地点。
フラミレッタ王女の反応を感知した場所に降り立った慎司とルナは、そこで認めたくない光景に遭遇する。
腰を抜かしてペタリと座り込むフラミレッタ王女と、その眼前に倒れ伏すエイブリット王の姿。
エイブリット王の体からはドクドクと血が流れだしており、時折体が痙攣を起こしている。
「あ、いや……お父様……あ、ああ……」
涙を流しながら、倒れるエイブリット王を見つめるフラミレッタ王女は、既に動けるような状態ではない。
そして、そんな惨劇を引き起こした張本人がその場にはいた。
「ガレ、アス……」
赤い水たまりの上に倒れているエイブリット王を見ているのは、体から黒い靄が吹き出ている姿のガレアスと、フードを被った男だ。
慎司の絞り出すような声に反応したのか、ガレアスとフードの男がこちらを向く。
「やぁやぁ、シンジ。少し遅かったみたいだね?」
「ガレアス……なんだよな?」
「ひどいなぁ、友達の顔を忘れたのかい?」
軽薄な笑みを浮かべるガレアスは、おどけた調子で語る。
隣に立つフードの男はその間何も語らず、ただじっとこちらを見つめているだけだ。
目深に被ったフードのせいで目元が見えず、見ているのが慎司なのかルナなのかはわからないが、とにかくその男から嫌な気配がするのは確かであった。
「忘れる訳ないだろ?……ただ少し、変わっていてな」
「ああ、俺は変わったよ、シンジ。強くなったんだ。こうして王様を殺してやることも出来たんだ!いやぁ、楽しかったなぁ……泣き叫ぶ王女様の目の前で殺してあげたんだぁ。いい声で泣くもんだから、ついつい……ね?」
怒りを抑えて状況を冷静に把握しようとしても、よく知っているガレアスの声で吐き気がするほどの戯言を続けられ、なかなか上手くいかない。
ガレアスをどうすれば元に戻すことができるのだろうか。
慎司はそう考え、フードの男について考察を巡らせる。
(あの男……前にどこかで……)
『はい、シンジ。あの男は前に冒険者ギルドで見かけたことがあります。効果はわかりませんが、魔眼持ちです』
(やっぱり!魔眼の効果でガレアスが操られているという可能性は?)
『十分に有り得ます』
そこまで聞くと、慎司はすぐに動き出す。
狙いはフードの男──その首元だ。
「おおっと!そうはさせないぜ!」
しかし、狙いを察知したガレアスが体を滑り込ませるため、剣を振ることが出来なかった。
「ちっ、邪魔をするなガレアス!お前を解放するためのことなんだ!」
「そう言われましてもねぇ、これが仕事なんだよ!」
ガレアスから繰り出される斬撃。
素人のはずのガレアスだが、その太刀筋はとても綺麗だ。
躱して反撃に移りたいが、相手はガレアスだ。
「くそっ!やりずらい!」
強すぎる力は、こういう時に不便である。
手加減スキルがあるとはいえ、手加減をしていては攻撃が通らないだろう。
慎司が攻めあぐねていると、今まで動いてなかったルナが覚悟を決めた表情で慎司に提案をする。
「ご主人様!ここは私、も……っ!」
ただ、その言葉は途中までしか続かなかった。
ルナの瞳は碧色から赤色に変わっており、どう見ても普通ではない。
「か、らだ……が……」
苦しそうに呻くルナとは対照的に、フードの男がケタケタと笑い出した。
「ふ、ふふ……ははは!シンジとやらよぉ、油断しすぎじゃねぇのか?俺の魔眼は一定時間見続けた相手を意のままに操ることが出来る。時間をかけすぎたみたいだなぁ?」
「くっ……ルナまで……!」
ガレアス1人でさえ戦いにくいというのに、さらに仲間が相手の肉壁となってしまい、慎司は歯がゆさに顔を顰める。
「さてさて、お前はどう戦うんだ?蒼剣のシンジさんよぉ……?」
ニヤついた顔を隠さず喋り続けるフードの男。慎司は男を強く睨みつけると、静かにアルテマを構える。
一瞬で、速度を高めて、フードの男の認識より先に殺せば仲間が盾に使われる心配もないはずだ。
──だが、魔眼の効果が他にもあったとしたら……?
例えば死ぬ間際に道連れにするような効果があれば、男を殺す事はできなくなる。
不透明な情報では、迂闊に行動を起こすことが出来ない。
「お前なんか、すぐに殺してやるよ。今のうちにせいぜい囀ってろ」
「ほぉーほぉー、怖い怖い……ただ、本当に殺してもいいのか?」
睨みを利かす慎司を物ともせず、男は笑う。
「道連れ、なんて効果があるかもしれないぜ?」
その言葉を聞いて、慎司は自身の敗北を悟るのだった。