135.価値観
エクスキューションによって現れた天使、その天使が持つ炎の剣は、慎司の指示通りに見える範囲の影を全て薙ぎ払った。
「ルナ、多分みんな何が起こったか分かっていないっぽいから、説明しに行くぞ。じゃないといつまでも兵を退けないからな」
「はい、わかりました!」
影と対峙していた騎士団員たちは、皆何が起こったのか分かっていない様子だったため、慎司は一先ず騎士団員の中でも位の高そうな、部隊長らしき人物のもとへとルナを伴って転移した。
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「何者だ!……って、ルナちゃんか。全員武器を下ろせ!味方だ!」
突然現れた慎司に騎士団員たちは即座に武器を構えるが、後ろからひょっこりと顔を出したルナを見つけるとすぐに剣を下ろした。
「随分と慕われてるみたいだな?」
「皆さんいい人ですから」
ルナはそう言うと騎士団の面々に近づいていく。そして、何か少し話すとこちらに手招きをしてくる。
騎士団の者達は疲れきった表情をしてはいるものの、どこか晴れやかであり慎司のことを歓迎しているとわかる。
初めにルナに気づいた騎士が前に出てきて、口を開く。
「貴方があのシンジ殿でしょうか?」
騎士のセリフに、慎司は少し眉をひそめる。
なんだか影で噂をされているようで、それが少し不快だった。
「あの、というのが気になるが……そうだ、俺がシンジで合っている」
「おお、やはり!噂はルナちゃんからよく聞いています!」
ちらりと横を見れば、恥ずかしいのか顔を手で隠しているルナが目に入る。
「いやー、いつもご主人様が!ご主人様が!って言ってるんですよ」
「ちょ、ちょっと!もういいですから!今はそんな場合じゃないですよね!?」
いつまでも恥ずかしい話をされるのを嫌ってか、ルナが体全体をおおきく揺らしながら話の軌道修正をする。
すると、騎士の顔に陰りが差す。
「……先程は助けていただきありがとうございました!あのままでは我々は影に飲み込まれ全滅していたことでしょう!このご恩は一生忘れません!」
今までの戦闘で死んでいった仲間のことを思い出したのだろう。
騎士の表情は、自分が助かった喜びと失った仲間に対する悲痛な思いが混ざっているものだ。
「あー、その……応援が遅れて申し訳──」
「そんなことはありません!」
慎司が来るのが遅れたことと、死んでいった者達への追悼を述べようとしたが、言葉の途中で騎士が遮ってくる。
「我々は全滅しそうだったのです。それを救っていただきながら文句を言うようなことはありません。死んでいった者達も、誇りと覚悟をもってこの戦いに挑んだのです。……例えそれで帰らぬ人となっても、それが彼らの生きた証なのです」
騎士の言葉は、慎司とは違う価値観を感じさせるものだった。
慎司は死んだらそこでおしまいだと考えている。生きていれば幾らでもやり直せるのだから、生存を重視すべきだ。
しかし騎士団ではそうではなく、誇りと覚悟を胸に、守りたいものを守るために戦い、亡くなった者は英雄視されている。
誇りだとか、覚悟だとか、慎司にはよくわからない上にわかりたくないものだが、それが騎士団ありかたなのだろう。
そう自分を納得させると、慎司は黙って騎士に近づき回復魔法をかけた。
「……ヒール」
「あ、ありがとうございます……!」
「いえ、今の俺にはこれぐらいしかできませんから……」
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価値観の違いと、命の重さ。
世界とすれ違う自分の考えに、慎司の心は軋みそうになる。
「ヒール……ヒール、ヒール」
有り余る魔力でひたさらヒールをかけていき、何も考えない様にするが、少しでも間が開くと先ほどのやり取りが思い出される。
いつしか固く握っていた拳。
手のひらに食いこんだ爪が、皮を破いて出血する。ズキズキとした鈍痛、今はそれが心の悲鳴にすら思えるのだった。
最近更新も遅く短めで申し訳ありません……