133.天使のような、悪魔の所業
遅くなって申し訳ありません。
やっと更新です。
ルナと共に前線へと赴く慎司は、横目でルナの瞳の様子を伺う。
影の大群を相手取っていた時の深い蒼色はそこにはなく、狐耳のピンと立てられた可愛らしい顔には碧色の瞳があるだけだ。
「ルナ」
走りながらでも、慎司の声にルナはしっかりと反応したようで、顔だけをこちらに向けてルナは速度を落とさず、不思議そうな表情で慎司を見る。
「なんですか?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか……?」
声をかけたものの、何を話せばいいのか。
慎司は自分の中にわだかまる疑問を一旦心の隅に置き、考えないようにする。
今は影への対処方法を考える方が先だ。
対処方法を考えるにあたって加味する必要のある情報はかなりある。
まずは味方である騎士団員の展開状況だ。
王城を守るようにして展開する騎士団員たちは、扇状にして広がっている。
盾と長剣を持った者が一番前を務め、その後ろを槍を持った者が務めている。後ろには魔法を扱えるものが控えており、随時回復魔法や支援魔法を施している。
前衛が盾で受け止め、後ろから槍と魔法で撃退するのが作戦となっているのだろう。
影に有効な攻撃が魔法効果のあるもののため、槍を扱う者には基本的な支援魔法の他に、槍に付与魔法がかけられている。
受け止めることが仕事の前衛には、付与魔法はかけられておらず、片手で持つ長剣はもっぱら怯ませることが目的のものになっている。
騎士団員たちの様子を見た慎司はすぐに作戦を立てると、ルナに伝える。
「よし、まずは俺が範囲魔法で先制攻撃をする。残った敵がいたら俺とルナで各個撃破だ。いいな?」
「了解しました!」
作戦を伝えられたルナは大きく頷くと走るスピードを緩める。慎司の魔法に巻き込まれないようにという配慮だろうが、慎司はレイシアに教えてもらった技術で敵と味方の区別をつけて魔法を放てる。
「ルナ、スピードを緩めずそのまま駆け抜けろ。巻き込まれる心配はしなくていい」
「……っ、わかりました」
ルナは一瞬だけ躊躇いを見せるが、すぐに表情を引き締めると駆ける速度を上げていく。
「いきますよぉー!!」
ぐんぐんと走る速度を上げるルナ。その足取りにはもう躊躇も迷いも微塵も感じられなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「さて、何をすればいいのか……」
慎司は少し前を走るルナの背中を見ながら使用する魔法を考える。
火魔法だと視覚的な恐怖が騎士団員にも影響する可能性がある。
水魔法は使用した後の地面に影響を及ぼしてしまう。
同じく土魔法も影響が大きいだろう。
風魔法は自然的な要素が混じるため確実性に欠ける。
「となると、光魔法なんかがいいか」
いつもならここでアルテマが助言をしてくるはずなのだが、今回だけはうんともすんとも言わず、無反応だ。
「……まぁいい。そういう時もあるんだろ」
いくつか心当たりがあるものの、慎司は特に気にせずにおくことにした。
悩む時間があるならば、一刻も早く騎士団を助けるための魔法を使うべきだろう。
慎司は接敵までおよそ50m程の位置で足を止めると、影の大群を見据えて指を差す。
「エクスキューション!」
慎司が魔法名を唱えると、オレンジ色に染まった空に、複雑な魔法陣が描かれる。
クルクルと回りながら虹色に光る魔法陣が一際大きく光り輝くと、そこには純白の羽衣を纏った天使を彷彿とさせる女性が現れた。
優しく閉じられた両の瞳、薄く笑いを浮かべる口元、完璧な美貌を持つ女性はゆっくりと慎司の目の前まで降りてくると、目を開き一礼する。
「断罪せしは私、罪多き者は蔓延れど、罪を決定せしは我が主のみ。其の声によって我が目標を啓示したまえ……」
歌い上げるかのような、澄んだ声で女性は慎司に告げる。
慎司は戸惑うことなく目標となる影たちを見ると、女性に指示を出した。
「目標はあの影の大群だ。味方は巻き込むなよ?」
「お任せあれ。それでは……」
女性は目を伏せることで肯定を示すと、即座に行動へと移る。
天使のような純白の翼を羽ばたかせ、天空へと飛翔する女性は、両手を空へと掲げる。
「我が主の声に従い、汝らを滅す」
女性が掲げた手には、いつしか『輪を描いて回る炎の剣』が握られていた。
「ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット」
どこの言語だろうか。慎司にはわからない言語の言葉を使う女性は右手に握る剣をクルリと回転させると、横一直線に一薙した。
世界を、煌めく炎が包んでいく。
「やりすぎだろ……」
慎司の呟きには、呆れすら含まれているのだった。