132.変貌
バルドたちを無事家に送り届けた慎司は、家を守るグランに家のことを一任すると、魔力感知で捉えた反応を頼りにルナの元へと転移した。
ルナがいるのは、騎士団が築いている防衛線のさらに前、最前線であった。
影の猛攻に押され気味である騎士団だが、ディランの卓越した指揮能力と、各部隊の隊長たちの奮闘のお陰もあってか、死傷者の数は抑えられている。
しかし、いくら指揮が上手くいこうが、数の不利はなかなか覆せない。
影に痛覚なんてものがあるわけもなく、槍で突いてもその動きは止まらない。そもそも物理攻撃自体が効かないのだから、騎士団は刀身に魔力を帯びさせ僅かでもダメージを与えていくしかない。
時折放たれる数々の魔法が影に対して効果的ではあるが、魔法使いの数が少ないために決定だとはなり得ない。
徐々に押される前線に、騎士団員たちが焦れ始める中、物凄い速さで銀色の閃光と共に駆け抜けるのは、狐耳が特徴的な1人の少女。
ルナが操るのは1本のダガーナイフ。短い刀身とは裏腹に、ルナが切り伏せる影の数は膨大だ。
「はぁぁぁああ!!」
ルナが叫びながら魔力を込めれば、右手に握られたダガーが蒼く脈動したかの様な光を放つ。
その光は、わかる人が見れば『慎司の持つ魔剣の光と同じ』であることがわかったであろう。
蒼い軌跡を残しながら振るわれるダガーは、影の喉元を次々と掻き切っていく。
まるで痛みにもがくような、潰れた声をあげる影に目もくれず、ひたすらルナは影を殺していく。
その目はいつもの碧色ではなく、どこまでも深い蒼色であった。
「アルテマ、なんかルナの様子が変じゃないか……?」
慎司は目の前で殺戮を繰り返すルナを見てそう言った。
その問いに答えず、アルテマは1度姿を現すと慎司の方を見てニヤリと、そして酷く辛そうな顔をした。
「私は魔剣ですよ、慎司。それは覚えていますよね?」
「え、ああ。覚えているけど……それとルナに、何の関係があるんだ?」
様子のおかしいルナに、片頬を引き攣らせるアルテマ。徐々にだが、自分の日常が侵食されていくような悪寒を覚え、慎司は言葉の先を促す。
「魔剣がどうして魔剣と言われるのか。何故対照的に聖剣というものが存在するのか。そのことを慎司は考えたことがありますか?」
その言葉に、慎司は首を横に振る。
「ではなぜ魔剣と呼ばれるのかについてお話しましょう。そもそも剣というものは相手を斬る、そして殺すための単なる道具です。しかし、魔剣は『魔』という文字がつくように、魔法的要素がかなり絡んできます」
いつしか世界はアルテマと慎司の2人だけになっていた。
それは慎司が望んだわけでもなく、アルテマが結界の様なものを張って外界と結界内を隔絶したのだろう。
「この結界なら、殆ど時間が経ちません。説明には丁度いいでしょう」
まるで慎司の言いたいことを全て読んでいるかの如く、質問に先んじて回答を言われる。
こうして半ば強引に魔剣についての説明を聞かされることになる慎司だったが、逸る気持ちを抑えて一先ずアルテマからされる話の理解に務めることにした。
「それで?」
「魔法的要素とはつまり、振れば火を出す、刺せば毒を注入する、薙げば風を巻き起こす、等といった直接的なものもあれば、それとは異なるものもあります」
つらつらと述べるアルテマの言葉に、慎司はどうしてか恐怖を覚えた。
何気ない一言が、とても重要のように思えて、実のところそうでもない。
そうかと思えば後々重要になる。
言葉の端から一体何を読み取れるのか、慎司は頭をフル回転させながら話に聞き入っていく。
「つまり、私のような存在。それがすなわち他の異なるものというわけです。自我を持つ、喋る、知識を与える、他にも種類はありますが、大まかに言えば種類は外的と内的の2つです」
そこでアルテマは言葉を切ると、慎司の胸にコツンと握りこぶしをぶつけてくる。
それはまるでドアをノックするような手つきであり、慎司も何気なくそれを受け入れる。
すると、拳のぶつかった箇所から藍色の光が淡く漏れ出す。
「そして、どの魔剣にも共通することが1つだけあります」
漏れ出る光が眩しくて、慎司が顔の前に手をかざすと同じぐらいに、アルテマは1歩だけ下がると自分の腕を左右に広げ、口の端を吊り上げる。
「所有者の魂を喰らい、そして周囲を変えていくのですよ」
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「それって、どういう!」
眩しい光に手をかざしたまま叫ぶが、既に慎司の前にはアルテマの姿はなかった。
頭の中に残っているのは、『魂を喰らい、周囲を変えていく』ということ。
それを考えれば、様子のおかしいルナのこともぼんやりとわかってくる。
慎司は大きく力を溜めて跳躍すると、大空から影の大群へと奇襲を仕掛ける。
上空に飛び上がることによって良好な視界と射線を確保すると、慎司は魔法を発動させる。
「アイシクルレイン!」
使用したのは《上級水属性魔法》だ。次々と生み出される氷の槍が雨のように降り注ぐ。
騎士団員たちは突然の大魔法に空を仰ぎ見るが、慎司の姿を確認するとすぐに前を向いて自分の得物を構える。
誰がやったかなんてことよりも、まずは目の前の敵だ。それを分かっているからこそ、ここまで生き残れているのだ。
頭上から降り注ぐ氷の槍が自分たちに無害だと判断した騎士団員は一斉に攻勢に出る。
「流石騎士団、判断が早い上に統率が取れている」
徐々に優勢に傾いていく戦況、慎司はある程度の援護射撃を終えるとすぐにルナの元に転移した。
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「やっぱり、ご主人様!」
「なんだやっぱりって……」
転移するなりバッと後ろを振り返り、尻尾をフリフリこちらへ駆け寄ってくるルナ。
一体どうして慎司のことを察知したのか、謎ではあるが、取り敢えず慎司はルナを抱きとめる。
「ルナ、よく頑張ったな。こんなにボロボロになって……」
慎司がそう言いながら頭を撫でてやると、ルナは気の抜けた声をだす。
「ふにゃ〜気持ちいいです……」
「さて、頑張りすぎな感じもあるが、とにかく一旦家に帰るぞ。後は俺が片付けるからな」
「ハッ!ちょっと待ってください!ご主人様1人で戦うというんですか!?」
頭を撫でてもらい極楽モードのルナであったが、慎司の『1人で片付ける』という言葉に過敏に反応する。
「いいかルナ、別に1人で戦うわけではない。騎士団の人たちも一緒に戦ってもらうし、そもそも俺があいつらに負けるなんてことは有り得ない。そうだろ?」
慎司は頭を軽く掻きながらルナの両肩に手を置くと諭すような声音で伝える。
「……うう。でも、ご主人様はいつもそうやって1人で解決しようとします!少しは私を頼ってください!何も出来なかったあの頃とは違うんです!」
しかし、今回のルナはやけに強情である。
イヤイヤと首を振ると、尻尾を逆立てさせながら反論してきた。
「ルナ……それでもダメだ。俺が生きている上で1番大切にしているのは、家族だ。それはルナやコルサリア、アリス……家のヤツらはみんな俺の家族だ。それが危険な目に遭うのは見過ごせないし、傷つくなんてもっての外だ」
ついて来たがるルナに、ダメだと慎司は言い続ける。失うのが怖いから大切にしまい込んでおきたい。
そう思うからこそ、慎司はルナたちに戦場に出て欲しくないのだ。
しかし、ルナは両目に涙をいっぱい溜めて慎司に言った。
「私たちはご主人様のコレクションじゃありません!家族なら、誰かが傷つくのを黙って見ていることなんてできないですし、それが愛した人ならば尚更共にいたいんです!」
顔を真っ赤にして叫ぶルナは、本当にいつもと違っていた。
どこで間違えたのかわからなかったが、慎司は家族の意味を履き違えていた。
それに気づけたのは、変わったルナの言葉のおかげだ。
「ご主人様は怖いと言いました!だったらどうして……どうして私が同じ気持ちにならないと思ったのですか!ご主人様が傷つくのが怖い、ご主人様がいなくなるのが怖い、帰って来れないのではないかと思うと胸が押しつぶされそうになります。共に戦えるのならば、どれだけ嬉しいか……愛する人が戦うと言うのならば、私だって戦います」
一気に言い切ったルナ。
慎司は顔を片手で覆うと大きくため息をつく。
「……わかった。だが絶対に死ぬな、俺から離れるな、いいな?」
「──はいっ!」
変わるというのも、悪いことばかりではないのかもしれないな──そう思えたのも、変わったおかげなのだろうか。
慎司はルナと共に戦場を見渡すと、合図をするわけでもなく同時に飛び出すのだった。