131.救済の業火
吹き荒れる熱風と、渦巻く紅蓮の火柱。見える範囲の全てを焼き尽くさんとする業火は、群がっている影を次々に消し炭へと変えていく。
魔法のイメージの段階で人間に対するダメージを与えない様に調整しているため、冒険者たちは炎に包まれても暑苦しさを感じる程度だ。
悲鳴と怒号が飛び交っていた戦場には、いつしか戸惑いの声だけが残っていた。
「よし、これで一先ずは安心だな。思っていたよりも魔法の威力が高かったが……」
『シンジ、早くバルドたちを回収しましょう』
「ん、ああ。わかってるよ。バルドたちは……いた、あそこだな」
慎司がぐるりと辺りを見渡せば、倒れたバルドの元に駆け寄り抱き寄せるニアと、心配そうにふたりを見つめるラスティとリフレットの姿があった。
倒れているバルドは重症なのか、腕を動かすのすら億劫そうである。
慎司は取り敢えず回復魔法をかけようと近寄った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「バルド!バルド!」
どうしてだろうか。死を覚悟したはずの自分を呼ぶ声がする。
痛みもなく、暗い視界の中ではっきりとしているのは後頭部にあたる柔らかな感触だ。
聞き慣れた声は、やや鼻声で、時折頬に水滴のようなものが落ちてくる。
それが涙だと理解するのにそう時間はかからなかった。
「……ニ、ア?」
体の痛みと疲労から声を出すのすらつらいが、それでも名前を呼んでみる。
そうすれば、頭上で誰かが息を呑む声が聞こえると同時に、嗚咽が聞こえてくる。
「よ、よかっ、た……バルド!バルド……」
どうしてそんなに泣いているのだろうか。
バルドはこうして生きているのだから、何も悲しむことはないと思うのだが。
──なんて言うほどバルドは鈍感なわけではない。涙の意味も、流した理由もわかっているつもりだ。
「ごめんな……」
バルドはそう言ってニアの目元を拭ってやろうとする。だが、持ち上げようとした手は一向に力が入らず、ただぶらりと体の横に投げられたままだった。
それを歯がゆく思っていると、聞こえるはずのない声がバルドに投げかけられる。
「これはまた、随分とボロボロになったな……」
それは、自分の主である慎司のものだった。
「なんで……シンジ様……」
「なんでも何も、俺はここにいる。取り敢えずお前らを治療したら、家に送るぞ。死なれるとアリスが悲しむんでな」
ぶっきらぼうな口調ではあるが、無詠唱で唱えられた高度な回復魔法からは、温かな魔力を感じた。
切り傷や擦り傷だらけだったバルドの体は見る間に癒えていき、霞んでいた視界も次第に元通りになる。
黒髪黒目の姿をローブで包み、蒼色の剣を携えた慎司は、横たわるバルドから見ればいつも以上に遠く、高い場所にいると感じたのだった。
「それじゃ、家に戻るぞ」
短く告げられた言葉とともに、慎司が転移魔法を発動する。
相変わらずの無詠唱に驚くが、慎司とはそういう人なのだ。そんな風に自分を納得させるものの、また格の違いを見せつけられたようで、バルドは悔しさを募らせるのだった。