129.炎獄の手前
慎司が《ヘルファイア》を放つ、少し前の話です。
視点はバルドくんです。
『奴』が現れたのはいつ頃だっただろうか。
圧倒的なまでの力で、それまでの不利をあっさりと覆してしまうような、そんな理不尽。
それを『奴』は体現していた。
「ラスティ!リフレット!ニア!」
バルドは仲間たちの名前を叫びながら、目の前の影が繰り出す攻撃を盾で凌ぐ。
叫びながら隙を見て逃げ出そうとするが、そんな暇は与えてもらえない。
状況は極めて不利だ。
優勢だった冒険者たちも、今ではすっかり影の圧力を押し返せなくなっている。
どれもこれも、『奴』のせいだろう。
バルドは攻撃を受け流すのではなく、敢えて弾いて影の体勢を崩すと、右手に持った剣を一振りし、影を打ち倒す。
「みんな一旦引こう!リフレットが先頭で次にニア!そして僕で殿がラスティだ!」
影は『奴』が現れてからかなりの勢いをもって突撃してくるようになった。
まるで、『奴』に指揮されて動く軍隊のように。
バルドは忌々しげに『奴』を睨みつけると、体制を立て直すべく走り出すのだった。
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『奴』が現れる大分前、影の攻撃は、はじめは散発的なもので冒険者だけでも十分に対処ができるものであった。
個々の能力も1人前の冒険者には劣るため、わらわらと集まる影を見ても冒険者たちは余裕の笑みを崩すことは無かった。
その中には、バルドやラスティ、ニアとリフレットも含まれていた。
4人は指示されるがままに、王城の前に他の冒険者たちと共に展開していた。
装備はいつも通りのもので、一つ違うのはリフレットが通常の倍以上の矢を持っていることだろうか。
バルドは無秩序に進んでくる影が、前に出て戦っている冒険者たちにあっさりと倒されていくのを見ながら、冷静に状況を分析していた。
現在わかっているのは、影への物理攻撃は効き目が薄い、若しくは効果がないこと。
魔法攻撃は効果があること。
付与魔法で魔力を帯びた物理攻撃ならば効果があるということだ。
「……魔力切れの前に決着をつけてもらわないと崩れるな」
「バルド、何か言った?」
情報をまとめて独り言をぽつりと零せば、いつの間にか隣に来ていたニアがこちらを見上げながら聞いてくる。
「ああ、気にしないで。ただの独り言だから」
バルドはそう言ってニアの頭にポンと手を置く。
最近わかってきたのだが、ニアは頭を撫でられるのが好きなようだ。
ニッコリと──少なくともバルドにはそう感じれるほどに──表情を綻ばせたニアは大事なものに手を触れるが如くバルドの手をとると、自分の胸の前に持っていき、掻き抱く。
「ニ、ニア?」
「気にしないで、ただの、エネルギー補給」
「そ、そっか……」
エネルギー補給という言葉の意味がバルドには理解できなかったが、ニアにとってそれは嬉しいことなのだろう。
そうならば戦いになる前ぐらいは、好きにさせるのもいいかもしれない。
「うん。ありがと」
「どういたしまして」
相変わらずの淡白な言葉、しかしそれはどこか弾んでいるようにも聞こえた。
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前に出て戦っている冒険者たちが影を次々と打ち倒していく。
それを後ろから交代の時間まで待つこと30分。
冒険者たちと影の様子が同時におかしくなった。
「ねぇ、なんだか影たち……」
「うん、それは俺も思い始めてた」
なにかに気づいたラスティが声をかけてくるが、当然バルドも違和感には気づいている。
冒険者たちは、先程まで優勢であったのに突然影たちに押され始めたのだ。
状況が一瞬で覆るのも有り得ないのだが、それ以上に信じられない光景をバルドたちは見ることになる。
「なんだよ、あれ……」
「大きい、ってレベルじゃないよね」
「うひゃー、でっかい人だー」
「影、巨人」
空間が歪んだかと思えば、虚空から現れたのは大きな箱であった。
その箱が開くと、中から巨大な影が現れたのだ。
禍々しい瘴気を放つ箱は巨人が完全に姿を現すと同時に消え去り、巨人の出現で強化された影たちは嬉嬉として冒険者たちを虐殺していく。
突然の変化に対応できない冒険者たちを、影が実にあっさりと殺していく。
首をはね飛ばし、腹を貫き、目玉を突き刺し、顔を弾き飛ばし、腕を千切り、足を潰し、腸を引きずり出し、体を引き裂く。
ショックで痙攣する者や、仲間を殺され動揺した隙に殺される者。
1度崩れた体制を、冒険者たちは立て直すことができずにいた。
「おいおい、なんだよそれ……なんだよそれ!」
「バ、バルドくん!どうするの!?」
「決まってる!まずは加勢に行く!このまま第1陣の人たちが殺されれば次は僕達だ!」
バルドがそう叫んで駆け出せば、直ぐにリフレットが先頭になり、ニアがそれに続いた。
後ろはいつも通りラスティが務めるのでバルドは3番目だ。
王城前は基本的に開けている。
どんな貴族も王族の前に家を構えたくないもので、あるのは申し訳程度の店舗ぐらいだろう。
そのため、ひたすら前だけを見て走ったところで奇襲の心配はない。
「リフレット!届く距離になったらすぐに弓を放って!援護するんだ!」
「わかった!」
「ニアは走りながらラスティと僕に付与魔法を!」
「うん、了解」
「ラスティはリフレットが弓を構えたら直ぐに前に出て!」
「わかったよ!」
走りながら一通りの指示をすると、リフレットがチラリとこちらに目配せをして、弓に手をかけた。
「リフレットはここから弓を射掛けてくれ!無くなったら短剣で援護を頼む!」
コクリと無言で頷くリフレットを追い越し、3人はさらに前へ進む。
その間にも、貴重な戦力は削られていく。
焦りだけが募り、バルドは知らず知らずのうちに強く剣を握っていた。
「規格外すぎるだろう、あんな巨人。誰が勝てるんだ……」
絶望的な勝負であるが、誰かが巨人に勝負を仕掛けなければいけない。
少なくともバルドたちの仕事ではないが、最悪の場合、戦闘の余波だけで吹き飛ばされ、殺される。
距離を取るべきではあるが、それではこちらの援護が届かなくなる。
巨人への恐怖と仲間を助けるべきだという義務感。
二つの感情に板挟みにされたバルドは答えに逡巡する。
「……」
導き出せない最適解に、バルドの体は硬直する。
一つ選択肢を間違えればパーティーは全滅。
それゆえに選択は慎重にならざるを得ないのだが、悠長に悩んでいられるほど時間が余っている訳では無い。
「バルドくん、僕はバルドくんを信じてるよ」
「私も!バルドを信じてる!」
「私は、バルドについてくだけ」
──ふと3人を見れば、向けられたのは信頼の眼差し。
それならば、バルドがとる行動は自ずと決まってくる。
「……みんな、仲間を──冒険者のみんなを助けに行こう」
手始めに考えるのは、巨人の対処法であった。
『奴』=巨人な訳ですが、次話でなんとかします。
バルドくんたちの成長が見れるのではないでしょうか。