128.亡骸と亡霊
目の前で倒れるクルーエルの亡骸を見つめながら、慎司は1度大きく息を吐く。
「……ふぅ。一旦落ち着こう、急いては事を仕損じるって言うからな」
自分に言い聞かせるような口調で慎司は呟くと、ルナたちの居場所を探るべく魔力感知を行う。
イメージとしては、王都全体を球状の感知範囲で覆う感じだ。
広い王都をすっぽりと包み込めるほどに範囲を広げられるのは、やはり爆発的に上昇したステータスのお陰だろう。
「──見つけた。騎士団の人たちと一緒に戦っているのか……」
感知できたルナの反応は、騎士団の者たちの近くにある。
同時にコルサリアたちの反応も探るが、幸いなことに家にいるようなので心配する必要はあまりないだろう。
家にはグランとステルがいるし、少し劣るがライアンやレイラなんかもいるため、余程のことがない限り安全であろう。
そう考えれば、やはりまずはルナのいる所へ向かうべきだろうか。
しかし、場所を特定して転移魔法を使おうとする前に、アルテマから声がかかった。
『待ってくださいシンジ。まずはバルドたちの回収をすべきです。彼らはまだ弱いので死ぬ可能性が高いです』
バルドたちは冒険者としてまだまだ駆け出しだ。
多少力はついてきていると言っても、せいぜいが中堅に手が届くかどうかと言ったところだろう。
「……そうだな。バルドたちが帰ってこないとアリスが悲しむもんな」
『はい、なので私は優先順位の変更を推奨します』
「ああ、その通りだな。まずはバルドたちを回収しよう。その後にルナと合流だ」
改めて行動方針を決めると、慎司は直ぐに転移魔法を発動させる。
視界が一瞬で切り替わり、慎司は奮闘している冒険者たちの所へと転移するのだった。
慎司が転移した30秒ほど後、首を斬られたはずのクルーエルはゆっくりと体を起こす。
首から上が存在しないため、体はゆらゆらと揺れている。
宙を彷徨う腕がやがて近くに転がる頭を掴むと、クルーエルは何のためらいもなく頭を鷲掴み、首の上へと乗せた。
ぐちゃり、ぐちゃりと肉の潰れたような、粘着質な音が暫く鳴り響く。
ダラダラと流れる血でクルーエルの体は汚れていくが、それを気にせず頭を体に押し付ける。
ぐずぐずと肉が潰れ、溢れていき、暫くそうしていると、今度は結合を始めた。
ずるり──と頭と体、どちらともなく伸びた赤色の紐が結び合わさり、やがてクルーエルの頭は元通りに結合する。
ぐるりと首を回して調子を確かめ、問題がないことを確認すると、満足そうに頷いてクルーエルは肩を竦めた。
「まさか私でも攻撃が見えないとはな……人間とはこうも強いものであっただろうか」
首を傾げてクルーエルは思案するが、彼の記憶の中に慎司程に強い人間は存在しない。
「恐らく、奴が異常なだけであろう」
自分を納得させると、指をパチリと鳴らす。
その動作だけでクルーエルのそばには1体の魔族が現れていた。
「さて、首尾はどうだ?そろそろ準備は整っているのか?」
「申し訳ありませんクルーエル様。災厄の種は撒いておりますが想定以上に数を減らされてしまい、作戦にはまだ時間がかかりそうです」
片羽根の魔族はつらつらと述べると、深く頭を下げる。
「ふむ、まぁよかろう。遅かれ早かれ我らが大願は成就するのだからな」
手をひらひらと振ってクルーエルはそう言うと、どこからともなく1つのスイッチを取り出す。
「《箱》の設置は勿論済んでいるのだろうな?」
「はっ!既に人間の内に忍ばせた者によって設置を完了しております。いつでも発動できます!」
「それはそれは……いい仕事ぶりではないか」
口元に微笑みを浮かべたクルーエルは取り出したスイッチを握り、とても楽しそうな表情を浮かべて押し込んだ。
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バルドたちの回収のために転移魔法を使用した慎司は、影の猛攻に押し負けつつある冒険者たちの、丁度後ろにいた。
飛び交う怒号と、時折聞こえる断末魔の叫び。
阿鼻叫喚とまではいかないでも、それなりに混乱は生じているようで、既に冒険者たちは各々が統率も何もなくがむしゃらに剣を振るっていた。
「思ったよりひどいな……まずは影を押し戻さないとだな」
『シンジ、それでは範囲魔法を使った方がよいのでは?今のシンジならば敵味方の区別も問題なく行えるでしょう』
「たしかに剣じゃ足りないもんな。ここは1つ派手にぶっぱなすか」
冒険者たちは王城を守るようにして広がっている。基本的には王城を背負っているその陣形だが、打って出るのではなく迎撃が主目的だ。
影の数と規模が予測できないため、どうしても温存しようとしてしまうのは分かるのだが、それだとやはり押されてしまう。
となれば、慎司の選択肢は有り余る魔力を使って影の数を減らすことだ。
使用する魔法は《火属性最上級魔法》である《ヘルファイア》だ。
「……さて、燃やし尽くしてやるぜ」
体の中で魔力を練り上げていく。
詠唱は《無詠唱》スキルのお陰でいらないので、発動までの時間はほぼ0秒だ。
燃え盛る炎が全てを焼き尽くすようなイメージを乗せて、慎司は叫んだ。
「ヘルファイア!!」