13.特訓と奇襲と違和感
ルナちゃんの初依頼です。
慎司が無双します。
慎司とルナは、目的地である北の森に向かう。
道中特に目立ったこともなく、森の入口にたどり着くことが出来た。
森に入る前に慎司はルナに話しかける。
「さて、薬草の採取が目標なわけだが。ルナ、戦闘はどれくらいできる?」
「一応、狩りに参加ぐらいはしたことがありますが……」
「まぁ、そうだよな。というわけで、薬草採取と同時に特訓もするからな」
「頑張ります!」
握りこぶしを作り、気合いを入れるルナは、新兵を思わせる。
慎司は、ふと部下の1人にもそんな奴がいたな。と懐かしく思ったが、顔と名前が思い出せない。
「……あ、れ。おかしいな」
「ご主人様?」
「あー、なんでもない。行くぞ」
呆ける慎司の顔をルナが見つめてくる。
慎司は何か大切な事を忘れている、そんな気がしたが、一先ずはルナの依頼を優先することにした。
────思えば既に事態は取り返しがつかなくなっていたのかもしれない。
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「てやぁ!」
ルナの鈴が鳴るような声が響き、小さな手に握られたダガーが閃く。
ダガーに込められた魔力に応じ、その切れ味を増した刀身は相対したゴブリンを深く切り裂く。
「グギャ!」
切りつけられた首を押さえるゴブリン。
一方ルナは、うっすらと額に汗を浮かべてはいるものの、平常心を保てていた。
初めは忌避感を見せていたものの、何度か繰り返したことで、ルナは魔物との戦闘で、遅れを取るようなことがなくなっていた。
「ギャギャ!」
「ふっ!」
ゴブリンの決死の一撃を軽く体を逸らして避ける。そのまま体勢が崩れたゴブリンを握ったダガーで切りつける。
その一撃でゴブリンは絶命したようで、耳障りな声を発することはなくなった。
「やりました、ご主人様!」
「うん、合格だな」
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薬草の採取を終えた後、慎司はルナに特訓を言い渡した。
これから依頼を受けていくなら、早い段階から訓練をするに越したことは無い。
幸い、北の森に出てくる魔物はゴブリン、ウルフ、スライムの3種類だけだ。いずれも初心者用の魔物と言っても過言ではない。
そこで、慎司はルナに対して、無傷でいずれかの魔物を倒す。という課題を用意したのだ。
大振りな攻撃は相手を見ていれば簡単に避けることができる。
ルナは、見事期待に応え課題を達成したのだった。
「これで1人前だな。ただ、これからもっと強い魔物にも遭遇するだろう。これからも訓練は続けていくからな」
「はい、頑張ります!」
「うん、頑張ろうな」
慎司は、近寄ってきたルナの頭を撫でてやった。ルナは目を細めて気持ちよさそうにしている。
尻尾は左右にブンブンと振られている。なんともわかりやすい反応である。
「……んん、えへへ」
チラチラと上目遣いでこちらを見上げるルナはとても可愛くて、慎司はなんとなく目を逸らした。
その時、慎司の魔力感知に何かが反応した。リーティアに魔力回路を直してもらってから、意識すれば微弱な魔力さえ感じ取れるようになったのだ。
反応は3つ。どう考えてもギルドで絡んできた男達だろう。去り際に放った言葉から、嫌な予感はしていたため、念の為魔力感知を使っておいたのだ。
魔物と人間の発する魔力の質は異なるため、すぐにわかった。
「ルナ、残念だけど面倒な事になった。一先ず俺の近くに来てくれ」
「……?わかりました」
「離れるなよ」
慎司はルナを背中に隠し、男達との間に自分の体を動かす。
男達はこちらを捉えているようだが、気づかれているとは思っていないようだ。
「奇襲でもかけてくるのか……?」
そう呟いた途端、男達は動き出した。慎司には知識が足りない。奇襲として何を仕掛けてくるのか、魔法は使ってくるのか、使うとしてどんな魔法なのか。
全てが未知数である。
「まぁいい。簡単な話だ」
分からないのなら、その策を全て潰せばいい。自分にはその力がある。慎司はそう考え、男達に備えた。
「おらっ!」
初撃は、2人いた子分のうちの1人だった。軽い革鎧でその体を覆っている。子分は両手で握った両手剣を叩きつけてくる。
それを慎司は避けることもできるのだが、後ろにはルナがいる。
そのため、慎司は迫る剣の腹を左手で殴りつけた。
別に全力で殴ったわけではないが、剣の刀身は粉々になり、目を見開いた子分は続く右ストレートで大きく吹き飛んだ。
「……やべ」
「お前ぇぇぇ!」
思ったよりも威力が出た自分の拳に呆れていると、仲間を殴り飛ばされ激昂したもう片方の子分が何か液体の塗られたナイフを突き出してくる。既に奇襲は失敗に終わっているはずなのだが、仲間を倒された子分は怒りで周りが見えていないようだ。
ただ、慎司にはその怒りに身を任せた攻撃は簡単にあしらえるものでしかない。
塗られた液体が毒の可能性もあるため、慎司は突き出された腕を掴み、折り畳んだ足を子分の胸元へ押し出した。
骨が砕ける嫌な感触と共に、突進してきた子分は初撃を放ってきた子分と同じように吹き飛ぶ。
「さて、アンタはどうするんだ?」
2人を戦闘不能にしたところで、慎司は背後に忍び寄りルナを狙おうとしていたリーダー格の男に話しかけた。
「クソがっ!何なんだお前は!?」
「ただの駆け出し冒険者ですよ」
「嘘だ!そんなわけないだろう!俺達はCランクなんだぞ!?」
男は、目の前で起こった事態を現実として受け入れられていないようだ。
しきりに嘘だなんだと喚き散らす。
そして、暗い笑みを浮かべたかと思うと隠していた投擲用のナイフを投げつけてきた。
射線上にはルナがいる。
ルナを庇った慎司がナイフにやられる所を想像したのだろう。その顔は嘲笑すら浮かべている。
ルナが危険なため、慎司は一先ずルナの手を引き射線上から引き離す。
そして迫り来るナイフに対しては、有り余る魔力を使い《風魔法》で風を生み出しナイフを全て叩き落とす。
「な、む……無詠唱だと?」
男は驚愕の表情を浮かべている。
慎司はリーティアが無詠唱で魔法を使っていたため、然程難しくない事だと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「……エアブリッツ」
「がはっ!」
慎司はこれまた無詠唱で風の塊を男にぶつける。男は呻くとそのまま地面に倒れて動かなくなる。
「これがCランク……?」
結果だけを見れば慎司は無傷、奇襲を仕掛けた男達は全滅。
慎司の圧勝であった。
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慎司は動かない男達を三人まとめて縛り、そこら辺に転がした。
殺す気で挑んできた相手を殺さないのは温いと、かつての仲間に笑われそうだが、傍にルナがいる以上やめておいた。
そのルナはというと、完全勝利した慎司の背中に抱きつき、半泣きであった。
「ご主人様ぁ……もう無茶はやめてください……」
「い、いや。無茶はしてないぞ?」
泣きついてくるルナは、駆け出しの冒険者がCランクの男3人に勝てるとは思ってなかったのだ。
そのため、慎司が無謀な戦いに身を投じたと思い、気が気じゃなかったらしい。
そんなルナに、慎司は罪悪感を覚える。
「あー、その、なんだ。すまなかったな」
「はいぃ、もっと自分の事を大切にしてください……。私のことはいいですからぁ……」
「そうは言われてもなぁ……」
慎司は、この世界に来てから不思議な程に自分の思ったことに正直に生きてきた。
少将の頃はもっとリスクリターンを考え、入念な下準備の上に行動をしていたはずなのだが、何故か慎司は行き当たりばったりで行動してしまうのだ。
慎司は、そんな自分に今更違和感を抱く。
まるで、自分を構成する物がなくなっていたかのような感覚。
ただ、両親の名前は思い出せるし、親しい友人も忘れていない。
慎司は思い出せなかった部下の名前には気づかないフリをして、気のせいだと切り捨てた。
「まぁ、なんとかなったんだから、心配するな」
「……はい」
慎司はそう言うと、ルナの頭を撫でてやる。ふさふさした毛で覆われた耳が気持ちいいらしく、ぶすっとした表情だったルナの顔が一気に蕩ける。
「よし、それじゃさっさと帰るぞ。こいつらは放って置いていいだろう」
「よろしいのですか?」
「魔物に喰われるかもだけど、そこはまぁ……俺からの復讐ってことで」
慎司は、このような場合になった時に、この世界で取るべき行動がわからない。警察なんてものはないだろうし、そもそも、そんな組織があって引き渡した所で、駆け出しとCランクの冒険者なのだ。何故勝てたかについても言う必要があるだろう。
それなら、重傷の3人を動けないように縛り、腹を空かせた魔物に任せた方が面倒事が少ないだろう。
魔力感知には、5匹ほどの魔物が既に反応している。
もし魔物がすぐ来ないようなら慎司が殺すだけである。
ただ、魔力感知で魔物が男達に群がっていくのがわかった。
薄まる男達の魔力反応、流石に助からないだろう。
「お腹を空かせた魔物がちょうど近くにいたしな……」
慎司がそう思いながらルナに言うと、ルナは納得したようだった。
「わかりました、そういうことなら早く帰りましょう」
「ルナ……案外悪い奴なんだな?」
「そ、そんなことないです!」
慎司がルナをからかってやると、ルナは顔を真っ赤にして反論してくる。
そんなやり取りがやけに楽しく感じれて、慎司は先ほど感じた違和感の事など気にも止めず、ランカンへと戻るのだった。
ちゃんと無双できた、でしょうか?
こうじゃない!って方はお教えいただければ幸いです。
※もらった意見を元に描写を追加致しました。