126.理由
慎司たちが暫く走っていると、顔を恐怖に歪めた冒険者たちが必死に戦っている場面に遭遇した。
「くそ!倒れろよ!くそ、くそ!」
「もうダメだ!逃げるぞ!」
「あああ!嫌だ!死にたくない!」
必死に剣を振るうのは、慎司とそう変わらない年頃の男。
その剣は硬質な音を響かせながら、巨大な影の腕辺りを何度も叩いている。
剣を打ちつけられる影の腕の先には1人の冒険者が握られており、その顔は恐怖と痛みに彩られ、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
必死に助けようと剣を振るう男を引っ張るのは、落ち着いた印象の男性だ。
3人組のリーダーなのだろう。仲間を見捨てなければならないという苦悩から、涙は流していないものの顔色は真っ青だ。
「ふざけんな!まだ助けられるだろ!」
「ダメだ!お前まで死ぬぞ!」
目の前で起こる一幕に、慎司は躊躇してしまった。
自分が今飛び出せば恐らく助けることができるだろう。
──だが、その間にアレンたちの内誰かが同じような状況に陥るかもしれない。
目の前の、見ず知らずの他人のためにリスクを冒すか、リスクに萎縮して命を見捨てるか。
「……みんな、こっちだ」
慎司は、全てを救うことはできないと知っている。
例え力があっても、それを適切に振るわなければ暴力に成り下がることも知っている。
一か八かの救える命を見捨てたのか、確実に救える命を救ったのか。
この時の慎司にはわからなかった。
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押し黙ったまま走ること数十分。
慎司たちの眼前には王城を中心として防衛線が築き上げられていた。
声を頼りに進むことで、いつの間にか防衛線の内側に潜り込めていたのだ。
「よし、なんとか目的の場所にはたどり着けたな」
「……騎士団の人たちはあそこだな。早く避難しよう」
いつになく暗い声を出すアレン。
その目は怒りに燃え、同時に嘆いていた。
「なぁシンジ。お前はどうせ避難しないんだろ?」
アレンは先に歩き出したエリーゼたちには聞こえないよう、小さな声で慎司に話し掛けてきた。
「……ああ。この事態をなんとかしないと、いけないからな」
「それは使命感ってやつか?別にお前がやる必要ってあるのか?」
アレンは質問しながら、目線で戦っている人たちを示す。
「ああやって戦っているのは大人だ。そりゃ俺たちは年齢的には大人の仲間入りをしてるさ。でもな、俺は怖い。あんな風に勇敢には戦えない」
「アレン……」
慎司はアレンに対して何も言うことができなかった。
確かに慎司は18歳のため、この世界では十分に成人として認められている。
だからといって、戦うことへの恐怖が無いかと聞かれれば、勿論ある。
怖いと言うアレンのことが、痛いほどにわかるのだ。
例えば長い間戦場に身を置いてきた者であれば、適切な言葉をかけることができたのかもしれない。
例えば部下を率いる隊長ならば鼓舞し、奮い立たせることができたのかもしれない。
どちらでもない慎司はかける言葉を見つけられずに、ただ黙っているしかなかった。
「……なんか言えよ」
「俺も、怖いんだ」
ぶっきらぼうに言われて、慎司が返したのはたったそれだけ。
素っ気なくもあるが、それが全てだった。
「怖いのに、戦うのか?」
「ああ。戦わないと、いけないから」
どうして戦わないといけないのか。
それは慎司にもわからない。
「理由はわからない。けど、俺は大切な人のために戦いたいんだ」
「……お前、絶対俺より大人だ。同い年だなんて、何かの冗談だろ?」
「それは酷いな。俺はちゃんと18歳だよ」
慎司の答えにアレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、「2人は任せろよ」と言って走っていった。
「……戦う理由、ね」
違和感しかない自分の言葉に疑問符を浮かべながら、慎司はどこかで戦っているであろうルナたちを探しに駆け出した。