118.兆候
アレンたちと別れた後、慎司はリプルと共に廊下を走っていた。
背後には3体の影が迫ってきているが、近づく側からアルテマが魔力弾で吹き飛ばしているため、辛うじて追い付かれることは防いでいた。
「ああ、くそ!ここも行き止まりか!」
別れた廊下を右に曲がろうとすると、そこには崩れた瓦礫が折り重なるように積まれており、通ることができなくなっている。
何度もそのようなことがあり、その度に速度を緩めているわけだから、自然と影に追い付かれるリスクも高まる。
瓦礫をどかそうにも、威力のある魔法を放てば反動がリプルに降りかかる程に距離が近く、反動を気にして威力を下げれば今度は瓦礫をどかすほどの力に満たない。
「次だ!……走れるか?」
「う、うん!」
体力のないリプルを気遣いながら、慎司は走る。だが、4つ目の瓦礫に道を阻まれて走り出した瞬間、遂にリプルの体に限界がきた。
走っていくうちに溜まっていく疲労のせいか、足は上がらなくなっていき、足をもつれさせたリプルは転けてしまう。
「きゃっ!」
「リプル!」
ドサ──と音を立てて床に倒れたリプルは、すぐに立ち上がろうとするが、転けた拍子に足を捻ったのか、痛みに顔をしかめた。
「足、捻っちゃったみたい……」
下手くそな笑顔を見せるリプル。
慎司は影との距離を確認して、1度だけ魔法を放った。
「ライトニング!」
風属性上級魔法の《ライトニング》だ。
瞬きをする間に届く雷撃は、甲高い音と共に追ってきていた影たちに突き刺さり、大きく吹き飛ばす。
《ライトニング》には麻痺効果があるため、暫くの間は影たちは動けない。
「リプル、すぐに回復魔法をかけるからな」
「うん、ごめんね……」
「気にするなよ、痛がるリプルを見たくないだけだ」
自分で言って照れくさくなった慎司は、赤くなった顔を見られないように逸らしつつ、患部に手を当てて《エクスヒール》を使用しようとした。
「エクスヒール……って、あれ?」
「どうしたの、シンジ君?」
手を翳したまま固まる慎司に、リプルが不安げに尋ねるが、慎司の心中はそれどころではなかった。
「回復魔法が……発動しない!」
「え!?」
「くそ、なんでだ!ヒール!……ハイヒール!……エクスヒール!」
焦る慎司の額を汗が伝う。
ついさっき放った《ライトニング》は問題なく使用できたのに、回復魔法は使用できない。
その差が一体なんなのかわからない。
(アルテマ!なにかわかるか?)
『恐らくですが、影から発せられる瘴気が辺りに充満しているからではないでしょうか。瘴気は集まると光魔法と回復魔法の阻害をしますから』
慎司は忌々しげに離れた場所で痺れる影を睨みつけながら、舌打ちをする。
リプルに回復魔法をかけて走ってもらうことができない以上、取れる選択肢は限られてくる。
見捨てて1人だけ逃げるか、手が塞がることを承知でリプルを背負うか。
迷ってる暇はなかった。
「リプル、俺におぶさってくれ」
「……え?」
「回復魔法が使えない今、こうするしかないんだ!」
「で、でもそれじゃ──」
「──いいから早く!」
少し強めの口調で言うと、リプルは申し訳なさそうな顔をしながら慎司におぶさる。
女の子の体は随分と軽いのか、それとも人間の枠から逸脱したステータスのおかげなのか、苦もなく立ち上がると、そのまま走り出す。
「お、重かったりしない?」
「え?全然重くないよ、羽みたいに軽いし」
「……もう!」
からかわれたと思ったのか、状況は切迫しているにも関わらずリプルは頬をぷっくりと膨らませる。
可愛らしい表情を見れたこともあり、慎司の足により力がこめられる。
「さ、今のうちに逃げよう」
「うん、わかった」
素直に返事をするリプルを1度おぶり直し、瓦礫に塞がれていない道を探すべく慎司は走り出すのだった。
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慎司たちとは逆方向に逃げたアレンたちは、追いかけてくる影に適当に魔法を放ちながら走っていた。
長い長い廊下を走り、階段を駆け下りる。
何度か瓦礫に道を阻まれたが、それでもなんとか1階にたどり着いていた。
「あとは外に出て正門で合流するだけだな!」
「そうですわね……!」
これといった危機もなく、1階まで逃げ切ったことで、アレンが弾んだ声を出し、それにエリーゼも追従する。
しかし、嬉しげな様子の2人に比べて、ガレアスの顔は悲痛なものであった。
「……ガレアス?」
「あ、ああ。そうだな」
痛みを隠すような、不自然な笑顔を浮かべたガレアスはアレンよりも前に出る。
「ほら、さっさと正門に行くのだろう?」
背中越しに語るガレアスを見て、アレンとエリーゼは顔を見合わせる。
「どうした?行かないのか?」
振り返ってそう言うガレアスの表情と声色は、いつものままであるため、拭いきれない違和感を抱えたままアレンたちは再び走り出すのだった。
露骨ですねぇ