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115.影の弱点

『正体不明の黒い影のような魔物が現れた』という報告がルナの耳に届いたのは騎士が戦闘を開始してから5分後であった。

 ルナも含めた騎士たちの訓練場に、肩で息をしながら走り込んできたのは警備を担当している若い騎士。


「現在、詰所内に正体不明の魔物が出現しました!ロベルトが足止めとして残っていますが、初めて見る魔物のため情報を集める必要があると思われます!」


 一息に報告する騎士に反応したのは、その場にいた騎士の中で1番立場が上のディラン・クリューエルであった。


「報告ご苦労。その正体不明の魔物とやらがいる場所には私と……お前とお前、それから嬢ちゃんも来てくれ」

「はっ!」

「えっ?私ですか?」


 ディランの声に呼ばれた騎士は鋭い返事を返したが、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったルナはつい聞き返してしまう。

 自分はまだまだ弱く、ディランとの模擬戦でさえ一太刀も浴びせることができない、等と思うルナだが、周りの騎士から見れば、ディランと戦闘になること自体が有り得ないのだ。


 長い時間戦場に身を置いていたディランは、様々な経験を積んでいる。

 培われた経験と磨きあげられた肉体から繰り出される技は変幻自在であり、常人では反応すら許されない。


 そんなディランと戦えるルナが呼ばれたことに異議を唱える者など、この場にはいなかった。


「みんな当たり前みたいな顔してる!?なんで!私全然強くないのに!」


 周りの騎士から送られる『選ばれて当然』という視線を受けて狼狽するルナ。

 やがて、あたふたとするルナの肩にポンと手が置かれる。


「……嬢ちゃん、誰と比較してるかは知らねぇが、嬢ちゃんはここの騎士たちの中じゃ1番強いぞ?」

「……そんな!」


 ディランの言葉にしきりに頷く騎士たちの顔は、複雑な表情を浮かべている。

 ()()であり、()()であるルナより弱いというのは、やはり悔しいのだろう。

 だが、騎士たちは悔しさを嫉妬には変えることなく、現実を受け入れた上で自身の向上を目指す。


 知らぬ間に成長していたルナは、自分の異質さを初めて理解し、諦めたような表情を浮かべて同行することに頷くのだった。


「……ああ、ご主人様かぁ」


 どこか自分を納得させるような独り言に反応する者は誰もいなかった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 報告した騎士の案内のもと、ロベルトという騎士が戦っているはずの場所にたどり着くと、そこにはロベルトの姿は無く、ただ黒い影が(たたず)んでいるだけだった。


「ロベルト……」


 案内役の騎士が沈んだ声を出す。

 それだけで、全員が『ロベルトが影に倒された』という事実を理解する。

 ディランは静かに剣を抜き、戦う構えを取る。

 それは魔物を倒さねばならないという義務感からか、それともロベルトの仇を討とうという情念からなのか、ルナには2つともがごちゃ混ぜになっているように思えた。


「ディランさん」

「……わかってる。冷静さは失っていないつもりだ。悲しいことに、仲間が死ぬのには慣れてしまったからな」

「っ!ごめんなさい」


 剣を構えるディランの横顔からは、自嘲めいた心と怒りを読み取れる。

 戦場では、誰も死なないということはありえないのだ。

 誰かが死に、それを悲しみ、嘆くぐらいならば、足を動かし剣を振るわねば自分が死んでしまう。

 それが戦場だ。


(……怒った時のご主人様みたい)


 つい、仲間のために剣を構えるディランと慎司を重ねてしまう。

 ルナは愛する主人の顔をかき消して、愛刀の短剣を構えた。


「嬢ちゃんは前に出るなよ、あの影がどんな魔物かわからないんだ。万が一があっちゃいけねぇ。お前らも同じだ!お前らは2人でやつを挟み込むようにしろ!……正面は俺がやる」


 最強ではないが、決して弱くはないと言えるロベルトを倒しているのだ。

 ディランが慎重になるのも無理はなかった。


 有無を言わさないディランの言葉にルナたちは頷くと、騎士2人は左右へ走り、ルナは背後を取るべく駆け出す。

 その動きに影が反応しようとした時、正面からディランが切り込む。

 上段から振り下ろされた剣は、影に防御されるものの、その場に縫い止めることに成功する。


「おっと、お前の相手は俺だ。俺だけに集中したほうが身のためだぜ?」

「クケケッ」

「奇妙な笑い声だ、なぁ!!」


 一瞬の鍔迫り合いの後、ディランは強引に影を押し出す。

 グラリと崩れそうになる影の一瞬の隙を突いて、左右から騎士が刺突を放った。

 攻撃力を求めるならば斬った方がいいのだが、避けられてお互いの剣がぶつかるリスクを考えれば、選択肢は突きとなる。


「ケケケケケケ」


 謎めいた声を出す影に、2振りの剣が突き刺さる。

 だが、攻撃を当てたはずの騎士2人の顔には困惑の表情が浮かんでいた。


「おいどうした!」

「ディラン様!攻撃に手応えが無さすぎるんです!」

「こいつは恐らく攻撃を無効化してます!」


 騎士2人が突き刺した剣は、何の抵抗もなく突き刺さったが、影がそれを痛がる素振りは見せていない。

 それどころか、()()()()()()かのように振る舞う。


 普通の魔物にはありえないような影の様子に、騎士2人は恐怖を覚える。

 未知の敵に、こちらの攻撃は効かない。

 どんな攻撃をしてくるかもわからない。

『知らない』という事実が2人の心を(むしば)んでいく。


「う、うう……」

「なんなんだ、こいつは……!」


 やがて恐怖に負けて逃げ出しそうになった時、ディランの声が響いた。


狼狽(うろた)えるな!」


 その声は1番離れているルナの耳をも震わせるほどの声量であった。

 ディランは、恐怖に屈しそうになっている騎士たちの心に喝を入れる。


「騎士が逃げ出すのか!騎士が背中を見せていいのは敵ではない!守るべき民だろう!例え未知の敵であっても、誇りがあるのならば倒すために抗え!」


 長い時に裏打ちされた、重みのある言葉は、騎士たちの心を叱咤する。

 怯えていた2人の目には、いつの間にか強い意志が戻っていた。


「そうだ、俺は……騎士なんだ!」

「倒せないなら倒せるまでやってやる!」


 ルナは、一瞬で騎士たちを立ち直らせたディランに尊敬の眼差しを送っていた。

 慎司のように、隔絶した力を持っている訳では無いが、慎司にはない確かな経験がディランにはあった。


(すごい、言葉だけでこんなにも違うなんて)


 再び陣形を整えるディランたちであったが、今度は影の方から仕掛けてきた。


「クケケッケケッ」


 左右に体を揺らし、先の読めない曲芸のような動きで距離を詰める影。

 その一撃は随分と単純な攻撃だった。


「ふっ!」


 繰り出されるのは、胸への掌打。

 ディランはそれを反射神経だけで避けてみせる。

 滑らかな体重移動で影はそのまま回し蹴りを狙うが、常人では反応できずとも、ディランにとってそれは隙となる。


「おせぇ!!」


 鋭い切り上げを影に放つが、先程の刺突のように動きを止めることができてもダメージを与えられているようには見えない。


「……めんどくさいやつだな。物理攻撃が効かねぇのか?」


 影を分析していき、有効な攻撃を探り出す。

 ただの切り上げは効果が無い。

 それならば次は魔法攻撃だろう。


「俺は魔法が苦手なんだよなぁ……嬢ちゃん!確か攻撃魔法が使えたよな!」

「はい!一応初級魔法なら!」


 ルナは、騎士団で訓練に参加するのと同時に、慎司によって召喚されたレイラからいくつかの魔法を教わっていた。


「なんでもいいから魔法であいつを攻撃してくれ!」

「わかりました、やってみます!」


 教わった魔法は少ないが、魔法が使えるというのはかなりのアドバンテージとなる。

 ルナは魔法を発動するべく、詠唱を始める。


「我が手に集え、火の力……」

「よし、俺たちは援護だ!こいつを抑え込め!」

「了解!」


 ルナの詠唱と同時に、ディランたちは影へと攻撃を繰り出す。

 ダメージが与えられなくとも、動きを止めることができる。

 詠唱の時間を確保すると同時に、魔法を当てやすくするためにも、ディランたちの援護は的確な判断であった。


「いきます!ファイアボール!」


 突き出した両手から飛び出るのは、大きな火球。

 射出された火球は一直線に影へと飛んでいき、ディランたちの援護もあって、火球は直撃する。


「ケケッ!?」


 火球が直撃することで、燃え上がる影の体。

 まるで痛みに悶えるように地面を転がる影を見て、4人は確信した。


「魔法だ!魔力を使った攻撃を使え!」

「了解!」


 ディランと騎士たちは、自分の持つ剣へと魔力を通す。

 すると、薄らとだが、刀身が魔力を帯びる。


「奴は今動けないはずだ!一気に叩き潰せ!」


 ディランが、騎士が、ルナが倒れている影を切り刻む。

 何度か切りつける内に、影の姿は跡形もなく消え失せた。


 影への対処法を見出したディランたち。

 ルナが何気なく見上げた塔に設置してある時計は『15:40』をさしていた。

ディランさんは騎士団内では荒い口調ですが、対外的には紳士な対応を心掛けています。

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