112.神様も大変なんです
「おはようございまーす!」
「うるさいですよ。そもそも私たちには睡眠という概念は存在しないではないですか」
「あはー、そうだったねぇ?」
雲の上。人の手が届かぬ領域で、会話は繰り広げられていた。
作業をしているテミスの横で、アイテールが騒ぐのだ。
調子のいいアイテールの言葉に、うんざりとした表情を隠そうともせずテミスは首を振る。
「はぁ……意味もなくテンションを上げるのをやめてくれませんか?相手をするの疲れるんですよ……」
「えぇ?酷いなぁ……。意味なくテンションを上げているわけじゃないんだよ?」
意味がない訳では無い、そう反論するアイテールにテミスは猜疑心満載の視線を向ける。
テミスは知っているのだ。このアイテールという男がどれだけ無意味に行動するのかを。
「そう言って以前にも無意味に世界をかき回しましたよね?」
「あ、あははー?そんなこともあったかなぁ?」
「笑っても誤魔化されませんよ。あなたはいつもそうやって煙に巻くのですからね」
「ちぇー、テミスは相変わらず堅いなー……もっと楽にいこうよ。肩肘張って生きるのって辛くない?少なくとも僕は面倒臭いなぁ」
やんわりと注意をするテミスの言葉も効果を示さず、あっけらかんと言い放つ。
それを聞いたテミスは額に青筋を浮かび上がらせながらも、なんとかギリギリのところで冷静さを失わないでいた。
「……んん!まぁこの問答も詮無きことです。とにかくあなたは私の邪魔をしないでくれますか?」
「暇なんだよ、相手してよ」
「いいですか、あなたは暇なのかもしれませんが、私にはやるべき事があるのです!」
そう叫ぶテミスには、『法と掟』についての仕事がある。
そもそもアイテールは『原初』の神だ。この世界を作ったわけでもなく、世界を導くのでも運営するのでもない。
ただそこに『原初』から存在するだけ。
それがアイテールという神であった。
「そっかー、そうだよね。君は『法と掟』の女神だもんね……はぁ、そんなの捨てちゃえばいいのに」
「捨てたら世界がどうなるか、あなたが1番知っているでしょうに、よくそんなことが言えますね」
「まぁ、伊達に長生きはしてないからね」
誇らしげに胸を張るアイテールを睨みつけながらも、テミスは作業に戻る。
広がりすぎた不和を戻し、世界が乱されるのを未然に防ぐのだ。
「あー暇だなー」
それなのに、傍らでふざけ倒すアイテールは仕事もなく暇そうなのだ。
こちらが必死になって世界を守っているのに、気まぐれに世界をかき乱そうとまでする始末。
テミスは表面上は冷静さを保ちながらも、心の奥底では怒りが支配している。
(今に見てなさい、アイテール。そんなに退屈だと言うならばとっても刺激的な出来事をプレゼントしてやりますから)
苛立ちに蓋をして、テミスは微笑みを浮かべると、アイテールを構ってやる。
「アイテール、暇なら私を手伝ってくれませんか?」
「やだ」
「はぁ……まぁ私の邪魔をしないのであれば好きにするといいでしょう」
暇だ暇だと騒ぐくせに作業は拒む。
出来の悪い人間の子どもの様な態度に、嘆息しながら作業を続行する。
そして、作業の途中でテミスはとある歪みを見つける。
「おや、これは……?」
不思議そうに歪みを調べ出すテミスの背後では、アイテールが底意地の悪い笑みを浮かべるのだった。