110.崩壊の序曲
崩壊編、スタートです!
魔族を倒し、王族を助け、『蒼剣』と呼ばれるようになってから1年が経った。
今日も変わらず慎司は魔法学校に足を運び、既に限界が見え始めている魔法の研究をしている。
この1年、大きな変化というものは特にない。
──そう思っているのは慎司だけだ。例えば彼の恋人の狐族の女性に目を向けてみよう。
初めての奴隷のルナは、この1年間で慎司の異質さを嫌というほど見せつけられてきた。
剣を振れば地を砕き、魔法を放てば空が歪む。その力はあまりにも異常なものであったが、誰もそれを指摘することは無かった。
1番近くにいるルナは、慎司の過去を知る唯一の人物であり、恋人だ。
力の使い方を知り、人という枠組みから離れていく慎司を長く見つめてきた彼女だからこそ、理解者足らんとする。
「ああ、またですか……」
慎司の常識をぶち壊す行動に慣れきってしまったルナは、その一言だけで済ませてしまうぐらいには諦めていた。
理解者を目指したが故に彼女は徐々に慎司に毒されていったのだ。
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「ご主人様ー?起きてま……すよねぇ。いつになったら私に寝顔を見せてくれるんですか?」
早朝、いつものように慎司のことを起こしに来たルナの言葉である。
毎朝ルナは慎司を起こしに来るのだが、残念なことにルナが慎司の寝顔を拝んだことは少ない。
それもどれもが気絶して倒れた時や、非常時のものなので、実際に慎司の安眠している姿を見たことは0である。
「いやぁ、癖みたいなもんで早起きしちまうんだよ。俺よりもっと早く起きればいいんじゃないか?」
「私の睡眠時間が削られすぎてしまうので無理です!」
「ええ……本気で俺の寝顔見る気あるのかよ……」
「うぅ、ちゃんと寝ないと疲れが取れないですし、睡眠は大事なんです……」
耳と尻尾を悲しそうに垂れさせ、ルナは指をつんつんと突き合わせながら口を尖らせる。
「っ!……ルナ、ちょっとこっちに来い」
「え?なんです……きゃあ!」
ルナのいじらしい様子に慎司はゴクリと生唾を飲み込み、無意識の内にベッドに引き込む。
「ちょ、ちょっとご主人様!朝ごはんがもうできてますから!」
「いや、ルナが悪い」
「なんで!私何もして無いですよね!?」
「うるせぇ!自然体で可愛いんだよ!」
なんだかんだと言いながらも本気で抵抗してこないルナを組伏せ、慎司はその潤んだ瞳を見つめる。
「……早くして、くださいね?」
恥ずかしいのか、3秒も視線を合わせることなく逸らされた顔。
華奢な身体を、柔らかそうな肢体を支配していると思うと慎司は自分の中の劣情とも言える感情が大きくなっていくのを感じる。
「今日は遅めの朝食になるかもな?」
囁くような低い声。
それを聞くだけでルナは首筋まで真っ赤になる。
「あ、やっ……」
「嫌じゃないだろ?本当は嬉しいくせに」
何度も身体を重ねてきたことで、ルナの好きなシチュエーションも、攻め方も知っている。
慎司は少しマゾ気質の入ったルナに言葉責めをしながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ご主人様の、いじわる……」
「ははっ、ごめんごめん。それじゃあ遅くならないように……」
「んっ、んん……!」
やや強引に口付けをする。
興奮した身体をまさぐりながら、慎司はルナの唇の柔らかさを楽しむ。
いきなりのキスにルナは初め、硬直していたが、すぐに目をトロンとさせ、蕩けきった表情で慎司を求め出す。
「ん、ちゅ……ご主人様……」
お互いを貪り合うような熱烈なキスを楽しみ、そろそろかという頃合で慎司はルナの服を脱がせにかかる。
無抵抗のルナはされるがままに服を脱がされていき、そして──
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遅めの朝食をとり、慎司は魔法学校へと向かう。
今日も空は青く晴れ渡っており、太陽は眩しく地上を照らしていた。
(……あれが太陽と言っていいかは知らねぇけどな)
18歳までの記憶しかない慎司は授業で習うような太陽との違いなんてものはわからない。
どうでもいい違和感を切り捨て、慎司が上げていた視線を元に戻すと、校門付近にはいつものようにシャロンの姿がある。
(毎度思うんだが、シャロンはどうやって俺が来る事を知ってるんだ?)
慎司の素朴な疑問であったが、教室までの短い時間や、授業の合間では聞くことが叶わず1年間の謎である。
校舎につけてある大きな時計を見れば、質問するぐらいの時間はある。
朝にドタバタとしたため、結局いつもよりは早く家を出たのだ。その分疲労は凄まじい。
それならばと、慎司は早速疑問をぶつける。
「なぁ、シャロン。シャロンはいっつも俺が学校に来る時校門に立ってるけど、どうやって俺が来ることを知ってるんだ?」
「ああ、その事ですか?それはですね……」
「それは?」
「勘、でしょうか」
事もなげに言ってみせるシャロン。
てっきり何らかの魔道具の効果か、特殊な結界でもあるのかと思っていた慎司は、呆気に取られる。
「勘……だって?」
「ええ、なんとなく分かるんですよ。シンジ様が来るなぁ……って」
「おいおい冗談だろ?」
「……」
ニコリと微笑むだけのシャロンが、どうにも怖くなった慎司は結局この話についてはそれ以上追求することもなく教室に急ぐのだった。
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ガラガラと教室の扉を開けると、集まるのは多数の視線。
慎司がSランク冒険者であることも、『蒼剣』であり魔族を何体も屠って来たことは生徒たちに知れ渡っているため、1年以上共に暮らしていても生徒たちから送られる尊敬の視線は色褪せない。
(うーん、やっぱり慣れないなぁ)
視線に居心地の悪さを感じながらも、慎司は4人で固まって談笑している1つのグループに近づく。
言わずもがな、アレンたちである。
「よっ!おはようシンジ!今日も元気そうだな」
「む、来たかシンジ」
「おはようございます、シンジ君」
「あら、シンジ。おはようございます」
それぞれが慎司に気づくと、アレンを皮切りに口々に挨拶をしてくる。
慎司も笑顔を浮かべながら「おはよう」と返しながら4人に混じる。
「そういやぁ、聞いたか?なんか最近変な薬を売ってる奴がいるらしいぜ?」
教師が来るまでの時間に、突然アレンがそう言った。
「どういうことですの?」
「ああ、なんか知り合いから聞いた話なんだけどよ……」
アレンはその知り合いから聞いた話というものを語っていく。
曰く、王都に最近「簡単に力を手にすることが出来る」という触れ込みで妙な薬を売っている謎の人物がいるらしいのだ。
貴族ではないアレンは庶民に出回っている情報を知るのが早いようで、貴族出身のガレアスたちはアレンの話を聞いて目を丸くしていた。
情報に余り興味の無い慎司は勿論初耳であり、不審すぎるその人物の話に顔をしかめていた。
(なんか、厄介事の臭いしかしないんだが……)
嫌だ嫌だと頭を悩ませながら、慎司はアレンの話に耳を傾ける。
話を聞く限り、被害があるとすればその妙な薬を買ってしまった人と、周りの人だ。
毒薬なんてことはないだろうし、考えられる可能性は中毒性の高い薬物か、理性の欠如を引き起こす薬物だろう。
「あ、先生が来たみたい」
「んだよ、それじゃ話はここまでだな」
教師が来たことによりアレンの話は途中で終わってしまい、最後まで話を聞くことはできなかった。
(家に帰ったらみんなに一応伝えておくか)
胸に燻るわだかまりを消すようにして、慎司はそれ以降深く考えることをやめた。
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「なぁ、君。力が欲しくないかい?」
フードを被った人物は男性とも女性とも取れる声で告げる。
「圧政には懲り懲りだろう?」
巧みに不満を煽って。
「これで見返してやれるさ」
嫉妬を逆手に取って。
「彼女も振り向いてくれるさ」
恋心に漬け込んで。
「バカが多いと助かるなぁ……くひっ」
王都の至るところで災厄の種を撒くのであった。