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109.世界の英雄より誰かの英雄に

マセガキ


 ある日の夜のこと。

 バルドはベッドに寝転がり、深い思考の波へと意識を投げていた。

 頭の中を占めるのは自分の力と慎司に見せられた力の、圧倒的な差。


 自分に力がないということは分かっていても、目の前にいる魔族を前にして思考が鈍り、ハルディアに逃がされた時のことを思い出すと、自分の無力感に打ちのめされるのだ。

 あの時自分には何ができたのだろうか。

 真正面から戦う?赤子の手を捻るが如く殺されるだろう。

 体勢を立て直す?そんな暇など無く殺されるだろう。

 あの時取るべき選択肢は逃亡だ。現にハルディアは迷うことなく選択したし、確率を高めるために自分の命を懸けた。


 だが、あの時自分に魔族と戦うだけの力があればどうだろうか。

 ハルディアが命を懸ける必要もなく、慎司の手を借りることもなく脅威を退(しりぞ)けることができたのだろうか。


「はぁ、考えても無駄だよね」


 現に自分に力は無いのだ。

 今はそれを受け入れて、次のために鍛錬をする方がよっぽど建設的だ。

 バルドはそう考えると、ベッドから這い出る。


「喉、乾いたな……」


 隣のベッドで寝息を立てるラスティを見ながらポツリと呟く。

 部屋を出て水を求めて大部屋を目指す。

 大部屋には簡易的な魔道具が設置してあり、飲み水が好きな時に飲めるようになっている。

 大部屋を目指すのは、バルドの部屋から1番距離が近いからだ。


「……あ」

「あれ?どうしたの、ニア?」


 扉を開けて大部屋に入ると、そこには意外にもニアの姿があった。

 ニアはバルドが部屋に入ってきたことに気づくと小さく声をあげ、不思議そうな顔をする。


「こっちの、せりふ。バルドこそ、こんな時間に、どうしたの?」


 独特な、ゆったりとした喋り方でニアは質問してくる。

 バルドは「喉が乾いちゃってね」と答えると、魔道具を作動させて用意したコップに水を注ぐ。

 自分の分ともう1つ、ニアの分も用意すると、バルドはコップを持ってニアの座る椅子の反対側に腰掛ける。


「はい、これ」

「ん、ありがと」


 水の入ったコップを手渡すと、ニアは両手でコップを持って、コクコクと喉を鳴らしながら水を飲み出す。

 その女の子らしい仕草に、心拍数が上がってしまう。

 まともな恋愛すらしたことがない癖に、生意気にも感情は桃色が混じり出す。

 バルドは頭を振って雑念を振り払い、自分も水を飲む。

 ただ、バルドが水を飲むと何故かニアはじっと見つめてくるのだ。

 その視線はコップを持つ手や喉元に向けられており、バルドは自分の所作の1つ1つを監視されているようで、なんだか恥ずかしくなる。


「……」

「な、なに?」

「別に、特に理由はない」

「そっか」


 黙っていられると気まずいので、会話の糸口を探すのだが、バルドにはこんな時に場を盛り上がらせるような小粋な会話はできないし、ニアの好きそうな話題もわからない。

 続いてくれない会話を恨みながら、バルドが必死に空気を変えようと考えていると、ニアの方から話しかけられる。


「ねぇ、バルド。何を悩んで()()の?」

「……え?」

「なんか、難しい顔をしてた」


 ニアはじっとバルドの目を見つめながら言う。

 確かにバルドは部屋に来るまでは、先日のことについて悩んでいたが、顔に出るほどだったのだろうか。

 バルドが答えに困っていると、ニアは珍しく大きく表情を変化させる。

 いつもの無表情ではなく、悪戯めいた淡い笑顔を見せて、バルドがなにか言う前に口を開く。


「なら当ててあげる。この前の緊急依頼のこと、そうでしょ?」

「……うん。そうだけど、なんでわかったの?」


 バルドは難しい考え事をする時はいつも1人の時に限定している。

 曲がりなりにもパーティーのリーダー役をしているのだ。パーティーメンバーに余計な不安を与えないよう、できるだけみんながいる時は余裕があるように振舞っている。

 しかし、こうしてズバリと言い当てられてしまったという事は、もしかしてバルドの演技が下手なのだろうか。


「バルドは、気にしてないみたいに、してたけど、私には分かった。……ずっと見てたから」


 小声で何かを言ったように思えたが、そんなことよりもニアの言葉は聞き捨てられなかった。


「ほんと?そんなにわかり易かったかな……?」

「ううん、ラスティとか、リフレットは、気づいてない、と思う」


 演技力に自信を無くしかけたバルドだったが、気づいたのはニアだけだと言われて胸を撫で下ろす。


「そうなんだ。でも、どうしてニアは分かったんだ……?」

「……鈍感、ばか」

「え、え!?なんで僕貶されたの!?」

「そんな気分に、なったの」

「ひどくない!?」


 急に不機嫌になったニアは、一方的にバルドを貶すような言葉を(つら)ねて、そっぽを向く。

 月に照らされる横顔は慌てるバルドを、可笑しい物でも見るように笑っている。


「まぁいい、バルド」

「な、なに?」

「英雄は孤独で、寂しくて、不幸。……お母さんが昔言ってた言葉」


 目的の見えないニアの言葉にバルドは困惑するが、何か返そうと口を動かす。


「どうして、その言葉を?」

「バルド、英雄願望がありそう、だから」

「英雄願望?……はは、そんなのは──」

「──ないって、言える?」


 透き通った瞳で、まるで心の奥まで覗き込まれている様な錯覚に陥る。

 「無い」と言おうとした口は、真剣なニアの表情を前にして、彫像のように固まってしまい動かせなくなる。

 確かに、ニアの言う通りバルドには英雄願望があるのだろう。無力を嘆くのは救えないからで、力を求めるのは救うためだ。

 全てを救おうなんて考えるのは、傲慢な考え方だ。


「ニアの言う通りだね。僕には英雄願望なんてものがあるみたいだ」

「バルドは、みんなの英雄(メシア)になりたいの?それとも、誰かの英雄(ヒーロー)?」

「僕は……」


 バルドを見つめるニアは、真剣な表情のまま答えを待っている。

 メシア──即ち救世主となって世界を、全てを救うか、誰かのためのヒーローになって1人を救うか。

 バルドは少しの間考えると、答えを出す。


「僕は……僕は、救世主(メシア)になんてなれないよ。だから、英雄(ヒーロー)を目指すよ」

「そう……でも、孤独で寂しい不幸な英雄を、目指すのは、辛いよ?」

「うん、さっき言われたばっかりだしね。それでも僕は目指す。目指さなきゃダメなんだと思う。腐るしかなかった僕に、もう1度チャンスをくれたシンジ様に恩返しをするために。ニアたちを守るために」


 例え険しい道のりだとしても、バルドは英雄を目指さなければいけない。

 そうでないと、自分で自分を許せなくなる。

 月明かりだけが差し込む部屋、夜の闇の中でバルドは決意する。

 決然とした表情を浮かべて語るバルドに、ニアは今まで見た事のないぐらい輝かしい笑みを見せた。


「なら、私は……」

「ごめん、よく聞こえなかった。もう1回言ってくれる?」


 わざと声量を小さくして呟いた言葉は、目論見(もくろみ)どおり宙に溶ける。

 ニアは椅子から立ち上がると、コップを置いてある机を回ってバルドに近づく。

 困った顔をするバルドに、ニアは勇気を振り絞る。


「バルド、目を閉じて。お母さんの教えてくれた、おまじない、してあげる」

「うん?わかった」


 バルドは言われた通りに目を閉じる。

 黒一色に塗りつぶされた視界の奥で、ニアが近づく気配がする。

 吐息を感じられるほどに近づいてのが分かり、異常な状況に緊張する。


「……になってあげる」


 囁くように告げられた言葉に驚く間も与えられず、頬に柔らかい感触が触れる。

 それは一瞬のことで、何をされたか理解する前にその感触は離れていく。


「な、なっ……!」

「目、開けちゃダメ、なのに」

「あ、ごめ……じゃなくて!今、なにを!」


 ふわりと微笑んだニアにバルドは追い縋るが、返事は背を向けることで返ってくる。

 片手で片頬を抑えるバルドは、その背中に触れようとして躊躇(ためら)い、伸ばした手はただ(むな)しく宙を掻く。

 トコトコと離れていく足音と背中を、目で追うことしかできないバルド。

 ニアは扉の手前で立ち止まると、くるりと振り返り一言。


「なれるといいね、英雄(ヒーロー)


 それだけを言い残してニアは部屋から出ていく。

 残されたバルドは、囁かれた言葉の真意と、触れた感触の正体について思考を回すしかなかった。


「理解者って……なんだよ、それ……」


次は山場となる第4章、崩壊編となります。

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