108.蒼剣
最近忙しすぎて投稿が滞り気味……ごめんなさい……
待機している討伐班を目指して走るバルドたちの目の前に、突如として異常なまでの濃密な何かが現れた。
押しつぶされそうな程に圧倒的な圧力を放つ存在はすぐに姿を顕にする。
それは自分たちを買ってくれた、慎司であった。
「バルド、みんなは大丈夫か?」
突然目の前に現れた慎司に、バルドは驚きのあまり声が出ない。
バルドには分かってしまったのだ。
たった今、何気なくやってみせたが慎司は転移魔法でバルドの前に現れたのだ。
転移魔法──それがどれだけ高等な魔法なのか、魔法を使うニアは勿論、勉強熱心であったバルドは嫌というほど分かっていた。
「えっと、みんな無事だよ……です!」
「ん、ああ。それならいいんだ」
呆然として答えられないバルドの代わりにリフレットが慎司に答えると、心配そうな顔をしていた慎司は安堵の表情を浮かべる。
「それで?魔族はどこにいるんだ?」
全員に目を向け、無事を目視で確認した慎司はそう聞いた。
「そ、それなら!今ハルディアさんたちが!」
「ハルディア……?まぁいい。どっちだ?」
「あっち、あっちです!」
慎司なら魔族を倒してくれる。そんな根拠もない思いを抱いたバルドは、時間を稼ぐために戦っているであろうハルディアたちを思い、必死になって自分たちが走ってきた方向を指差しながら叫ぶ。
「──ああ、確かにいるな」
「……なんで、わかる、ですか?」
「ん?魔力感知だよ。一際大きい反応があるからね、多分そいつが魔族だ」
ニアの疑問に答えつつ、慎司は転移魔法を発動させようとした。
すると、今まで黙っていたラスティが口を開いた。
「シンジ様……ハルディアさんたちを助けてください」
「ああ、任せとけ」
力強く答えると、慎司は捉えた魔族の元へと転移した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ハルディアは満身創痍であった。
身体中に傷を与えられ、左腕なんかは本来ありえない方向に曲がってしまっていた。
自慢の防具はずたぼろに裂け、吹き出した血液で赤黒く染まっている。
唯一動く右腕を頼りに攻撃を凌いでいるが、それもそろそろ限界であった。
「おらぁ!最初の威勢はどうしたんだよ人間!!」
戦闘が始まるなり、取り出した黒い剣を振り下ろしながら、魔族は吠える。
空気をビリビリと振動させる程の咆哮に弱気が顔を見せるが、命尽きるまで時間を稼ぐと決めたハルディアは懸命に自分を奮い立たせ、無様にも地面を転がりながら攻撃を回避する。いや、回避したつもりだった。
──グシャ。
転がるハルディアに届く肉が潰れる音。
それが一体何なのかを理解する前に感覚が答えをだした。
右足から這い上ってくる灼熱感と喪失感。
痛みに呻く暇もなくハルディアは自分の右足の膝から下が切り落とされていることを理解した。
「あああああああああ!!」
「くははははは!人間のくせに頑張ってたみてぇだが、ここまでのようだなぁ?」
「ハルディア!」
限界まで酷使したボロボロの体は悲鳴を上げ、失われた右足からは鼓動の1拍ごとに血が流れていく。
自分を心配するガルムの声がひどく遠くに聞こえ、ハルディアは自分の死を悟った。
魔族が楽しそうに嗤い、血の滴る黒い剣を振りかぶる。
「すぐにお仲間も届けてやるから、安心してくれや……くくっ」
「……ごほっ!驕りは死を招く、ぜ……?」
「死にかけた奴が何いってんだか。それじゃあな、それなりに楽しかったぜ」
死の間際に嫌味たっぷりの言葉を吐き捨てるように言ってやるが、魔族は特に気にした様子もなく、あっさりと剣を振り下ろした。
「ハルディアァァァァ!!」
相棒の声が最後に聞こえたような気がしたが、どこか遠い世界での出来事のように感じられる。
灰色に染まった世界の中で、ハルディアを死に誘う長剣だけがゆっくりと近づく。
ぬらりと光る剣がハルディアを貫こうとしたその瞬間。
「くそっ!なんだ!?」
止めを刺すことをやめた魔族は焦った顔で後ろに飛び退る。
それは生存本能が成せる直感であったが、その行動が結果的に魔族を救った。
ハルディアは、今まで魔族がいた場所を光が線となって貫くのを見た。
強烈な光の線は延長線上にある木や岩などあらゆる物を貫いていく。
(なんだこれ……魔法なのか?)
あまりの威力にハルディアは目を疑った。
自分の知っている魔法にこんな強力なものは無かったはずなのだ。
そんなありえない現象を起こした本人は誰かと思い、目を動かすと、1人の青年が自分に手を翳しているのが分かった。
「はい、これで大丈夫だろ。アンタはあっちの人を連れて離れてくれ」
その言葉にハルディアは奥歯を噛み締める。
離れたくても足がないのだから、不可能なのだ。
恨みがましい目で青年を見ようとすると、ポンと手を打ち付けた青年は言葉を付け足す。
「ああ、足なら治しといたぜ?」
「は?……嘘だろおい」
「そんなメリットのない嘘は吐かないね」
ハルディアは驚くことに元通りになっている足を見て硬直するも、すぐに頭を振って追いつかない思考を隅に追いやる。
体の怠さはそのままだが、今は足が動くのだから、ハルディアは邪魔にならないようガルムを引っ張りながら青年と魔族から離れた。
ハルディアがある程度離れた所で、青年と魔族は戦闘を始めた。
手始めに魔族が『闇魔法』で黒い玉を何個も飛ばす。
それを青年は障壁のような物で弾いていくのだが、弾かれた黒球が木に当たると爆散するところを見れば、黒球の威力は一目瞭然であり、簡単に防いで見せた青年の実力の底知れなさにハルディアとガルムは慄く。
「チッ、魔力障壁か……人間のくせに厄介なもの持ってやがる」
「なぁ、小手調べじゃなくて本気で来いよ。そこの人たちをさっきまでの様にいたぶってたみたいにさ」
「うるせぇな、それならお望み通り本気でいってやるよ!」
魔族が吠え、黒い剣を構えて鋭く踏み込む。
人を越えた身体能力から生み出される速度は音を凌駕し、踏み込みを何とか目で追えたハルディアは青年が斬られる姿を幻視する。
「死ねよ人間!」
踏み込みの力を利用した剣閃は漆黒の尾を引きながら青年を切り裂く。
少なくともハルディアにはそう見えた。
「どこを見てるんだ?そこには誰もいないだろ?」
「っ!お前……!」
「アルテマ」
誰も目に追えない速さで動いたのか、それとも未知の技を使ったのか。
青年は魔族の後ろに無傷で立っていた。
そして、青年の声に答えるようにして藍色の少女がいつの間にか姿を現していた。
「あぁ?戦いの途中に女を呼んでるんじゃねぇよ、クソ野郎が!」
「アルテマは俺の仲間さ。別にいいだろ?それに……」
怒りで顔を真っ赤にさせた魔族の声をのらりくらりと躱しながら、青年は少女と手を絡める。
絡めた手を中心にして藍色の光が弾ける。
あまりの眩しさに目を開けていられなくなり、ハルディアとガルムは腕で顔を覆う。
「そろそろ終わらせようか」
「何言って──」
発光が収まると青年の右手には蒼い剣が握られていた。
その刀身からは藍色の粒子が零れ、幻想的な雰囲気を醸し出す長剣の切っ先は、魔族へと向けられている。
そして、魔族が何かを言う前に青年は動いた。
青年の体がブレたかと思うと、その姿は掻き消えて、魔族の背中側へと、蒼い剣を振り切った姿勢で動きを止めていた。
遅れてやって来る空気を震わせる音と、踏み込みで伝わる衝撃。
剣から零れる粒子が剣の軌跡を描く。
「あ、が……」
その粒子は魔族の身体を通り抜けており、ズルりと魔族の上半身と下半身が斜めにずり落ちる。
「確かに強いみたいだけど、俺の方が強かった。それだけの話だよ」
認められない──そう言いたげな表情のまま倒れた魔族に、青年は告げる。
握っていた蒼剣は再び少女の姿に戻り、その頭を青年は優しく撫でてやる。
ハルディアは戦闘中とはまったく違う青年の雰囲気に戸惑いながらも、助けてもらったお礼をするために声をかける。
「先程はありがとう。助かった」
「俺もだ、ありがとう」
ハルディアに続き、ガルムも頭を下げる。
すると青年は急におろおろとしだし、慌てた様子でハルディアたちに頭を上げるように頼み込んでくる。
「助け合いみたいなもんですから、気にしないでください。あなた達はバルドたちを助けてくれていたみたいですからね」
「あの坊主たちと知り合いなのか?」
頭を上げたハルディアたちにそう言う青年は、非常に話しやすい好青年にしか見えない。
ハルディアは話に出てきたバルドたちについて尋ねるも、頷かれるだけで詳しい情報は得られなかった。
「ま、とにかく助かったぜ。俺はハルディア、でこいつがガルム。何かあったら力になるぜ」
「おお、私はシンジと言います。その時はよろしく頼みますね」
にこやかに挨拶を交わした3人は、魔族を討伐したとして全員に作戦の完了を伝えるべく動くことになる。
「……ん?シンジって……」
ハルディアがシンジがSランク冒険者だと気づいたのはそれから10分後のことであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その後、慎司の手によって無事に魔族が討伐されたという報告がされ作戦は終了し、冒険者たちには報酬が支払われた。
今回のMVPはルーキーを逃がしながらも多大な時間を稼ぐことに成功したハルディアとガルムであった。2人には多めの報酬が支払われ、嬉しそうな顔をして夜の街へと繰り出したそうだ。
何故かその日から冒険者たちと夜の街の者たちの間で『蒼剣のシンジ』という恥ずかしい二つ名が広まるのだが、誰が発端なのかは未だに分かっていない。