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107.走る兎耳


 ポーラは息を切らしながら走っていた。

 あまり運動する機会に恵まれない職業であるから、急に全速力で走ったことに体が拒否反応を示したのだ。

 だが、それでもポーラは走るのをやめなかった。


「はぁ、ひぃ、ふぅ……」


 独特な呼吸をしながら彼女が目指すのは魔法学校だ。

 そこにいる慎司に会い、今回の魔族討伐に力を貸してもらう様に頼むのだ。


 長い間怠けていた体は期待を裏切らず、息苦しさと足の気だるさ等はとうに限界を越えている。

 ポーラは足を止めて休みたい気持ちを押さえ込みつつ、必死に足を動かした。


(疲れますぅ、遠いですぅ、もう嫌ですぅ…… )


 弱音を心の中で吐きながらも懸命に走ったポーラの視界に、(ようや)く魔法学校の校舎が見える。

 見える距離にあるならば、後少しだ。

 ポーラはラストスパートとして自分の体に鞭を打って走った。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ポーラが魔法学校に着くと、門の辺りに誰かがいるのが目に入った。

 それはメイド服に身を包んだ可憐な女性であり、ポーラは知らなかったが、慎司の専属メイドであるシャロンであった。


 ポーラはシャロンを見つけると、すぐに学校の関係者だと見抜き、慎司を呼んできてもらうか、自分を連れていってくれるよう頼もうとした。


「あ、あの……ひぃ、ちょっと、はぁ、いいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」


 息も絶え絶えに話すポーラに若干引きながらもシャロンは務めて無表情で答える。


「こちらに、はぁ、シンジさん……シンジ・クロキさんはいらっしゃいますでしょうか?」


 シャロンは自分の仕事の相手が目的だと告げる、目の前の兎耳少女をスッと目を細めて見る。

 どのような目的で現れたのか、それがどうしても気になるのだ。


「お名前と所属する組織をお聞かせ願えますでしょうか?」

「え?ああ!……失礼しました。私はポーラと言います。冒険者ギルドで受付をやってるんです」

「あら、そうでしたか。疑うような真似をして申し訳ございません」


 微塵も申し訳ないと思っていないシャロンの謝罪に、ポーラもつられて頭を下げる。

 その慌てた様子はどう見ても慎司に害を与えるような人物には思えないが、それでもシャロンは警戒を緩めない。


「さて、ポーラさんは一体シンジ様になんのご用事があるのでしょうか?」

「はい、Sランク冒険者であるシンジさんに、至急頼みたい案件がありまして、現在動けるものの中で私だけが知り合いということでここに来たんです」


 逸る気持ちを宥めつつ、ポーラは魔族関連の話は伏せて事情を説明した。

 無闇に不安を抱かせるような発言はする必要は無い。


「なるほど。何か重大なことが起こったのですね。そう……例えば魔族とか」

「えっ!?そそそんなこと無いですよ?」

「……」


 隠し事がとことん下手くそなポーラは、シャロンのカマかけに見事に引っかかり、自分の態度で情報を伝えてしまう。

 目を逸らしながら吹けない口笛を必死に吹こうとするポーラに生暖かい視線を送りながらも、シャロンは現在慎司が受けている授業について思い出そうとしていた。

 魔族絡みの事となると、確かにSランク冒険者の慎司を頼ることになるだろう。

 何せ、シャロンも『単独で魔族を撃破できる』という慎司の話は聞いているのだから、シャロンは既にポーラを慎司に会わせる方向で思考を進めだしていた。

 

「確か今は……魔法理論の講義でしたね」

「まほーりろん?」

「現在シンジ様が受けている講義の事です。これからご案内致しますので、私についてきてください」

「え?あっ、はい!」


 くるりと背を向けて歩き出すシャロン。ポーラはその後ろ姿を慌てて追いかけるのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 豪華な廊下を歩きながらたどり着いた一つの部屋の前で、シャロンにならうようにしてポーラは立っていた。

 暫くすると講義が終わったようで、シャロンが続々と部屋から出てくる生徒たちに視線を走らせる。

 やがて慎司を見つけたシャロンは滑るようにして近づくと、声をかける。

 

「シンジ様、ポーラさんという方がお話があると仰っていましたが、どうしますか?」

「え、ポーラ?」


 シャロンから出た名前に対し、慎司は驚いた顔で聞き返す。

 慎司にとってポーラは『何故か怯えられてしまう少女』というカテゴリーだったのだ。

 それがどうして自分に話があると態々来ているのか、全くもってわからない。


「あ、あのー、シンジさん」

「なんです?」

「えっとですね。重要なお話がありますので、人に聞かれないような場所に移動して欲しいんですけど……」


 ポーラの伺うような視線に慎司は頷くと人気の少ない廊下へとポーラを連れていく。

 次の講義もあるためほかの生徒は準備が忙しいのだろう。この時間にこの廊下を通る生徒は少ない。

 周囲に誰もいないことを天井裏含めて魔力感知で調べてから、慎司は早速話を切り出す。


「それで、お話とは?」

「はい、現在王都付近にある森に魔族が出現したという情報がギルドに届けられました。そして、ギルドにいる全戦力を投入して討伐しようという話になったのですが、現状では戦力に不安が残ります」

「それで、俺にも加わって欲しいと」

「……はい」


 慎司は顎に手を当てて考え込むと、ポーラに1つ質問をする。


「バルド、ラスティ、ニア、リフレット。この4人に聞き覚えはありますか?」

「……ええ、もちろん。今回の討伐作戦にも参加している、最近頑張っている4人組です」

「では行きましょうか。王都付近の森でしたよね。それなら行ったこともありますしすぐに行けます」


 慎司の言葉に疑問符を浮かべるポーラの手を掴み、慎司は転移魔法を発動させる。


「あ、シャロン。今日は多分学校には戻らないから」

「かしこまりました」


 短く告げると、慎司とポーラは冒険者ギルドまで転移した。

 突然切り替わった視界に口を開けたまま呆然とするポーラ。

 転移魔法というものがあることは知っていたが、実際に体験することは初めてであったし、何よりも無詠唱で発動したことに驚いていた。


(え、ええ!?無詠唱で転移魔法なんて聞いたことないですよ!?)


 聞いたことはなくても実際に見てしまったのだから信じるしかない。

 ポーラは隣に立つ慎司を見上げる。


(す、すごい人だと思っていたけど、想像よりも遥かに凄い……!)


 慎司は無事冒険者ギルドに転移できたことを確認すると、すぐに転移魔法を発動させる。

 今度は1人で件の森まで飛ぶのだ。

 尊敬の眼差しを送ってくるポーラに苦笑しながら、慎司は転移した。

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