106.相対
魔族討伐のための準備を整えた冒険者たちは、Cランク以下が20組、Bランク以上が1組となって分かれた。
バルドは20組のうちの1組に入ることになり、バルドたち4人とは別に、余りものではあるが腕は立ちそうな雰囲気の2人組を加えた6人で行動することになった。
2人の名前は、短剣を二刀流にする方がハルディアで、身の丈ほどもある細長い剣を持つ方がガルムだそうだ。
あまり時間もないため、お互いの名前と得意武器を教え合うと、バルドたちはすぐに森へと出発した。
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「おい坊主、止まれ。そっちはダメだ、迂回するぞ」
「は、はい!」
魔族を捜索しながら森を歩いていると、時折ハルディアが声をかけて別の道へと誘導する。
どうやらハルディアはかなり目がいいようで、遠く離れた場所からいち早く魔物を発見しては、それをバルドたちに教えてくれる。
そのおかげもあり、魔族を探し始めてから1時間が経とうとしても未だに魔物との戦闘回数は0であった。
「あの、ハルディアさん。魔族はやっぱり見つからないですか?」
「……ああ、さっきから探ってはいるんだが、引っかかるのは全部雑魚だ。ほんとに魔族なんているのかねぇ」
自分の探知範囲に魔族の反応がないのを確認すると、ハルディアはため息混じりにそう言った。
「でも情報を教えてくれた人は、かなりの信頼が持てる人物なのではなかったですか?」
「あー、あれな。あいつは情報の正確さだけならギルド1なんじゃねぇかな?……ただ、かなりの守銭奴なのがなぁ」
「あぁ、そういう……」
片手で顔を覆うハルディアがやれやれと言わんばかりに頭を振る。
気楽な表情を見せているのは、彼の自慢の索敵範囲に敵がいないからだろう。
ハルディアの様子を見てバルドたちも、つい緊張が緩む。
「さぁ、お喋りはここまでにしようや。捜索再開だ」
「ええ、わかりました」
緩みすぎた空気を引き締めるようにハルディアが声を出す。
パーティー内の空気に気を配れるほどに彼はベテランだ。それは寡黙な様子で一言も発していないガルムも同じだ。
恐らくハルディアが声をかけるのがもう少しでも遅かったらガルムが声を発していただろう。
しかし、足を踏み出そうとした瞬間、ベテランとしてバルドたちを引っ張っていたハルディアとガルムの顔に初めて動揺が浮かんだ。
「なっ!?反応はなかったはずだろ!?」
「ハルディア!来るぞ!」
動揺の収まらないハルディアをガルムが一喝する。
穏やかだった森の雰囲気は一変し、葉擦れの音が不協和音を奏で出す。
「おい坊主!魔族が来るぞ、備えろ!」
「っ!……わかりました!ニアとリフレットは僕たちの後ろに!」
「うん!」
「わかった……!」
陣形と言うにはあまりにもお粗末な物であったが、取り敢えずバルドとラスティは後衛組の2人を背負うように立ち、敵襲に備える。
そして、バルドが剣を固く握り直した瞬間、それはやって来た。
「なんでぇ、バレてんのか。意外に鋭い奴がいたわけだ」
「くそっ!来やがった、魔族だ!」
「おー?そうだぜ、お前らの言うところの『悪の権化』の魔族様ですよー?ははは!」
魔族は三日月の形に口を歪めると軽く手を振るう。
ほんの少し、何気ない一振りだった。
されどその一振りは圧倒的な暴力となってバルドたちを襲う。
荒れ狂う風の奔流は立っているのがやっとなほどどで、腕で顔を庇って動きを止めたハルディアに、魔族が不気味な笑いを顔に貼り付けて軽いジャブを放った。
「おらっ!」
「ち、っくしょ!」
腕で視界が塞がれているはずなのに、どういう訳か魔族の攻撃を察知したハルディアは横に転がって攻撃を避ける。
「おお!?お前今のが見えてんのか?透視能力でもあんのか?」
「とっておきは隠しておくからとっておきなんだよ!」
「そりゃそうか!こりゃ失礼した」
ようやく動けるようになったバルドたちも武器を構える。
6対1の状況ではあるものの、戦力は相手の方が圧倒的に上である。
バルドは震えそうになる足に拳を叩きつけ、恐怖を打ち消すと、ニアとリフレットと魔族の間に自分の体を割り込ませる。
一撃でも喰らえば即死するに違いないが、それでもバルドはニアたちを守らなければいけない。
「おいクソガキ。おめぇは後からゆっくり殺してやるから今はゆっくりしてろよな、はは。……つってもできねぇか?」
「戦闘中によそ見するたぁ楽勝ムードって訳かよ!クソやろうが!」
覚悟を決めたバルドをせせら笑う魔族の背後から瞬きする間に距離を詰めたハルディアが2本の短剣を振る。
残念ながら攻撃はあっさりと外されてしまうが、避けた場所は息を潜めてチャンスを狙っていたガルムの攻撃範囲だ。
「はぁぁ!」
風を切る鋭い音とともに、鋭利な刃が魔族の喉元を狙い振り抜かれた。
意識の外から放たれた長大な刃は魔族を捉えたかに思えたが、驚くことに魔族は親指と人差し指で刀身を挟んで止めて見せた。
「おいおい、この程度じゃ俺を殺すことなんてできないぜ?」
「化け物めっ!おいハルディア!」
「わかってる!死ねよくそ魔族が!!」
動きを止める魔族を再びハルディアが襲う。
短剣をコンパクトに振ることで手数を増やし、魔族を追い詰めようとする。
「はっ、ほっ、いいねぇ、おっと」
しかし、手数を増やすために威力を犠牲にしているからか、軽々と受け流され致命傷を与えることが出来ないでいる。
隙を見てガルムが斬撃を繰り出すが、渾身の一撃でさえ魔族の肌に傷をつけることは出来ない。
敗色濃厚、ハルディアは勝てないと見切りをつけるとバルドに向かって叫ぶ。
「おい坊主!討伐班を呼んでこい!」
「でもハルディアさんたちは!?」
「いいから!さっさと行け!」
バルドは必死に叫ぶハルディアを見て覚悟の重さを知った。
こちらの攻撃は届かないのにあちらは好きなように嬲れる。そんな状況でさえハルディアは無駄と知っても攻撃を続けて時間を稼ごうとしている。
まさしく命懸けの行動に、バルドは無力感に打ちのめされながらも討伐班が待機している場所まで走り出すのだった。
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「へぇ?俺を倒せる奴らを呼びに行かせたってわけか。でもいいのか?アンタはここで死ぬんだぜ?」
「はっ、生憎俺はまだ生き延びるつもりなんでな。お前なんかに殺されはしないさ」
「おーおー、そうですかい。それなら必死に足掻いてくれや!」
長い長い、ハルディアとガルムの命懸けの時間稼ぎが幕を開けた。