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104.緊急事態

 

 サーシャを助けて、オークの出現を報告した日から5日が経った。

 その日、ギルド内は大混乱に陥っていた。


「おら!さっさと準備を整えろ!」

「回復魔法が使える人はいないか!?」

「前衛だ!戦士系の職の奴はいねぇか!?」


 口々に叫ぶのは戦士風の男であったり、軽装のパーティーリーダーらしき男であったり、ローブを(まと)った男だ。

 大声を張り上げる男たちの目は怒りに染まっており、ギルドの受付嬢──特にポーラなんかは耳を押さえて怯えてすらいる。


 何故このような状況に陥っているのか。

 それは1時間前に届けられたとある情報が原因であった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 平時のように依頼を受ける冒険者たち。

 彼らは今日も日銭を稼ぐため、もしくは名声を高めるため、或いは修行のために様々な依頼を受ける。

 いつものようにポーラは怖い顔をする冒険者や優しい笑顔の裏に狂気を隠している冒険者の相手をしていた。


(どうして私のところにばっかり怖い人が来るんですかぁ……!)


 受け入れたくない現実に全力で目を逸らしながら受付業務をこなしていると、ポーラの隣で受付をしていたクレイツが突然声を大きくしてこう言った。


「は!?魔族が現れた!?」


 驚きのあまり、つい大きな声が出てしまったのだろうが、クレイツの台詞は非常にまずかった。

 魔族の出現──それは即ち上位の冒険者たちが束になってかからないといけない事象だ。

 そんな重要な情報をギルドにいる冒険者全員に聞こえてしまうような声量で言ってしまったのだ。当然、冒険者たちの顔に動揺が見え始め、辺りは騒然とする。


 クレイツに持ち込まれた情報は、『先日オークが現れたという森に魔族の姿を確認した。幸いにも気づかれずに済んだが、恐らく魔族は近いうちに攻めてくるのではないか』というものだった。

 自分の失態を理解したクレイツは青い顔をしてポーラを呼びつけると、ギルドマスターに情報を渡す様に言いつけた。

 自分がしでかした事は、自分で収めようというわけだ。


(うぅ……魔族が出現するだなんて……!)


 ポーラは大急ぎで階段をのぼり、ギルドマスターのいる部屋の扉をドンドンと叩く。


「ギルドマスター!ギルドマスター!大変なんですぅ!とにかく大変なことがぁ!」


 涙目になって硬い扉を何度も何度も拳で叩いていると、額に青筋を浮かべたギルドマスターのカレントが現れる。


「なになに!?ポーラちゃんうるさいし、扉壊れちゃうだろ!?」

「うああああ!ギルドマスター!たたた大変なんですよぅ、あの、森!森にですね!?ま、まま……魔族があらあら現れましててて!」


 ポーラが必死にカレントに情報を伝えようとするが、カレントには『大変なことが起こった』としかわからない。


「え?ちょっと落ち着いて……。何言ってるか全然わかんない」

「ふぅー!ふぅー!」

「よーし、よしよし、落ち着いたかい?」


 ポーラの頭を撫でてやりながら、カレントは務めて真剣な表情をして再度の説明を促す。


「……この前のオークが出現した森に、魔族の姿が発見されたらしいです」

「……はぁ、それは確かな情報かい?」

「確か、この情報を持ってきたのはCランクの盗賊(シーフ)を専攻しているバッツさんです」


 ポーラの言葉にカレントは頭を抱えた。


「バッツさんと言えば情報の正確さに定評のある御仁じゃないか……はは。くそったれ!」

「ひぃ!」

「ああ、ごめんごめん。取り敢えずギルドの職員全員を一旦呼んできてくれ、冒険者たちには僕から話をするから、先に会議部屋に集まっていてくれ。いいね?」

「はい!わかりました!」


 カレントはそう言うと、すぐに1階に集まる冒険者たちの所へと駆けていく。

 ポーラも弾かれるように飛び出し、目に付いた職員に片っ端から『会議室に集合』と言い回っていった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 バルドたち4人は、今日も依頼を受けようと朝っぱらからギルドに足を運んでいた。

 しかし、ギルドに来てみればギルド内は怒声と喧騒に満ち溢れており、到底通常の状態とは言えなかった。


「な、何があったんだ……?」

「魔族が、来たって、みんな言ってる」

「魔族!?」


 ニアは周りの人の会話を盗み聞いたようで、ぼそりと伝えてくる。

 だが、伝えてくる声が小さくてもその情報が与える衝撃は大きい。

 ニアを除いた3人は驚きのあまり空いた口が塞がらない。


「魔族は、まずい……僕たちは当然、Bランクの冒険者でさえ何人も集まらないと倒せない様な強敵だ」

「でも、多分放って置くわけにも行かないんじゃない?ほら、なんかギルドマスターが来てる」


 暗い顔をするバルドに、カレントの姿を見つけたリフレットが指で指し示す。

 そのカレントはと言うと、未だに騒ぎの収まらない冒険者たちに自分の姿がよく見えるように立つと、拡声の魔道具を用いて話し出す。


「あーあー、冒険者諸君。聞こえてるかい?ギルドマスターのカレントだ。色々と聞きたいことはあるだろうけど、まずは僕の話を聞いてくれ。……よし、ではまず、魔族が出たというのは君たちも聞いたんだろう?この情報についてだが、かなり信頼性の高い情報だ」


 カレントの声に、一時は収まっていた声が再び大きくなっていく。

 どよめきはカレントが片手を上げて制すると段々と静まっていき、またカレントが口を開く。


「さて、当然ながら魔族は強敵だ。Cランク以下の者では勝ち目はないだろう。そのため、Bランク以上の者は強制的に魔族討伐に出てもらうことになる。勿論報酬は十分な額を用意しよう。まぁ、そうでなくても君たちは自分の命や仲間の安全のためにも選択肢は限られてくるのだけれどね……」


 カレントは大げさに肩を竦めてみせると、指を2本だけ立てて見せた。

 それは、恐らく選択肢の数を表しているのだろう。


「選択肢は2つ。1つはBランク以上の者は魔族を討伐するために戦い、Cランク以下の者はそれの援護を行う、戦うという選択肢。そしてもう1つは、魔族の強大さに冒険者である諸君が恐れをなして、尻尾を巻いて逃亡するという極めて滑稽な選択肢」


 カレントは一息ついて、にやりと笑ってみせると最後に一言こう言った。


「作戦の決行は2時間後、それまでに僕らは作戦を立てるから君たちは戦うものと逃げ出す者に分かれてくれ。戦うものはこのギルドの1階、つまりここに残ってくれ。……それではまた2時間後」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 カレントが背を向けて2階へと戻った瞬間、ギルド内では一斉に声が膨れ上がった。


「そこまで言われたら戦うしかねぇよなぁ!」

「ああもう!やればいいんだろやれば!」

「魔族だろうがなんだろうが、俺は勝ってみせるからな!」

「俺の知り合いには腰抜けはいなかったはずだぜ?なぁ、そうだろ?」

「おめぇは腰抜けではないが髪は抜けてるけどな」

「うるせぇなお前!先にこの場で血祭りにあげるぞ!ああ!?」


 湧き上がる声はどれも勇猛なものでしかなく、誰の目にも闘気が伺えるほどだ。

 早いものは既に剣を整え始め、矢を買ってくると飛び出した者もいた。

 盾の強度を確かめる者もいれば、防具をチェックする者もいる。

 基本的にはパーティー毎に固まっているようで、それはバルドたちも同じだった。


「た、大変なことになったね……」

「ああ、でも僕たちはまだ登録したばっかりなんだから、先輩冒険者の援護が仕事になるだろう。それならそこまで危険はないはずだ」


 周りの冒険者たちの雰囲気に圧倒されつつあるラスティが声を震わせるが、バルドはラスティほど悲観してはいなかった。

 自分でも言ったように、バルドたちが最前線に行くことは無いと考えている為、倒すことではなく生き残ることを考えればいいからだ。


 リフレットは基本的には楽観的な性格をしているからか、今もにこやかにしている。

 他の冒険者を見習って武装の点検を始めるほどだ。

 反面、ニアはかなり不安が大きいのか、とてとてとバルドの近くに寄ってくると、防具を留めるベルトをちょこんと掴んできた。

 バルドはそれを可愛らしい等と思い、安心させるように頭を軽く撫でてやる。


「……ん、ありがと」

「大丈夫、いざとなったら僕がみんなを守るよ」


 下を向いたまま小さな声でお礼の言葉を述べるニアに、バルドは盾を軽く小突きながらそう言った。

 すると、強ばっていたニアの表情から少しだけ硬さが取れる。


「バルドも、一緒」

「え?」


 そして、言葉足らずに一言ニアは返す。

 下を向いていた顔はバルドの瞳をまっすぐと見つめていて、聞き返したバルドはその真剣な表情に思わずドキリとする。

 ニアはベルトから手を離すと今度はバルドの手を握り、言葉の続きを言う。


「バルドだけ死ぬのは、ダメ。みんなで生き残る」


 それは、奴隷に落ちたからこそ抱く寂しさ──そこからくる言葉だった。

 大好きだった家族から離される苦しみはもう味わいたくないのだろう。

 その気持ちがわかるからこそ、バルドはしっかりと頷いて見せた。


「ああ、勿論」

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