103.人助け
ゴブリンたちの死体から討伐部位を剥ぎ取り、バルドたちは更に森の奥へと前進する。
依頼内容では、どれだけゴブリンを倒しても買い取ってくれるらしいので、限界まで粘ってできるだけゴブリンを狩るつもりだった。
「バルド、またゴブリン。今度は2体だけだよ」
「2体か、それなら僕とラスティで大丈夫だ。さっきと同じようにリフレットは援護の準備をしておいてくれ。ニアの魔法は温存だ」
しばらく歩くと、1度目の戦闘と同じようにリフレットが動きを止めて、敵の種類と数をバルドに報告する。
作戦は特に立てる必要もなく、問題なくバルドとラスティで戦えるはずなので、今回もリフレットには援護射撃を頼み、ニアは待機だ。
「よし、準備はいいかい?ラスティ」
「いつでもいけるよ」
「──よし、今だ!」
2体のゴブリンが同時に背中を向けた瞬間、バルドとラスティは猛然と駆け出した。
鍛え上げた筋肉はしっかりと期待に応え、凄まじい脚力となってバルドを一瞬でゴブリンの懐まで運ぶ。
背中を向けていても、振り返るのは一瞬ですむ。しかし、バルドとラスティを前にして、その一瞬は致命的な隙となる。
「おおぉぉ!」
「はぁっ!」
ラスティが雄叫びをあげながら鋭い突きでゴブリンを串刺しにし、その一瞬後にバルドの剣がゴブリンを縦に切り裂いた。
どちらも一目で致命傷だとわかるものであり、2体のゴブリンはあっけなく息絶えた。
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思ったよりも快調に進む今回の依頼に、バルドは内心でほくそ笑んでいた。
(戦闘も特に問題はなく戦えている。今のところ誰も怪我なんて負っていないし、不安だったニアも疲れているような様子はない)
一列になって森の中を進みながら、バルドは後ろを歩くニアの様子をこっそりと探る。
ニアは、自分が最終兵器だと言われて嬉しいものの、やはり魔法が撃ちたくてうずうずしているようだ。しきりに杖に目をやり、自分が魔法で敵を薙ぎ倒す光景を夢想しているのか、口元が少しだけ緩んでいる。
それを見て、バルドは早い内にニアに魔法を撃たせた方がいいと思うのだった。
これまでの2度の戦闘で、バルドは自分に自信を持つようになっていたが、決して驕ることはなく、むしろ謙虚に自分の力を受け入れていた。
それは後ろにいるラスティの力強い剣筋を見たり、リフレットの鋭い弓術のせいでもあるのだが、自分の力だけでは決して楽ではないと自分を戒めているのだ。
狩り場を少しずつ変えながら森に篭ること1時間、5度目の戦闘が終わった直後にそれは聞こえてきた。
「キャァァァァ!」
女性の悲鳴。それもかなり切羽詰った様子の声だ。そして、悲鳴の後に聞こえてくるメキメキといった木の倒れる音。
真っ先に反応したのはバルドだった。
「悲鳴……?リフレット、声が聞こえる場所はわかるか?」
「うん、大体の方向ならわかる!」
「それなら案内してくれ!みんな、まずは助けられるかどうかも含めて様子を見に行こう!」
リフレットが声が聞こえた方向に走り出し、その後にバルドたちもついていく。
幸いにも声はあまり遠くから聞こえた訳では無いため、すぐに到着することができそうであった。
周囲への警戒を最後尾のラスティに一任しつつ、森を駆けたバルドたちは、1人の少女がオークの群れに襲われている場面だった。
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「あれは、オークか……」
「数はざっと15体ってところだよ」
「数が多いな。……いや、幸いにもオークの群れと僕たち、そしてあの女の子は直線上だ。僕とラスティで前線を引きつければなんとかなるか」
恐らく繁殖を目的として少女を襲ったであろうオークだったが、未だ少女とオークの間には僅かながら距離があった。
バルドは状況を整理し、見える範囲の情報を素早く飲み込み作戦を練り上げる。
ライアンから教わった魔物の対処法、囲まれた時の戦い方、そして護衛対象のいる場合の戦い方を思い出し、バルドは作戦を仲間に告げると、すぐに合図を出した。
「ラスティ!」
「うん!」
名前を呼ぶだけで弾かれるように飛び出したラスティは、ともに駆けるバルドと同じように、少女とオークの群れの間に体を滑り込ませる。
突然現れた2人にオークたちから嗄れた不快な声があがるが、それを無視してバルドは少女に声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あの……ああ」
どうやら腰が抜けてしまったのか、要領を得ない返事を返してくる少女に、バルドは作戦をプランBへと変更する。
「ラスティ、1人で支えられるかい?」
「ずっとは厳しいけど、少しの間なら!」
「よし、ニアの魔法が合図だ。すぐに戻るから、頑張ってくれ」
ラスティの自信に満ち溢れた声に安心感を覚え、バルドは待機しているニアへと声を張り上げた。
「ニア!敵の後衛だ!」
飛び出す前に決めてあったとおりに、ニアはすぐさま魔法を発動させた。
発動させたのは土属性初級魔法の《ストーンエッジ》だ。
鋭く尖った岩の礫がオークたちに降り注ぐ。突然の魔法に喚き散らすオークを無視して、バルドは座り込む少女に近寄る。
「失礼しますね」
「えっ、わっ、きゃあ!」
一声かけてからバルドは少女の膝裏と肩に手を回し一気に持ち上げる。
それは俗に言うお姫様抱っこであり、女性ならば1度は憧れる代物だ。
グイッと近づいたバルドの顔が恥ずかしくて直視できないのか、少女はひたすら黙って両手で顔を隠していた。
しかし、動かないから好都合とばかりにバルドは一気にラスティから離れ、ニアとリフレットがいる場所まで少女を運ぶと、優しく少女を降ろしてやる。
「リフレット、援護を頼む。ニアと女の子の護衛も任せるよ!」
見事少女を救い出したバルドはと言うと、混乱しながらも数の多さで圧倒しようとするオークたちに必死に抵抗するラスティの元へと走り出す。
「ラスティ、左側は僕が!」
「っ!バルドくん……わかった!」
バルドが隣に並び、ラスティの左側を守るように立てば、ラスティは逆にバルドの右側を守るように剣を構えた。
走りながら抜いた片手剣を構えてじりじりと距離を詰めるバルドに、剣先をチラつかせて牽制するラスティ。
オークたちは2人を上手く攻め切ることが出来ずにその場に動きを縫い止められる。
一種の膠着状態のようにも見えるが、待機しているニアとリフレットがそうはさせない。
「ふっ!」
「ストーンエッジ!」
リフレットが矢を放ってオークを1体仕留めれば、ニアが魔法で後ろ側にいるオークたちにダメージを与える。
そうして混乱した瞬間を見逃すバルドたちではなかった。
「ここだ!」
「ふんっ!」
バルドが目にも止まらぬ速さで踏み込み2体のオークを切り裂き、ラスティがその大きな両手剣を振り回して3体を同時に薙ぎ払う。
等しく絶命したオークを乗り越え、バルドは残りのオークへと斬り掛かる。
「はぁぁぁ!」
残る9体の内、5体はニアの魔法で弱っているため、まだダメージを負っていない4体へと狙いを定める。
剣でオークを斬りつけるものの、踏み込みが甘かったのか浅く肌を切り裂く程度で到底致命傷にはならなかった。
バルドは仕留め損なったと舌打ちをすると、左へと剣を振った勢いに逆らわず、そのままぐるりと体を回転させて渾身の回し蹴りをお見舞いしてやった。
骨をへし折る音がして、バルドは今度こそ倒したと確信する。
蹴りの威力で吹き飛んだオークは隣にいたもう1体のオークも巻き込み、バルドは再び剣を構えて呼吸を整える。
横目でラスティを見れば、2体のオークを相手取ってもまったく怯むことなく大剣を器用に操って攻撃を受け流している。
オークの持つ棍棒をラスティが剣で滑らせるように受け流した瞬間、ラスティは手首を返して剣を横に薙いだ。
銀色の軌跡を残しながら振り抜かれた剣はオークの首を跳ね飛ばし、ラスティはそのまま勢い良く残りの1体を倒しにいく。
「リフレット!あいつを!」
「あいさー!」
バルドが弾き飛ばした2体のオークの内、まだ生きていたオークの頭に矢が突き刺さる。
それと同時に、3度目の《ストーンエッジ》が瀕死のオークたちに降り注いだ。
既に瀕死だったオークたちに抗う術など無く、オークたちは自分たちに死を運ぶ小さな石礫を眺める他なかった。
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終わってみれば、戦闘は圧勝だった。
初撃の矢で1体を屠り、後続のオークを魔法で弱らせることができた。
ラスティがそのお陰で問題なく前衛を努められたために、バルドが少女を連れて離脱してから戻るまでの時間も十分にあった。
そして、前衛としてラスティが大剣を巧みに扱って敵を薙ぎ払い、バルドは仕留め損なった敵を
、咄嗟の機転で体術を用いて倒すことが出来た。
フォローに回ったリフレットの動きも完璧だったであろう。
「ふぅ。敵は多かったけど、問題なく切り抜けられたね。それに、女の子も無事に助けることが出来た。完璧だったね」
「バルドくんがしっかりとした作戦を立ててくれたからだよ!バルドくんがいなかったら無謀に突っ込んでいくしかなかっただろうし……」
「それを言ったら、ラスティがいなかったら前衛不足で作戦が崩壊してたよ。とにかく、皆の勝利だね」
作戦通りに運んだのも、作戦が上手く機能したのも、全てここにいる全員のおかげだろう。
戦闘の評価はそこまでにしておいて、バルドは助け出した少女に話を聞くことにした。
「えっと、僕はバルドって言います。駆け出しだけど冒険者をやっています。あなたの名前をお教えしてもらってもいいでしょうか?」
「ひゃい!わ、私はサーシャです!バルドさん、助けてくれてありがとうございます!」
「いえいえ、そんなに感謝される程でもありませんよ。皆がいてくれたからこそ、サーシャさんを助けることができたのですしね。お礼なら皆にも言ってあげてもらえませんか?」
何故か顔を真っ赤にしてバルドに頭を下げるサーシャに、バルドは少し困った様に微笑みながら、オークに襲われるようになった経緯を聞いていく。
「私は、いつものように薬草を取ろうと思って森に入ったんです。村に備蓄されている薬草がちょうど切れちゃったみたいなので、私が取りに来たんですけど……」
「運悪くオークの群れに襲われてしまった、と」
「はい……」
どうして少女が1人で薬草を取りに来たのかも疑問だったが、バルドにはもうひとつ気になる点があった。
「オークは普段、こんなところに現れたりするんですか?」
「いえ、現れないはずです。私もそう思って森に入ったんですが、どうしてオークが現れたのかはわかりません……」
「うーん、まぁ、取り敢えずサーシャさんの護衛は任せてください。近くでしたらお送りしますよ」
時間には余裕がある上に、依頼はどちらも報告可能であるため、バルドはサーシャに村までの護衛を申し出た。
あまりに遠いのであれば無理であるが、サーシャの服装を見る限り、遠くにある村から来ているわけではなさそうだった。
無言でラスティたちを振り返れば、3人が3人とも問題ないと首肯した。
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
「ええ、お任せ下さい」
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無事にサーシャを村に送り届けることができたバルドたちは、冒険者ギルドで依頼の達成報告を行っていた。
「わぁ!こんなに薬草を集めたんですか?凄いですぅ」
ギルドでの受付をしてくれているのは、慎司に食べられないかと怯えているポーラだ。
そのポーラは、バルドの差し出した50本の薬草を見て驚きの声を上げる。
「そうでしょうか?うちにはリフレットという優秀な人材がいたからですかね?」
「ほほー、リフレットちゃんは薬草を見つけるのが上手なんですねぇ」
「依頼では25本となっていましたけど、買い取ってもらえますか?」
間延びした声で対応するポーラにバルドが尋ねれば、ポーラは問題ないと言って薬草を受け取った。
「薬草はあっても困りはしませんからね。いつでも歓迎してるんですよぅ」
「なるほどなるほど。次にゴブリンなんですが……」
ゴブリンは全部で10体倒した。
依頼では8体以上となっていたため、問題なく達成できる数である。
討伐部位をポーラに渡すと、しっかりと2体分を報酬に上乗せしてくれる。
バルドは思ったよりも多い報酬に驚きつつも、最後にオークについての報告をしておく。
「──そういえば、森の中でオークに襲われている女の子を助けました。普段あの森にはオークは現れないらしいのですが、一応報告をと思いまして……」
「オーク、ですか……うーん、ギルドから調査依頼を出すことになるかもしれませんね。それにしても、女の子を助け出すなんて英雄みたいですねぇ」
「英雄ですか?」
バルドは、ポーラの言葉が意外すぎて、ついオウムのように聞き返してしまう。
「はい、ピンチの女の子を颯爽と助け出すなんてカッコイイですねぇ」
「はぁ、カッコイイですか?襲われていたから助けたに過ぎないんですが……」
「あれ?もしかしてバルドくんは無自覚タイプ……?」
「へ?無自覚って?」
「ああいえ、気にしないでください!」
急に真剣な顔になって考え出すポーラを不思議に思いながらも、バルドは話を終えて仲間たちの元へと戻る。
「待たせてごめん。それじゃあ今日は帰ろうか」
「うん、そうだね」
「アリスに話すネタがいっぱいだね!」
「私の活躍、ふふふ……」
依頼を完遂したことでバルドたちは自信をつけ、達成感を味わうと同時に疲れも感じていた。
今日は早く屋敷に戻ることにしてバルドたちは、心地よい疲れを感じながら帰り道を仲良く歩くのだった。