102.英雄の道のり
ライアンから冒険者としての道を示された日の夜。
バルドたちは男部屋に集まって明日の予定について話していた。
「僕とラスティは賛成だとして……ニアとリフレットは冒険者になることはどう思ってる?」
既にバルドとラスティは2人で話しており、2人ともが冒険者になることに賛成であった。
食後だからか妙にとろんとした瞳のニアは置いておくとして、リフレットはその大きな瞳をいっぱいに輝かせて囲んでいたテーブルに身を乗り出した。
「やる!冒険者!」
「ず、ずいぶん乗り気なんだね……」
話を聞いているか分からないニアとは対照的に、リフレットはものすごく乗り気だ。
思っていたよりも食いつきのいいリフレットに、話を振ったバルド自信が気圧される。
「うん、師匠とも話してたんだけどね、やっぱり鍛錬だけじゃなく実戦も経験すべきだー!ってね」
「ああ、それは僕たちも思っていたことだね。鍛錬はこれからも続けるつもりだけど、冒険者になって実戦経験を積むことはやっぱり重要だ」
「そういうこと!だから賛成!」
賛成だと手を上げて主張するリフレット。
残るはあくびを噛み殺しながら目を擦るニアだ。
「えーと……ニアはどう思う?」
「寝たい」
「あ、うん、そうだね。……そうじゃない、待って寝ないで!」
あまりにも普通に受け答えをしてくるために、バルドも乗せられて頷いてしまい、ニアは言質を取ったとばかりに机に突っ伏して寝ようとする。
「ほ、ほらニア起きて!この話が終わったら寝ていいから!」
「んー……なに?」
「だから、ニアは冒険者になることに賛成?それとも反対?」
なんとか起こしてバルドがそう聞けば、ニアは少しの間思案するような表情を見せると、バルドにとある質問をした。
「バルド、冒険者になったら、魔法撃てる?」
「……え?ああ、勿論ニアには魔法で活躍してもらうことになるよ?」
「いっぱい?」
「ああ、魔力を温存してもらう場面もあるだろうけど、今よりはたくさん撃てると思うよ」
「そう……なら、賛成。冒険者、なりたい」
眠気からか、明瞭とした言葉遣いではなかったが、それでもニアははっきりと賛成だと言った。
これでこの場にいる全員が冒険者になることに賛成となった。
「うん、みんな賛成みたいだね。それなら明日、みんなで冒険者ギルドに行こう」
「おお!冒険者ギルド!行く行く!」
「リフレット、うるさい……」
「あぁん、ごめんニアぁ」
ニアに抱きつくようにして謝るリフレットは、夜だというのにまだまだ元気なようだ。
バルドとラスティは仲睦まじい様子の2人を見て、苦笑する。
「リフレット、ニアはもう眠いみたいだし、今日はもう寝よう?」
「んっ!了解にゃー」
「にゃーって……まぁいいか。ニア、リフレット、おやすみ」
猫を思わせる奇妙な声をだすリフレットにバルドは呆れたような顔をするが、それもまた愛嬌なのかもしれないと思い直し、2人に挨拶をする。
「おやすみ、ニアちゃん、リフレットちゃん」
「おやすみ!バルド、ラスティ!」
「……おやすみ」
リフレットはにっこりと笑顔で、ニアは閉じかけた瞼を気力で開けて、そう言うとバルドとラスティの部屋を出た。
「さぁ、僕らも寝ようか、ラスティ」
「うん、そうだね」
ふらつくニアの手を引っ張って行くリフレットを見送った2人は、明日の事に想いを馳せながら暖かい布団に潜り込むのだった。
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翌朝、バルドたちはいつものように出かけようとする慎司たちに冒険者として登録する許可を求めた。
すると、慎司は予め用意していたとしか思えないぐらいの量の、剣や盾、弓に杖などの装備品を持ち出してきた。
バルドが慌てて受け取れないと言っても、慎司は“捨てられなくて困っていた”の一点張り。
どこからどう見ても新品の装備品を半ば押し付けるようにして、慎司たちは出かけてしまった。
「……どうしよう、これ?」
嬉しさ半分に困惑の気持ちをブレンドしたぐちゃぐちゃな思考で、バルドはそう呟くのだった。
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受け取ってしまった装備品を前に、バルドたちは思い思いの武器を手に取るものの、その性能を直感で感じ取りすぐさま元の位置に戻した。
「こ、これすっごく高そう……」
「だよねぇ、この剣なんか凄いしっくりくるし……」
「この杖、すごく魔法の制御が簡単になるよう細工がされてる」
「この弓引きやすい!うわー!」
手に取った感想はそれぞれだったが、すぐに4人は声を揃えて同じ言葉を言った。
──自分には勿体ない、と。
それでも受け取ってしまったのだから、使わないというわけにもいかない。
確かに今のバルドたちには分不相応でも、後から武器に釣り合う強さを手に入れれば良いのだ。
そう考えた4人は結局バルドが片手剣と盾、ラスティが両手剣、ニアが杖、リフレットが弓と短剣を装備することにする。
バルドは片手剣の機動力を活かした前中衛、もしもの場合は左手に持った盾でニアたち後衛を守ることになる。
ラスティは盾を持たない代わりに両手剣で攻撃の重さを重視している。前衛は基本的にはバルドとラスティが引き受けるが、非常時にはラスティ1人が受け持たなければならない。
ニアはその手に持つ杖から分かる通り、魔法での後方支援が仕事になる。レイラから教わった魔法は多岐に渡り、火力支援から回復、支援魔法も使える。万能そうに見えるが、魔力量には限りがあるため使いどころを見極める必要がある難しいポジションだ。
リフレットは弓と短剣を持っていることから、通常は弓での先制攻撃や牽制射撃を行うことになるが、もしラスティとバルドの築く前線を抜けてくる敵がいれば短剣を用いてニアを守ることになる。
それぞれの役割をしっかりとこなすことができれば、戦闘で危なくなることは限りなくゼロになるはずだ。
「よし、それじゃあみんな武器は持った?」
「うん、大丈夫だよ」
「問題ない」
「おっけー!」
「それじゃ、ギルドに出発だ!」
こうして、バルドたちは冒険者への道を歩み出したのだった。
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ギルドで登録を終え、薬草採取の依頼とゴブリンの討伐依頼を受けたバルドたちは、森の中にいた。
目的となる薬草は意外なことにリフレットが悉く見つけていくため、想定していたよりも多い数が集まった。
リフレット曰く、師匠との特訓の成果らしいのだが、バルドたちは一体どんな特訓をすれば薬草を一瞬で見つけられるようになるんだと不思議に思っていた。
「あっ、また薬草!」
通算50本目になる薬草を見つけたリフレットが、バルドの腰にある袋に薬草を入れる。
依頼で必要となる数は25本のため、可能であれば2回分の報酬を得ることができる。
これ以上薬草を取るのはそこまで利益がないため、遂にバルドはゴブリンたちを狙うべくみんなに呼びかけた。
「みんな、これからはゴブリンが現れると言われている場所の付近まで行こうと思う。先頭はリフレット、次に僕、そしてニアで、最後尾がラスティだ」
リフレットは薬草探しだけでなく斥候としての役割も果たすことが出来る。
ゴブリンたちを先に見つけて先制攻撃を仕掛けるためにも、先頭はリフレットで決まりだ。
防御の薄いニアは盾を持ったバルドが守るため近くに来てもらい、最後尾は1人で前線を支えられるラスティだ。
バルドの声に3人が頷き、指示通りに隊列を組むと4人はそろそろと歩き出した。
それから5分ほど経っただろうか。
先頭を歩いていたリフレットが手を横に広げて歩みを止めた。
「バルド、この茂みの奥にゴブリン、3体」
魔物との初戦闘となる誉れ高き相手は、ゴブリンが3体。
受注した依頼がゴブリンの討伐であるため、避ける必要は無い。
バルドは敵の数とこちらの戦力を比べ、瞬時に作戦を伝える。
「1番右にいるヤツをリフレット、狙えるかい?」
「うん、この距離なら外さないよ」
「よし、それなら大丈夫だね。左のヤツは僕が受け持つから、ラスティは真ん中のヤツと仕留めきれなかったら右のヤツを頼む。ニアの魔法はここでは温存していこう」
ニアは若干不服そうな顔をするものの、バルドの作戦に意見を言うことは無かった。
リフレットとラスティは作戦を聞くなり戦闘態勢に入り、リフレットは弓を引き絞り、ラスティはいつでも飛び出せるように膝を柔らかくしてバルドの声を待っている。
「リフレットの矢と同時に出るよ、ラスティ」
「任せてよ」
「それじゃリフレット、スリーカウントで頼むよ。3、2、……」
3つ立てた指をカウント毎に折り曲げながら、最後の1だけは声に出さず、0と同じタイミングで軽く手を振った。
それを合図にリフレットは矢を放ち、同時にバルドとラスティは茂みから飛び出した。
「リフレット!いつでも援護できるようにしていて!」
「わかったの!」
右のゴブリンに深く矢が突き刺さったのを見たバルドだったが、もしもの事を考えてリフレットに指示を飛ばしつつ、自分は突然のことに狼狽えるゴブリン目掛けて走る勢いを乗せた袈裟斬りを放った。
「せやぁぁ!」
距離感はバッチリで、刀身の半ばまでめり込むようにして切り裂かれたゴブリンは悲鳴すら上げる間もなく息絶えた。
比較的身軽な装備のバルドより、重い装備のラスティはワンテンポ遅れてゴブリンに重量感たっぷりの縦斬りをお見舞する。
だが、その渾身の一撃は身を捻ったゴブリンの右腕を切断するだけに終わり、辛うじて生きながらえたゴブリンはその顔を怒りで醜悪に歪めると、左手に持っていた棍棒で振り切った体勢から戻りつつあるラスティの頭を強かに打ちつけようとする。
「くっ!」
「任せて!」
焦るラスティだったが、強烈な一撃が届くよりも先に、リフレットが援護射撃として放った矢が間一髪、ゴブリンの目玉を貫いた。
「グギャァァァ!」
痛みに悶え、攻撃を中断せざるをえなくなったゴブリンは、地面をのたうち回る所をラスティの剣で胸を一突き、その活動を終えた。
「……ふぅぅ。ありがとう、リフレットちゃん!」
「ふふん。私の弓の腕前、どうどう?すごいでしょ!」
「うん、リフレットちゃんがいなかったら今頃僕は大怪我を負っていた所だよ……」
戦闘が終わるなり、ラスティはリフレットに礼を言う。
ラスティは前衛として、鉄製の防具を身につけているが、頭には何も防具をつけていなかった。
それは単に資金不足なのだが、今回はそれが致命的な事態を引き起こすところであったのだ。
「最初にリフレット援護を頼んでおいて良かったよ……」
「そう、それ!バルドが予め言ってくれてなかったら間に合わなかったよぉ」
「用心には用心を重ねて……って思ったんだけど、今回は当たりだったね」
初の魔物との戦闘であったが、それぞれの感触は決して悪いものではなかった。
バルドはゴブリンを一撃で倒すことができたし、攻撃を外しこそしたものの、その体躯を活かしてターゲットを取り続けたラスティ、先制攻撃と完璧な援護を見せつけたリフレット。
完璧だったとは言い難いが、それでも十分問題ないと言える範囲だろう。
ただ、今回の戦闘で納得していない者が1人だけいた。
「ねぇバルド、私魔法撃ってない」
ニアは、魔法がどうしても撃ちたかったようで、バルドの服の裾をしっかりと掴みながら恨みがましい視線を向けてくる。
そこで、バルドはうんと背の低いニアに視線を合わせ、言葉のマジックを披露した。
「あー、よく聞いてニア。君の魔法は確かに強力だ。攻撃に使えばかなりの火力を叩き出すだろうし、いざという時は味方の回復だってできる。だからこそ、温存できる場面では温存しておくべきなんだ。なんたってニアは最終兵器なんだから」
ニアはその言葉を聞くと沈んでいた表情を一気に輝かせ、装備品の杖を固く握りしめて嬉しそうにその場で小さく飛び上がった。
「ん、んん!悪くない、かも。……最終兵器、えへへ」
「ああ、頼りにしてるよニア」
「ん、まかせて」
興奮からか、少し頬の赤いニアにバルドが親指を立てた拳を突き出せば、ニアも不敵な笑みを浮かべて同じジェスチャーを返してきた。
(バルドくん、口がうまいんだね……)
(ニアが乗せられやすいだけじゃないかなぁ?)
隣でそんな光景を見ているラスティとリフレットは、微笑ましいと言わんばかりに口元に笑みを浮かべながら顔を見合わせるのだった。
この時点でラスティくんがゴブリンに殴られていても、「いってぇ!」ぐらいですみます。