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100.過去と今

記念すべき100話目です!ちょっと嬉しいです。

 

 暗い森の中、盗賊から逃げるために再び移動を開始したライアンとシリル。

 狩りで森の中を歩くことはあったので、ライアンは平気だったが、狩りに積極的に参加していなかったシリルには慣れない行程となったようだ。

 その歩みは遅々としていて、2人はいつ盗賊に追いつかれるのかと怯えながら歩いていた。


「ライアン、ごめんね……」


 突然シリルが謝罪の言葉を零す。

 自分の足が遅い事が、ライアンの負担になっていると考えたシリルは、申し訳なさから俯いていた。

 だが、ライアンにはそんなことは何の負担でもない。それをシリルは分かっていなかった。


「謝んなよシリル」


 ライアンは歯を見せて笑いかけながら、シリルの頭にポンと手を置いた。


「騎士ってのはな、誰かを守るための職業なんだよ。俺はシリルの騎士様になるって言ったろ?だからこれは俺の職務ってやつだ。お前は黙って俺に守られてろ」


 言ってから少し気恥ずかしくなり、顔を横に背けたまま横目に様子を伺えば、シリルは顔を赤くして胸の前で手を組みながらぶつぶつと言い出す。


「(ど、どうしよう。ライアンがいつもよりカッコよく見える……いや、いつもカッコイイんだけどってそうじゃなくて!)」

「あぁ?何言ってんだシリル?」

「なっ、なんでもない!なんでもないから!」


 手を突き出してぶんぶんと振るシリルを不思議に思いながらも、元気が戻った様子にライアンは嬉しくなった。

 やはり、幼馴染みには悲しい表情は似合わない。


「そっか、ならいいけどさ。やっぱりシリルは笑ってる方がいいな」

「へっ!?それってどういう……?」

「どういうって、そのままの意味だよ」


 悲しみ、笑い、驚き、恥じらい、表情を目まぐるしく変えるシリルを見て、ライアンは気づいてしまった。

 自分の言葉がスラスラと出てきたのも、悲しい顔が見たくないと思ったのも、笑って欲しいと思うのも、全部シリルが好きだから。


 シリルの事が異性として好き──それを意識した途端、ライアンの顔にも赤みが差す。

 だから、それを見られたくなくてやや強引にライアンはシリルの小さな手を引いた。


「ほら、行くぞ」

「えっ、え?ちょっと早いって」


 どさくさに紛れて繋いだ手の温もりに、お互い顔を隠しながらニヤついているのだから、傍から見たらただのバカップルである。

 ただ、その事に2人が気づくことはなかった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 隣町を目指しての逃避行は、徐々に終わりを迎えようとしていた。

 町に近づいたのではなく、盗賊たちが追いついてきたのだ。

 逃げ出すところを見られないように注意したはじだったのだが、どうやらそれは失敗していたようだ。

 今まで追いつかれていなかったのは、盗賊たちが村のみんなを殺すのに手間取ったか、それとも単に泳がされていただけか。

 とにかく逃げなければならないとライアンは必死に走るのだが、如何せん大人と子どもの足の速さというのは絶望的なまでに差がある。

 初めは遠くで聞こえていた盗賊たちの声も、いつしか間近に感じるようになっていた。


「はぁ、くそっ!大丈夫かシリル?」

「うんっ!まだ大丈夫!」

「よし、とにかく走るぞ!」


 時々シリルを叱咤(しった)しながら走り、疲れて遅くなってしまう足取りは、ライアンが無理矢理にでも手を引っ張り強制的にでも走らせた。


「おら!待ちやがれ!」

「逃げれると思ってんのか!」

「絶対逃がすなよ!冒険者に報告でもされたら面倒だからな!」


 盗賊たちの言葉にもあった通り、冒険者は盗賊の退治も請け負っている。

 ライアンが隣町を目指すのには、途中で会った冒険者に盗賊退治を依頼するか、もしくは盗賊たちをなすりつけるかのどちらかを考えていたからだ。

 それを分かっているからか、盗賊たちは鬼気迫る表情で追ってくる。


 その荒々しい足音が着実に近づき、ライアンたちを捕らえんとその手を伸ばしてくる。

 そして、遂に盗賊のうちの1人が痺れを切らしたのか短剣を抜いた。


「お頭ぁ……」


 短く許可を請うようなその言葉に、お頭と呼ばれた男が首を縦に振ると、ライアンの思った通り盗賊の男は短剣を投げつけてきた。


「シリル!」


 背筋に走る悪寒(おかん)のままに、繋いでいた手を思い切り自分の方へ引っ張る。

 つんのめったシリルの体を抱きとめ、ライアンは飛翔する短剣からシリルを守るように抱き締めた。


「ぐぅっ!!」


 そして、一拍置いた後に届く灼熱感と鋭い痛みにライアンは呻く。

 幸いにも短剣は分厚目の服の上から刺さり、短剣の先端部分が脇腹に刺さるだけで済んだ。

 ──とは言っても、その痛みは結構なものでライアンはどうしても苦痛に目を見開き、一瞬だが正常な呼吸を忘れてしまう。


「ラ、ライアン!?」

「ぐっ、大丈夫だから、逃げないと……」

「で、でも……!」

「──いいから!逃げるぞ」


 ライアンの腕の中でシリルが声を上げて、ライアンの顔と脇腹の傷に目を行ったり来たりさせる。

 しかし、ライアンは平気そうな顔をして短剣を抜くと、片手で傷口を押さえつつ再び走り出した。


 盗賊たちも仕留めたと思った獲物が再び逃げ出したものだからたまったものではない。

 屈辱に顔を歪めながら全力で追ってくる。

 荒事を生業(なりわい)とする盗賊と、平凡な暮らしをしていた子ども。

 その違いは残酷にも、ライアンとシリルを追い詰めるのだった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「おらっ!やっと捕まえたぜ……」

「くそっ!離せよ!」


 ライアンたちは残念ながら目論見(もくろみ)通りとはいかず、冒険者たちを見つける前に盗賊たちに捕まってしまっていた。

 ライアンは痛む脇腹なんてものともせずに暴れ回るが、どうしても大人と子どもの体格差というものは覆せない。

 悔しさに歯を食いしばりながらライアンは自分の力不足を嘆いていた。


(くそっ!何が騎士様だ。何が守るだ。好きな奴1人守れないで……どうしてどうしてどうして!!俺には力がない!?力だ!俺は守りたいんだ!シリルを!)


 (たぎ)る情念は心の中で燃え上がり、怒りとなって現れる。


「ああああ!!離せよ!汚い手でシリルに触るな!」


 地面を掻きむしり、小さな体を怒りに染め上げながらライアンは吠えた。

 それは這いつくばりながらも抗おうとする誇りが為す行為。


「大人しくしてろ!暴れんじゃねぇ!」

「こいつほんとにガキか!?力ありすぎだろ!」


 盗賊たちの狼狽する声がするが、そんな事はライアンには関係ない。

 自分を拘束する男を振りほどこうともう一度体に力を込めた瞬間だった。


「いい加減黙ってろよ!」


 ──ゴシャ。


 鈍く、それでいてはっきりと何かが潰れたと確信できる音がする。

 盗賊のお頭が放った踏みつけは、ライアンの頭を足と地面で挟み込み、圧倒的なまでの圧力で破壊した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「いやぁぁぁ!!ライアン!ライアン!!」


 腕と体を抑えられながら見たのは、自分を助けようと踏ん張るライアンが理不尽なまでに圧倒的な力で叩きのめされる光景。


「あ、ああ……ライアンが、ライアンが……やだやだ、やだよぅ……ライアン……」


 お気に入りの白いワンピースが土に(まみ)れた手で掴まれ汚れるのも厭わず、シリルはただ涙を流して倒れ伏すライアンを見ていた。


「誰でもいいから、ライアンを助けてよ。お願いします……お願いします……お願いします」


 心が壊れていく。

 幼馴染みで、がさつで、強引で、自分勝手で、それでも優しい大好きなライアンが自分の前で痛めつけられている。

 耳に届いた鈍い音が、シリルの心をズタボロにした。


「さーてと、うるせぇクソガキは黙らしたことだし、お楽しみといこうかぁ……?」

「まだガキですけど、顔はなかなか上玉じゃないですか?」

「きひっ、俺はこれぐらいのガキを壊すのが好きなんすよねぇ……」


 悲しみと諦めから全てを投げ出すかのように虚ろな目をするシリルを見て、盗賊たちが下卑た笑みを浮かべる。

 最高に最低な笑顔を浮かべて盗賊はシリルの着ている服に手を伸ばす。


 ビリビリと嫌な音をたてながらワンピースの前部が無理矢理開かれ、白い下着とこれまた同じく白い胸当てに守られた、子どもらしくも艶かしい肢体が曝け出された。


「ひゅー、いいねぇ」

「そそるじゃねぇか」


 盗賊たちはその体を見て皆楽しげに(わら)う。

 これから味わう悲鳴と苦痛に彩られた幼い肢体に身と心を震わせ、欲望のままに貪らんとした。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 遠のく意識の中で、ライアンは耐え難いほどの怒りに身を焦がしていた。

 段々と薄れていく体の感覚が、ライアンに自分の死を直感させる。

 それでも、諦められなかった。

 ここで諦めたら自分たちを逃がすために留まった村の大人たちの思いはどうなるのか。

 自分が諦めて残されたシリルがどんな目に遭うのか。

 それを考えれば不思議とライアンは諦めなど忘れて生を渇望した。


(俺は……俺は!)


 その時だった。

 ライアンの目の前に小さな光球が現れ、問いかけてきた。


「あなたは何が欲しいのですか?」


 その問にライアンは何の迷いも持たずに答えた。

 くれるというのなら、貰えるならば──


「──力だ!シリルを、大切な人を守れる力が欲しい!!」

「その願いに応じ、魂をもらい受けましょう」


 ライアンの叫びに光球はより強く光り、最後に一言だけ残して消える。

 光球が消えた後には何もなく、ただ体の奥底から漲る力を感じ、ライアンは目を開けた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ライアンが目を開けて初め、目にしたのは犯されそうになっているシリルの姿だった。

 涙を流し、バラバラになった髪の毛を掴まれながら股を開かせているその姿を見て、ライアンは自分の中の枷が壊れるのを感じ取った。


「やめろおおおおおお!!」


 自分を押さえつけていた男を跳ね飛ばし、近くに転がっていた木刀を手にライアンは盗賊たちに躍り掛る。

 まずはシリルを犯そうとしていた男。

 力任せに振り抜いた木刀は男の顔面を穿ち、ベコッと変な音を立てて男を吹き飛ばした。


「ひいいいい!」

「なんだお前は!死んだんじゃねぇのか!」


 死んだと思っていたガキが突然立ち上がり暴れ回ったのだ。

 盗賊たちは驚き慌て、統率なんてものはなく散発的に攻撃をしては、技もへったくれもないライアンの振る木刀で沈んでいった。


 目に付く盗賊(ゴミ)を片っ端から殺し、壊し、潰す。

 徹底的に蹂躙(そうじ)したライアンは、地面の上に倒れるシリルを抱き起こした。


「シリル!大丈夫かシリル!」

「え……ライ、アン……?」

「ああ、俺が分かるか?ライアンだ。盗賊はみんなやっつけたから、安心しろ」

「ほんとに、ライアン……?夢とか幻じゃなくて?」

「ああ、ちゃんと実在してるよ、生きてる」


 血に濡れた木刀は既に放り投げ、ライアンは汚れた手を自分の服で拭った後に、シリルの手を取った。


「騎士様にしては少し助けるのが遅れちまったけど、これからは強くなってちゃんと守るから。だから……」

「ううん、ありがとう。私だけの騎士様」


 ちゃんとした言葉の応酬にはならなかったけれども、2人の間ではそれだけで良かった。

 ライアンは今回の屈辱を胸に、愛しい人の温もりを手に、再び走るのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それから5年。

 一時は冒険者として日銭を稼いでいたライアンは、コツコツと貯めたお金で騎士になるために動いていた。

 その時代では騎士団は無く、国からの叙勲でなるものだ。

 そのため、大金を積んで貴族に擦り寄らねばならないのだが、その時のライアンはそんな事を知らず、騎士の知り合いを訪ねて騎士になる方法を教えてもらおうとしていた。


 勿論、騎士になることは叶わず途方に暮れながらライアンはいつもの宿に帰る。

 部屋のドアを開ければ、中にいるシリルが嬉しそうに笑う。


「ただいま」

「ライアンおかえり!騎士にはなれた?」

「──それがさ……」


 騎士になることはできなかったと、大金がなければ話にすらならないと伝えると、ライアンはベッドに横になる。


「あーあ、せっかく騎士になるために頑張ってきたのになぁ……」


 ため息をつきながら残念そうな口ぶりで呟くライアンに、シリルが前にも聞いたような事を言ってくる。


「あ、ため息」

「……幸せが逃げるんだっけ?」

「うん、そう。だからため息はついちゃダメなんだよ。前にも言ったでしょ?」

「あぁ、そうだったな。ま、でも──」

「わわっ、きゃあ!」


 ライアンは言葉の途中でやや強引にシリルを自分のベッドに引き込み、押し倒した。

 お互いの顔が近くに来て、シリルは顔を真っ赤に染めている。

 ライアンはその耳元に口を近づけると、言葉の続きを甘く囁いた。


「──逃げるなら、捕まえてやるよ」


 5年前の痛みを塗りつぶす様に、盗賊の汚い男の影を全てライアンで上書きする。

 シリルの心に自分の存在を刻み込むかの様に、荒々しくその愛情を注いだ。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 冷たい夜風が窓から流れ込む。

 火照った体を冷ますには丁度いいとライアンは思ったのだが、シリルは少し寒かったらしい。

 ぶるりと体を震わせたと思えば、その柔らかな体をライアンに押し付ける。


「あんまりくっつくなよ」

「えー、だって寒かったから」

「俺はシリルの暖炉じゃないんだが?」

「そうだね、暖房なんかじゃないもんね」


 何が言いたいんだとライアンが胡乱な視線を向ければ、シリルは5年前とは違う、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「好きよ、私だけの騎士様」

「……俺もだ、シリル」


 1度だけの軽いキス。

 小さく、それでも確かに感じ取った愛情。

 ライアンは子どもっぽく悪戯な顔で笑うと、シリルにこう言った。


「俺はずっと前から好きだった」


 その言葉にシリルも張り合うように──


「私はライアンより前から好きだったもん」


 妙な張り合いの中で笑い合いながら2人は言葉を重ねる。


「俺は出会った瞬間から好きだったね」

「それなら私は──」


 不意をついた攻撃にライアンは反応できず、気づけば頬に軽い口付けをされる。

 やられた!──そう感じた瞬間には既に顔は離れており、悪戯が成功したと喜ぶシリルの顔があった。


「──私は生まれる前からライアンが好きだったもん」


 その時のシリルの顔を、ライアンは生涯忘れることは無かった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 朽ちた体を再構成される感覚の中、ライアンは覚醒した。

 確かに死んだはずだった己の老いた体は全盛期の頃のように引き締まり、清々しい気分だった。


(ああ、これが魂をもらい受ける……ってやつか)


 あの時に差し出した魂とは即ち召喚される者として差し出す供物だったのだ。

 直感でそうだと感じる。

 手を離れた魂に抗うことは出来ず、ライアンはシリルのことを思う。


(俺は守るために強くなったんだ。願わくば、俺の主の命令が弱者を守るためのものであることを願うぜ……)


 心の中で呟くと、ライアンはその目を開けるのだった。

ライアン君めっちゃくさいセリフばっかですね。イケメン!

力の代償に、召喚魔法に組み込まれてしまったライアン君は、願い通り弱者を守れるのでしょうか!

過去の出来事が、ライアン君の行動の指針になっているわけでして、バルドたちを助ける理由の一つでもありますね。


次からは再びバルドくんに視点が戻って、その後ようやく慎司くんに戻ります。

本編早くしろよ!と思うかもしれませんが、もう少しお付き合いください……。


※誤字を修正しました

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