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99.幸せを連れ出して

 

 ライアンは耳を打つ騒音と、誰かの叫び声で目を覚ました。

 熟睡していた体は鉛のように重く、思考も鈍重だったが、それでも何か異常な事態になっていることはわかった。


 部屋においてある木刀を持って部屋を飛び出しリビングを見てみるも、父と母の姿なんてものは無く、そこはただ無人だった。


(……父さんと、母さんまでいない?)


 女手が駆り出されているという事に気づいたライアンは余計に嫌な予感がするのを感じていた。

 脳裏に『盗賊』という言葉が浮かぶ。

 ライアンはいつの間にか家を飛び出し、隣のシリル家まで走っていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 シリルの住む家まで走ったライアンは、ゆっくりと息を整え窓から中を覗いてみた。

 すると、そこには床に倒れ伏すシリルと、広がる赤い水たまりがあった。


「シリル!」


 居てもたってもいられず、玄関のドアを蹴り開けて倒れているシリルの傍へと駆け寄る。

 抱き上げようとして、初めて自分の手が震えているのに気がついた。


(大丈夫だ、シリルが死ぬわけない。だってシリルだぞ?俺の……俺の幼馴染みは死んじゃダメなんだよ……)


 心の中でシリルの死に怯える自分を叱咤(しった)し、ライアンはゆっくりとシリルを抱き起こす。

 その体に力はなく、一瞬ライアンは血の気が引く思いをするが、両手から伝わる温もりと、耳に届く息遣いを感じて安堵(あんど)した。


「よ、よかった……シリル、シリル……」


 落ち着きを取り戻したライアンは家の中を見回す。

 そして、頭を頭蓋骨ごとかち割られた無残な村人以外の死体を発見した。

 シリルが倒れていた血だまりはその男から流れ出たものらしく、ライアンはやはり盗賊が来たのだと確信した。


「シリル、おい起きろシリル」


 シリルを眠っているままにするのは、何かと不便であるため、ライアンはその頬を優しく何度か叩く。

 やがて、「んん……」とくぐもった声がしてシリルは薄目を開ける。

 そのぼんやりとした瞳がライアンの姿を捉えると、何を思ったのか思い切り抱きついてきた。


「ライアン!ライアン、ライアン、ライアン……」

「ど、どうしたんだよシリル……?俺ならここにいるぜ?」

「うん、うん。でももうちょっとこうさせて……」


 突然の出来事に狼狽するライアンだが、幼馴染みに抱きつかれて嫌な気はしなかった。

 普段は今みたいに抱きついてきたりしないし、そもそも手すら繋がない。

 付き合っていないのだから当然といえば当然だが、村のおしどり夫婦なんて呼ばれていても当人たちからすれば、抱きついているという事態はとても珍しかった。


 しばらくすると、恥ずかしかったのか頬を朱に染めながらシリルが背中に回していた腕を離した。

 離れていく体温に名残惜しさを感じるが、ライアンは何も言わなかった。


「……ありがと、ライアン。もう落ち着いた」

「そっか。それなら良いけど」


 言葉少なにそれだけを言うと、2人は現状の整理を始めた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「──と言うことは、やっぱり盗賊が来たんだな」

「うん、盗賊たちは全部で20人以上いるみたい。村の大人たちが立ち向かってるみたいだけど、多分1対1じゃ勝てないと思う」

「まぁ、そうだよな……」


 村の大人たちは、狩りなどで筋肉はあってもそれはあくまで狩りのためのものだ。

 動物と人間は違う。

 盗賊は大体が傭兵崩れだったり、粗暴な冒険者が金欠で堕ちてなるものだ。

 到底かなう訳がない。


「そうだ!騎士様はどうしたんだよ?」

「騎士様なら、私はここで死ぬべき人間ではない。とか言って真っ先に逃げちゃったらしいよ」

「はぁ!?何が騎士だよ……ふざけんなよ」


 頼みの綱だった騎士は既に逃げ出した後で、ライアンは怒りの余り机に握りこぶしを叩きつけていた。

 なまじ自分が騎士に憧れていただけあり、その怒りは激しい。


「なんだよそれ、騎士ってのはみんなを守る奴じゃなかったのかよ……俺は、そんなクズを目指していたってのか……?」


 憤慨するライアンだったが、その手にシリルがそっと手を重ねてきた。


「ねぇライアン。ライアンは……私だけの騎士様になってくれるって言ったよね。あの時ね、私すっごく嬉しかったんだよ。だから、ね?そんなに怒らないでよ。私だけの騎士様はあんな最低な奴よりかっこいい筈でしょ?」


諭すような台詞(セリフ)と穏やかな笑みでライアンは何も言えなくなる。


「……ずるいぞシリル」

「えへへ、ずるくていいもん。ライアンが怒った顔するのは嫌いなの」


 シリルの言葉にすっかり怒りが静まったライアンは、むしろやる気に満ちた顔をしてこれからについて話をする。


「さて、クソッタレな騎士が逃げ出したせいで村はピンチだ。シリルはどうするべきだと思う?」

「……うーん。私は、逃げるべきだと思う」


 逃げると聞いてライアンは目を見開いた。


「な、なんでだよ?俺なら盗賊ぐらい倒してみせる!村のみんなを助けないと!」


 手に持った木刀を見せてそう息巻くも、シリルは悲しげに目を伏せるだけだ。


「私だってみんなを助けたいよ……でもね、村の大人たちが立ち向かった理由は何でかわかる?それはね、私達子どもを逃がすためなんだよ?」


 シリルは今にも泣き出しそうな表情で言う。

 村のみんなの思いと、自分のエゴ。

 天秤に乗せたところで傾くのは勿論村のみんなの思いだ。


「だから私たちは逃げないといけないの。そうじゃないと、死んじゃった村の人たちの意味がなくなる」

「それは、そう……でも、俺は……くそ」

「わかってくれた?ライアン」

「ああ、分かりたくないけど分かったよ」


 ライアンはきつく奥歯を噛み締めながら自分のエゴでしかない思いを投げ捨てる。

 村のみんなを見捨ててでも、生き残らなければならない。

 そんな残酷な選択を取らなければいけない状況が、それを引き起こした盗賊が、憎くて憎くて堪らなかったが、ライアンは感情をしまい込んでシリルに従うことにした。


「逃げよう、シリル」

「うん、そうだね」

「いいかシリル。お前は俺について来ただけだ。全部俺が決めて、勝手にシリルを連れてきた。それだけだ」

「ライアン……」


 逃げる判断を下したのは、シリルではなく自分ということにしておきたかった。

 そうでなければ、優しいシリルは罪悪感に押しつぶされるだろうから。


「ありがと」


 それは何に対する感謝なのか。

 今更聞くまでもない質問は、やめておこうとライアンは黙ってシリルの手を引いて走り出した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それからどれだけ走っただろうか。

 火の手の上がる村を飛び出し、ただがむしゃらに走った2人は、いつの間にか森の中にいた。


「はぁ、はぁ。一先ずここら辺まで来ればいいだろ……」

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫か?シリル」

「う、うん……ちょっと走り疲れただけ……」


 子どもの体力で全力疾走を続けていれば、疲れて動けなくなるのは当たり前だ。

 大人に比べて発達していない体はすぐに悲鳴を上げて、休憩を余儀なくされる。

 男のライアンでさえ辛いのだから、シリルの辛さは計り知れない。


「休憩だ。シリルはここで休んでてくれ」

「えっ?……ライアンどこか行くの?」


 立ち上がったライアンを、女の子座りのシリルが見上げて悲しそうな目をする。

 その目を見ただけでライアンはどうしようもなくなり、そのままストンと腰を下ろした。


「気が変わった。俺も休ませてもらう」

「そう?……嬉しいな」


 水でも探してこようかと思ったわけだが、それは2人で探しても問題ないだろう。

 何が嬉しいのかふにゃりとした笑顔を浮かべるシリルを眺めながらライアンは空を見上げた。


(盗賊……追ってきたりしないよな?バレないように出てきたし、見つかってないはず……)


 静かになればのしかかってくる不安に、ライアンはため息をついた。


「あ、ため息」

「……なんだよ、ダメか?」

「うん、ダメ。ため息をつくと幸せが逃げちゃうらしいから」


 大分息が整ってきたのか、しっかりと受け答えをするシリルにライアンは素っ気なく答える。


「ふーん、そんなもんか」

「うん、そんなもんだよ」


 頭上で輝く星々が、隣合って座る2人を照らす。

 1日にして激変した日常にライアンはため息をつきそうになるが、寸でのところでこらえる。

 不幸といえば不幸だ。

 楽しかった日常が壊され、こうしてシリルとだけ逃げ出している。

『不幸』にも盗賊が村に攻め込んで来て、『不幸』にも村にいた騎士様は逃げ出した。

 でも、『幸運』なことにシリルだけは救うことが出来た。


 ──今はただそれだけでいいとライアンは思った。

次でライアンの過去話は最後になります。

ライアンの騎士を目指す理由と、子どもを守る理由が見つかるはずです。

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