98.ライアンの過去
遥か昔、ライアンという男は騎士だった。
弱き者を守り、強き者も守る──そんな風に夢を見てライアンは騎士になったのだ。
幼少の頃、ライアンはしがない村人でしかなかった。飽きるほど水汲みをし、草を刈り、木の実をとった。
それなりに達成感はあったし、苦労が絶えないけれども不満はなかった。
歳の近い友人と空いた時間に遊んだこともあったし、気になる女の子といい雰囲気になったこともある。
だが、そんな日常はたった1つの不幸で崩された。
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その日、ライアンは幼馴染みのシリルと村に来ている騎士について話していた。
「ねぇねぇ、ライアン」
「なんだよ」
「騎士様って凄いよね、みんなを守ってくれるんだって!最近盗賊が出てるって言われてるけど、騎士様がいるから安心だね!」
大げさな身振り手振りを交えつつ話すシリルに、ライアンは少しむっとした顔をする。
「ふん、俺だってシリルぐらいなら守ってやるよ」
「……ほんと?ならライアンは私だけの騎士様だね」
「まぁ、そんなところだな」
少し怒ったような声を出すが、シリルはまったく気にせずに、寧ろさらりととんでもないことを口走る。
その言葉を額面通りに受け取っていいのか迷った挙句に、ライアンは適当に言葉を濁してうやむやにしてしまう。
ずっと傍にいる幼馴染みを特別だと思うのは恥ずかしかった。
「盗賊なんてどうせ来やしないさ。そんな来るかどうかわからない奴らの事で心配してたら気が滅入っちまうよ」
「もぉ、ライアンは楽観的すぎるんだよ。もっと慎重に行動するってことを覚えなよ」
「あぁ?いいんだよ。俺はそんな難しいことは考えたくないからな。そういうのはシリルに任せるよ」
話を変えようとするも、今度は小言を言われてしまう。このやり取りも何度も繰り返している気がするが、回数なんてものはとっくのとうに数えるのを止めている。
「えー、私だけ面倒な役じゃない?ライアンばっかり楽してずるいよぉ」
「うるせぇ、俺が戦う!シリルが考える!……最強だろ?」
「別に私は最強じゃなくてもいいんだけどなぁ」
「はっ、そんなんじゃ周りの奴らになめられるだろ?最近カジンの野郎が生意気にも俺と同等の獲物を仕留めだしたからな……負けられねぇんだよ」
カジンはライアンとシリルの1つ歳上の男だ。
村での狩りの腕前はいつもライアンとカジンがトップを争っており、1歩だけライアンが勝っている──とライアンは思っている。
実際には大人に勝てるわけもなく、あくまで村の子どもたちの中でライアンとカジンが上手いというだけだ。
「……うーん、まぁいいけど」
「なんだ、ハッキリしねぇな」
「別にぃ?」
「なんだよそれ、変な奴だな」
「ライアンの方が変な奴でしょー?」
「んなことねぇよ!」
笑い合いながら冗談を交わす。
この時間がライアンはたまらなく好きだった。
「よっし!そろそろ帰るか」
「うん、もうお日様も傾いてきちゃったしね」
適当な気の切り株に腰掛けていたシリルが、芝に寝転がっていたライアンを見下ろす。
「ねぇ、ライアン……もし、もしもだよ。本当に盗賊が来たらどうするの?」
「あ?そんなん簡単だろ。どんな奴が来ようが俺がぶっ倒してやるさ。シリルのこともちゃーんと守ってやるから、俺の後ろで応援でもしてろ」
「そっか、うん……そうだね」
ライアンはどこか釈然としないまま、シリルと村に帰った。
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夜更け、太陽が姿を消して月が支配する時。
村の入口には何人かの薄汚れた格好をした男達がいた。
「きひひ、今日は何人取れますかねぇ」
「おい、楽しむのはいいけど、バラしちまうのは後にしてくれよ?」
「わかってますよぉ、俺だって男だからそれなりに楽しみはしますって」
ある者は腰のナイフを、ある者は手に持つクロスボウを、ある者は手入れのされた長剣を弄び、これから起こる惨劇と得られる愉悦の一時を夢見て浮かれていた。
「おうおう、気持ちはわかるがしくじるなよ?どうやらキシサマとやらがいるらしいからな」
「所詮騎士って言っても人間だ、俺らの手にかかれば八つ裂きなんて朝飯前ってわけよ」
「無駄口叩いてんじゃねぇ。……よし、それじゃ行くぞ。蹂躙の時間だ」
密かに、だが確実に、闇の中より死への手招きが村を冥府へと導いている。
今になって思えば、そんな詩人めいた言葉がピッタリと当てはまるのではないだろうか。
未だライアンは優しい安寧の中で目を閉じているのだった。