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10.奴隷の気持ち

ルナちゃんの一人称となっております。


また、残酷な表現があるため、苦手な方は注意してください。

 

 私は、ルナと申します。

 初めて奴隷として買われた時、私はご主人様にそう挨拶をしました。

 しかし、何が気に入らなかったのかご主人様は小さく鼻を鳴らすと、カイゼルとだけ名乗って何処かへ行ってしまわれました。


 困り果てていた私の相手をしてくれたのは、既にご主人様の元で働いていたメイド長さんでした。

 丁寧に仕事を教えてくれて、私はすぐにメイド長さんに懐いてしまいました。

 当時10歳だった私はあまり器用ではなく、よく失敗をしてしまいました。

 窓を拭こうとすれば桶にはいった水をこぼし、皿を洗おうとすると落として皿を割り、雑用さえ満足にこなせませんでした。


 それでも、メイド長さんは頭ごなしに叱ることなく優しく諭してくれました。


「ルナさん、貴女は少しばかり不器用ではありますが、それはまだ仕事に慣れていないだけ。経験を積めば誰でもできるようになりますし、もちろんそれはルナさんにも当てはまります」


 私はその言葉を信じてひたすら頑張りました。ようやく満足に仕事ができるようになったのは、買われてから1ヶ月後でした。


 毎日早起きして朝食の準備をし、洗濯をするための水を汲みに行く。昼には掃除をして館内をピカピカにします。夜は他の人たちより早く寝てしまいますが、成人となる15歳を迎えると夜にもお仕事があるそうです。


「もう少し、大きくなってから話そうと思っていたのだけれど……」


 私が我慢出来ずにメイド長さんに夜のお仕事について聞くと、苦笑しながら言葉を濁されてしまいました。15歳になったらちゃんと教えてくれると言うので私は引き下がりましたが、謎は深まるばかりです。


 それから1年が経ちました。

 私は既に仕事を完璧に覚え、他のメイドさん達とも仲良くなることができました。

 ただ、メイド長さんは度々体調を崩し部屋で休んでいることが多くなりました。

 たまにお見舞いとして私が部屋に行くと、メイド長さんは優しく頭を撫でてくれ、心配ないと言ってくれました。


 しかし、それから1ヶ月後。

 メイド長さんはあっけなく亡くなってしまいました。大好きだったメイド長さんが亡くなり、私は大泣きしました。

 他の人からの話では、メイド長さんは病気を患っていたそうで、それなのにご主人様からの命令に従って奮闘していたのですから、体調を崩し、そのまま衰弱していったそうです。


 ご主人様は酷く悲しみ、悲しみを怒りに変えて私たちにぶつけるようになりました。

 その対象は主に私でした。


「くそっ!獣人がなんで人様を見てんだよ!」

「視界に入るな、穢らわしい!」


 そう言って、ご主人様は良く私に暴力を振るいました。

 実はご主人様は奥様を獣人の盗賊に殺されたらしく、獣人を憎んでいるそうなのです。

 ただ、メイド長さんがご主人様を諭し、その怒りは殆ど無くなっていたそうですが、メイド長さんの死をきっかけに再び怒りが再燃してしまった、と聞きました。


「……ちっ」


 ご主人様は私が傍にいるのを嫌うので、極力会わないようにするのですが、たまにすれ違いでもすると、心底嫌そうに舌打ちをするのです。

 段々と私の心は摩耗していき、徐々に笑顔を見せることが少なくなっていきました。


 そんな私に優しくすると、自分まで暴力にさらされると思ったのか、メイドのみなさんは私を徹底的に無視しました。

 優しかった人達の手のひら返しを目の当たりにして、私はとうとう心を押し込めて生きるようになりました。


 何も感じず、何も聞こえない。

 罵声を浴びせられるのに慣れ、与えられる痛みにはうずくまって呻き、理不尽な暴力に耐える。

 そんな日が続いていきました。


 やがて、ご主人様の苛立ちや不満が爆発し、私は縄で体を縛られました。納屋に転がされ、私はただご主人様を見ていました。


「獣のくせに人の言葉を喋りおって……」


 ご主人様は小さな枯れ枝に火をつけました。

 油を塗ってあるのか火の勢いは強く、私の中に恐怖の感情が戻ってきました。


「や、やだ……やめてください!」

「喋るなと言っている!」

「ぐっ、うぅ……」


 怖くなって叫ぶ私のお腹を、ご主人様は蹴り飛ばします。痛みは忘れていたはずなのですが、感情とともに思い出したようです。


「その声を二度と聞かせるな!」


 そして、ご主人様は私の口の中に火のついた枯れ枝を押し込んできます。縛られ動きが制限されている私は頭を振って抵抗しますが、大人の男性であるご主人様の力に小柄な女性の私が勝てるわけもなく、頭を掴まれ固定されると、ぐりぐりと喉に火を押し付けられました。


 そして、私は声を失い、再び奴隷商に売られました。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 奴隷商の元での生活は、前よりはいくらかマシでした。 ご飯はもらえるし、暴力も振るわれません。周りが精神が異常な人や、謎の行動をとる人に囲まれていることを除けば、とてもいい暮らしです。


 荒廃した心に殻を作り、惰性で過ごしていた私ですが、ついに再び奴隷として買われる日が来てしまいました。


 見た目は20代いかないぐらいでしょうか、あまり興味はなかったのですが、気まぐれから男性を見上げました。格好は至って普通の冒険者様と同じようなもの。特徴的なのは真っ黒な髪の毛でしょうか。目元はやや鋭いですが、顔立ちは整っていると言って良いでしょう。


「……?」


 私の視線を感じたのか商人にシンジと名乗った男性はこちらに振り向いて目を合わせてきます。

 私は慌てて頭を下げました。殴られるかもしれません。あの時感じた恐怖から体が震えてしまい、そのまま動けないでいると、シンジ様は特に気にした様子もなく商人と話を続けました。


 殴られなかったことへの安堵と、見逃されたことに首をかしげつつ、私は話が終わるのを待ち続けます。

 どうやら購入が決まったらしく、応接間で首輪を嵌められました。


「付いてこい」


 シンジ様、いえ、ご主人様の言葉に私は慌てて駆け寄っていきます。待たせたとあったら、何をされるかわかりません。

 商人が私を紹介しようとしても断り、後で話し合うと言ったことからも、急いでいることは窺い知れます。


 目を合わせると不快に思われるかもしれないので、ご主人様の靴の踵を頼りについていきます。歩幅を合わせてくれているのか、ご主人様の歩みはゆったりとしていて、私でもちゃんとついていけました。


 ご主人様が仕立て屋で何かを買ったようですが、私にそれを知る権利も見る権利もありません。隣の道具屋で魔導書を買ったのは、店主との会話から察しました。

 宿へ向かうご主人様の足取りがやけに軽いのが、少しばかり気になりました。


 宿へ着くと、ご主人様はお金を支払い鍵を受取ります。銅貨5枚とのことで、サービスに対しては安めで良い宿だと思いました。


 そして、部屋に入るなり私は大失敗をしてしまいました。

 座れと言われたので床に座ったのですが、驚くことにご主人様はソファーに座るように仰られました。

 勿論直ぐに飛び起きてソファーに座り直します。ここでも殴られはしませんでした。なかなか気の長いご主人様です。


 筆談の要領で自己紹介が済むなり、私はシャワーを浴びるように言われました。

 奴隷商人の方に言われた、夜のお仕事とやらを求められているのでしょう。

 渡された服を持って私はシャワー室に駆け込み、念入りに体を清めました。使っていいかわかりませんでしたが、汚れが残っていると怒られるかもしれないので、備え付きの石鹸を少しばかり使わせてもらいました。


 髪の毛の水気を飛ばし、尻尾の毛並みを整えた私は、ご主人様の用意した服を着ます。

 なんと下着まで用意されており、ご主人様の趣味がよくわからなくなりました。


 知識としては奴隷商人に教えこまれ、夜のお仕事については問題ありません。

 ただ、少し覚悟を決める時間が必要でした。

 ご主人様からも、ゆっくり洗えと言われたので、深く息を吸い込み、自分に喝を入れます。


「……!」


 シャワー室から戻り、ご主人様の元へ行くと、ご主人様は私の方を見て驚いていました。

 耳や尻尾に視線を感じ、少しくすぐったく感じました。


 座れと言われ、また条件反射で地面に座ろうとしていたのですが、ご主人様の声でハッと自分の失敗に気付き、ソファーに座ります。


 ご主人様から、話があると言われ私は少し身構えました。やはり、経験が私にはないため不安だったのです。

 そう思っていたのですが、ご主人様は声が聞きたいと仰られました。

 声が出ないのは知っているはずなのに何故、と思いましたが、ご主人様にはご主人様の考えがあるのでしょう。


「……彼の者に癒しを与えよ、エンゼルブレス」


 目を閉じるように言われ、何をされるのか怖々としていた私を、暖かい何かが包み込みました。

 どうやらご主人様の魔法のようです。


「声を聞かせて」


 そう言われて、私は自分の喉にあった違和感がさっぱり無くなっていることに気づきました。

 ゆっくりと声を出そうとすると、前まで感じた痛みはなく、以前のように声が出ました。

 良かった、と優しげに微笑むご主人様に私はつい泣きついてしまいました。

 一生治らないと思っていたのに、ご主人様は出会って初日に、それも奴隷である私の喉を治してくださいました。


「ご主人様、ご主人様ぁ!」


 私は、この優しいご主人様が大好きになりました。メイド長さんの様に優しい手つきで頭を撫でてくれるご主人様。

 私はつい顔をご主人様の胸にこすりつけるようにして、自分の匂いをつけてしまいました。

 前のご主人様は怒りましたが、別に怒られるなんてことはありませんでした。

 やがて、泣いているうちに、私は段々と眠くなり、ご主人様の胸で寝てしまいました。


 私を救ってくれたご主人様。

 私はご主人様に忠誠を誓います。

 例え何が敵になっても私はご主人様に付いていくでしょう。


 そう思ってしまう私は、ご主人様に惚れてしまったのかもしれませんね。

奴隷のルナちゃんの過去の一部と、慎司に買われた時の心情です。

彼女が何を感じ、何を思ったのか。

彼女の視点を通して少しはお伝えできたでしょうか。


次からは明るい話になると思います。

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