旧校舎の階段~続きの七不思議~
昔通っていた小学校の旧校舎を思い出して書いてみました。
それは私が小学校三年生の時のことでした。
三年生と言えば、そろそろ小さい子から卒業、子供同士で親に内緒でどこかに行ったり、親に禁止されていることをこっそりやってみたりする年頃です。私たちもそうでした。お母さんに「絶対に行っちゃダメよ」と言われれば、それはとても魅力的な場所。用水路や夕方の駅前の裏通り、何年も空き家になっている廃屋、私たちは目を輝かせてこっそりそういう所へ誘い合わせて行ったものでした。
梅雨明け近い蒸し暑い日々が私たちをそろそろ夏休みの気分にさせる頃、クラスで学校の七不思議の話が流行っていました。上にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる子や、近所の幼なじみで少し年上の友達がいる子たちが、大いばりで「ねえ、知ってる?」と自慢げにささやくちょっと怖くて不思議な話は、私たちを夢中にさせました。
夜中に音楽室に行くと、ピアノの音がして、戸を開けると天井から血が滴っている。
夜中に理科室に行くと、骸骨の模型がカタカタと動きながら笑っている。
夜中に体育館の舞台を覗くと、白い服を着た長い髪の少女が舞台の真ん中を行ったり来たりしている。
どれもが、「夜中に学校に行く」という前提のお話ばかりでした。もちろん、いくら何でも夜中にこっそり家を抜け出して学校へ来て確かめることの出来る子なんて、誰一人いやしません。だから、七不思議を確かめることはほぼ不可能でした。
でも、一つだけ、「夜中に」がつかない七不思議があったのです。
「放課後、午後四時半過ぎに旧校舎の一階から踊り場までの階段を上ると、上ったときと降りるときで必ず一段数が違うんだって」
まことしやかに教えてくれたのは、中学生のお兄ちゃんのいる、ゆかりちゃんという女の子でした。
「へえ、夜中じゃないんだ、めずらし~い」
私たちは色めき立ちました。早速、試してみようよ、という話になったのも当然の成り行きでした。
私たちの学校では、毎週水曜日が「放課後開放」といって、いったん家に帰ってから学校で五時まで遊んで良いことになっていました。校庭で遊ぶほか、ボランティアのお母さんや地域のお年寄りが囲碁や将棋、手作り教室などを開いていて、校舎の中にも自由に出入りが出来ました。
そこで、今度の水曜日、四時半になったら旧校舎の一階の階段の下で待ち合わせということになりました。
参加するのは、私とゆかりちゃん、まなみちゃん、しずかちゃんの四人の女子と、みつるくん、かずやくんの二人の男子、合計六人でした。
話を決めたのが金曜日の午後だったので、それから水曜日までの待ち遠しかったこと。毎日わくわくして、授業も宿題も、週末の習い事も上の空でした。そして毎日、学校のない週末でさえ電話で「水曜日だよね。絶対だよ」と、一日に一度は確認し合っていました。
そして、待ちに待った水曜日。朝から小雨が降っていたので、みつるくんとかずやくんは他の男子達と体育館でドッジボールをしていました。私たち女子は、それほど興味のない手芸教室であくびをかみしめながらフェルトの小物入れを作っていました。
四時半の五分前になると、私たちは揃って立ち上がり、教えてくれている同じクラスのさとみちゃんのおばあちゃんにお礼を言ってそそくさと席を立ちました。
そして、笑いをこらえながら、ほとんど走るように旧校舎に向かいました。
もう何年も、旧校舎には決まったクラスがありませんでした。私たちが入学した年に新校舎が完成したので、私たちから下の学年はほとんど旧校舎に足を踏み入れたことはありませんでした。学芸会や音楽会の練習の時に使ったり、上級生のクラブ活動や委員会の部屋などになっています。それも今年限りのこと、来年にはこの旧校舎はとり壊されることになっていました。
旧校舎へは、新校舎の突き当たりの渡り廊下を通って行きます。渡り廊下は屋根だけでほとんど屋外でしたから、天気が悪くてもそれなりに明るいのですが、一歩旧校舎に入るととたんにぐんと暗くなります。渡り廊下から旧校舎を見れば、トンネルの入り口のように見えました。
男子二人は、もう階段の下で待っていました。床には乱暴にランドセルが投げ捨ててあります。
「遅いぞ。先に始めちゃおうかと思った」
と、みつるくんが文句をつけてきました。
旧校舎は新校舎に比べ天井が高く、踊り場のあかりとりの窓は小さい上にずいぶんと天井に近いところにありました。その日も朝からずっと小雨が降っていたので、四時半ともなればかなり薄暗くなっていました。
私たちもランドセルを床に置いて、どきどきしながら階段の前に立ちました。
「じゃあ、全員で声を出して数えながら行くよ」
情報提供者のゆかりちゃんがリーダーみたいに言いました。
旧校舎は木造で階段も全部木で出来ていて、歩くときしきし音がします。ふだんは気にならないのに、最初の一歩目を踏み出したとき、きいっ、ぎいっと次々と悲鳴のような音がしたので、みんな、きゃー、うおー、と声を上げました。
「ダメよ、しっかり数えなきゃ」
ゆかりちゃんがお姉さんぶって言いました。
「ちぇ、うるせえよ」
とかずやくんが小声でぐちりましたが、みんなが一斉に「しーっ」と言ったので、すぐに黙ってしまいました。
「じゃ、行くよ。いーち」
ゆかりちゃんが数え始め、みんなも声をそろえて数えながら並んで階段を上り始めました。
にーい、さーん、しーい、ごーう、ろーく・・・。
踊り場まで行くと、全部で十四段でした。
「じゃ、降りよう。せーの、いーち」
にーい、さーん、しーい、ごーう、ろーく・・・。
「じゅーさん」
そこで下に付きました。みんな、しーんとして一言もしゃべりません。
「行きは、十四段、だったよね?」
最初に沈黙を破ったまなみちゃんの声は、少し震えていました。みんなはこっくりうなづきました。
そのとたん、きゃー、わー、と大騒ぎになりました。
「えー、うそでしょ?もう一度、もう一度行こうよ」
私はどきどきしてそう言いました。みんなももちろん賛成です。
そこで、また最初から、みんなで手をつないで階段を上り始めました。
いーち、にーい・・・じゅーさん、じゅーし。
踊り場に着いた時は、十四段。間違いありません。
「・・・おりよう」
今度はみつるくんが男の子らしく、リーダーシップを取って言いました。
みんな、さっきよりしっかりと手をつなぎ合い、ゆっくり、ゆっくり、一段一段踏みしめるように降りていきました。
「じゅーに、じゅーさん」
下に付きました。でも、その時、少し変だったのです。
誰かが小さい声で「じゅーし」と言ったのです。
「え、誰?今言ったの」
ゆかりちゃんがびっくりしてみんなの顔を見回しました。
「誰か、言ったよね、じゅーし、って」
みんな、不思議そうにお互いの顔を見合わせました。
その時、下を向いたまま、おずおずと手を挙げた子がいました。
しずかちゃんでした。六人の中でいちばん大人しい子です。あまりしゃべらないけど、別に仲間はずれとか、いじめられていたりはしません。みんな、ふつうに仲良しでした。だからこの日も、一緒にいたのです。
「え、おまえ、十四段だったの?」
確かめるみつるくんの声は、ちょっと緊張していました。
しずかちゃんは、黙ってうなづきました。
「おかしいじゃん」
「もう一度、もう一度やろう!」
みんなは半分おっかなびっくり、半分ほっとしてわいわい騒ぎました。
おっかなびっくりの半分は、もちろん一人だけ十四段なのが不思議だったからで、ほっとした半分は十三段というのがそもそもの間違いで、やっぱり行きも帰りも十四段だったんだ、という安心感からでした。
だから、何となくリラックスした感じで、今度は少しだらけて数を数えました。
すると今度は、十二段が二人、十三段が三人、そして十四段が一人でした。
「何だよう、みんなまじめにやれよ」
かずやくんが、自分は十二段だったくせに、偉そうに言いました。
「しょうがねえなあ」
「もう疲れちゃったよ」
文句を言いながら、それでももう一度みんなで数を数えながら上りました。
行きは十四段。帰りは・・・。
「じゅーさん」
とみんなが声をそろえたあとで、細い声が一つだけ
「じゅーし」
と響きました。しずかちゃんでした。みんなが一斉にしずかちゃんを見ると、しずかちゃんは目を潤ませて鼻をすんすん、泣き出してしまいました。
「しずかちゃんが泣くことないよ、私たちがおかしいんじゃん」
ゆかりちゃんはあわててしずかちゃんの肩を抱いて慰めました。
「そうだよな」
「そうだよね」
みんなも半信半疑なままうなづきました。
「もう、帰ろう」
私は言いました。四回も階段を上り下りして、さすがに足が痛くなっていました。
「・・・でも、やっぱおかしいよな」
みつるくんが言うと、他の子たちもうん、そうだよ、おかしいよ、ちゃんと確かめた方がいいよ、などと言い出しました。
「じゃあさ、私としずかちゃんがやるから、みんな見てて」
ゆかりちゃんはそう言うと、下を向いてすすり上げているしずかちゃんを励ますように、ね、行こ、と階段に誘いました。
「じゃ、行くよ。いーち」
みんなも声をそろえて数えました。にーい、さーん。
上りはちゃんと十四段。さあ、下りです。
いーち、にーい、さーん・・・
みんな、まるで運動会の競技を応援するみたいに一生懸命ゆかりちゃんとしずかちゃんを見守りながら数を数えました。
そして、十二段目に来たときです。
私は、すっとしずかちゃんの姿が見えなくなったのに気がつきました。そして、ゆかりちゃんの足が一番下に着いたのとほんの少し遅れて、しずかちゃんが「じゅーし」と小さい声でつぶやいて現れたのです。
「今の、見た?」
私はとなりのまなみちゃんにそっとささやきました。
「え、何が?」
まなみちゃんはきょとんとしています。あれ、私の見間違いだったのかな。階段はもうかなり暗くなっていましたから、目の錯覚だったかもしれません。
男の子達も何も気づかなかったようで、かずやくんとみつるくんはあくびまでしていました。
「ねえ、しずかちゃん、私ともう一度やってみてくれる?」
それでも私は何だか気になって、しずかちゃんに頼み込みました。しずかちゃんは黙ってうなづきましたが、本当はいやだったのかもしれません。自分の思っていることをはっきり言わない、大人しい子でした。
そうして、六回目。
私は、下りの時、数を数えるのは下にいるみんなにまかせて、手をつないだしずかちゃんを横目でそっと見ていました。
じゅーいち、じゅーに。
次の瞬間、しずかちゃんがふっと消えて、どこか遠くの方から「じゅーさん」という声が聞こえました。
そして、私は階段の下にいました。一歩遅れて、しずかちゃんも。
「やっぱり、この階段、おかしい」
私は泣きそうになってそう言いました。するとどういうわけか、みんなも何だかこのままでは終われない雰囲気になってきて、男子二人とまなみちゃんの三人も、しずかちゃんと二人で一度ずつ、試してみることになったのです。
みつるくんとかずやくんも、男子だからといって恥ずかしがったりはしませんでした。しずかちゃんとしっかり手をつないで、きいきいきしむ階段を一回ずつ、上り下りしました。しずかちゃんはもう数えるのをやめて、時々鼻をすすりながら黙ってみんなの言うなりになっていました。
だから、もう数の確かめようがなかったのです。それなのに、みんな何かに取り憑かれたように、次はおれ、次は私としずかちゃんと一緒に階段を上り下りしたがりました。
そして、最後にまなみちゃんがしずかちゃんと降りてきたときです。
じゅーに、じゅーさん。
まなみちゃんの両足が階段の下の床についたとき、しずかちゃんの姿はどこにもありませんでした。
「・・・しずかちゃん?」
まなみちゃんが震える声で隣を見、後ろを振り返りました。
でも、しずかちゃんはどこにもいなかったのです。
「いやあああ・・・!!」
まなみちゃんが顔を覆って悲鳴を上げました。
「こら、そんなところで何をしてるんだ!もう下校時間だぞ!」
まなみちゃんの悲鳴を聞きつけたのか、新校舎との渡り廊下を、教頭先生がこっちに向かって来ました。
みんな一斉に我に返りました。関係ない大人が一人入ってきたことで、その場の雰囲気は唐突に現実に引き戻されました。私はすっかり肩の力が抜けて、何だかすごくほっとしました。みんなもそうだったのでしょう。まるで何もなかったようにはーい、ごめんなさーい、と口々に言って、床に投げ捨ててあったランドセルをしょって急いで昇降口に向かいました。
私も、そしてつい今悲鳴を上げたばかりのまなみちゃんも、何故かその時はすっかりしずかちゃんのことを忘れてしまっていたのです。
次の日、しずかちゃんは学校に来ませんでした。
次の日も、そして週末を挟んで月曜日の朝になっても、しずかちゃんは教室に姿を見せませんでした。
担任の先生はどういうわけか、しずかちゃんがまるで最初からいなかったように、出欠を取るときも名前すら呼ばなかったのです。
やがて夏休みが来ると、私は田舎のおばあちゃんの家にしばらく泊まりに行ったり、お父さんとお母さん、弟と四人で遊園地やプールに行ったりして、学校のことはすっかり忘れてしまいました。
二学期の始業式の日、クラスのみんなと久しぶりに顔を合わせたとき、何だか大切なことを忘れているような、落ち着かない気持ちがしました。
何か、とても悪いことがあったような。
いけないことをしてしまったような。
いえ、もっとひどい、取り返しの着かないことをしてしまったような・・・・。
思い出そうとすると、何だかとてもいやな気持ちになるのです。私は悪い夢を忘れようとする時のように、そのことを思い出すのをやめました。
ある日、隣のクラスから、ゆきえちゃんという高校生のお姉ちゃんのいる子がひょっこりやってきて、言いました。
「ねえ、知ってる?この学校の七不思議の一つなんだけどさ。旧校舎の階段を午後四時半過ぎに上ると、上ったときと下ったときで数が違うんだって」
知ってる、知ってる!みんながわいわい言いました。するとゆきえちゃんはそれだけじゃないんだって、とみんなを制して言いました。
「その話には続きがあるんだけど、中には行きと帰りに同じ数を数える子がいて、そういう子は、あんまりその階段を上り下りしちゃいけないんだって。もし何度も上り下りすると、きっかり九回目にその子は下りの十三段目の階段に吸い込まれちゃうんだってさ・・・」
きゃー、こわい。何それー?
他の子たちがはしゃいでいる中、私とゆかりちゃん、まなみちゃん、そしてみつるくん、かずやくんだけは、何も言えずに黙っていました。
二学期になったら、しずかちゃんの机と椅子はなくなっていました。引っ越したとか、転校したという話もなく、先生はしずかちゃんの存在など初めからなかったかのように、名前を呼ぶこともなくなりました。あの時階段を上り下りしたみんなも、きっとおかしいと思ったはずです。でも、誰もそのことを口に出すことはありませんでした。それどころか、あの日旧校舎の階段に集まったことも、二度と私たちの間で話題になることはなかったのです。
翌年の三月、春休みの間に旧校舎は取り壊されて、広い芝生になりました。
学校の七不思議は一つ減ってしまい、子供達の口にも上らなくなりました。
時は過ぎ、私は結婚して娘を一人授かりました。夫が海外に単身赴任していて心細かったのもあり、娘が小学校に上がるときに実家を二世帯住宅にして両親と一緒に住むことになりました。
そして数年が過ぎ、娘が小学校三年生になったときです。
「ねえママ、ママはあの小学校に行ってたんでしょう。学校の七不思議って知ってる?」
さあ、覚えてないわ。そう言う私に、娘は教えてくれました。
「あのね、一つ聞いたんだけどね、学校の広い芝生のあるところにはむかし別の校舎が建っていたんだって。そこで女の子が一人いなくなったんだけど、どういうわけだか誰も探してあげなかったんだって。それで、今でも午後五時過ぎにあの芝生に一人でいると、ずっと一人で寂しがってるその女の子に連れて行かれちゃうんだってさ・・・」
私は思わず息を止めました。そして夢中で言いました。
「あなたは絶対、試してみたりしたらダメよ!」
きっと私は怖い顔をしていたのでしょう、娘はびっくりしたように私を見つめ、それから曖昧な微笑みを浮かべてうん、とうなづきました。
けれどもその時、私は気づいたのです。
娘ぐらいの年頃の子供が、お母さんがダメよ、と言ったことがどんなに魅力的か。どうしてダメだと言うのか、確かめたくてたまらなくなることを。私はひょっとしたら、娘に言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない・・・。
その日から私は、毎朝祈るような気持ちで娘を学校に送り出しました。
「行ってらっしゃい」
そう言って娘に手を振りながら、心の中で祈っていました。
しずかちゃん、許して。
お願い、この子を連れて行かないで。
毎日放課後に学校に迎えに行こうかとさえ思いました。五時過ぎに娘が自由にならないように、全部の曜日を習い事で埋めることも考えました。いっそ、引っ越して転校してしまおうかとも・・・。
でも、そのどれもが当たり前の日常の中であまりにもばかげて見え、私はやがて娘の話を忘れました。そして、あの思い出さえも、今となってみれば、私の記憶違いかもしれない、あの日の出来事全てが、あの年頃の子供の想像力が作り出した他愛もない怪談話かもしれない、そんな風に思う方が自然に思えました。後にも先にも、私の人生に不可思議な事なんて、あれだけしかなかったのですから。
梅雨が明けきらないぐずついたある日、珍しく娘が午後五時のゆうやけこやけと防犯アナウンスが住宅街に流れても帰ってきませんでした。だいぶ日が長くなってきていたので、きっとどこかで友達と寄り道して遊んでいるんだろう、と思いましたが、さすがに六時過ぎになると心配になって、私は外に様子を見に出てみることにしました。
「ただいま」
ちょうどその時玄関のドアが開いて、娘が帰ってきました。
「おかえり。ずいぶん遅かったのね」
「うん、ちょっと友達と遊んでたの」
そう言う娘は何だか疲れたように見えました。
そしてそのまま二階の自分の部屋にランドセルを置きに行き、なかなか降りてきません。
「もう晩ご飯よ、降りてきて」
私が声をかけるとようやく階段をとんとんとおりる足音がして、私が立っているキッチンに娘の顔が覗きました。
あれ、と私は思いました。娘の顔が何となく違うような気がしたのです。私は目を凝らしました。確かに娘に間違いないのですが、何と言ったらいいのか、心がざわついて、えもいえぬ違和感がわき上がってきたのです。
「なんか、あった?あやか」
「え?あ、ううん」
娘のあやかは曖昧な返事をしてうっすら笑いました。
両親とは台所も食事も別でしたから、私はいつものように娘と二人で夕食を囲みました。
「・・・それでね、あやか」
他愛もない話をしていても、娘は何だかいつもと雰囲気が違います。いつもなら自分からうるさいぐらい話しかけてくるのに、何だか大人しくぼーっとしているのです。
「あやか?」
「え、なに?」
「返事ぐらいしなさい」
ちょっとむっとした私に、娘は下を向いてくくっと笑いました。
「・・・ごめんなさい、まだ慣れなくて・・・」
え。
私はその時、ひどく娘に「違うもの」を感じました。
この子は、違う。私の娘のあやかじゃない。
私の全身を悪寒が駆け抜けました。
「・・・しずかちゃん?」
私が震える声でそう呼ぶと、その子は私を見上げてにっこり笑いました。
「ひさしぶり、ちさとちゃん」
「・・・次のニュースです。昨夜午後七時半頃、K県T市N区に住む松田智久さん宅で、長女の彩花ちゃん9才が倒れてしているのを同居している祖母が発見し、110番通報しました。彩花ちゃんはすぐ病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。死因は首を絞められた事による窒息死で、警察が一緒にいた母親に事情を聞いたところ、彩花ちゃんの殺害を認めたため、殺人容疑で現行犯逮捕しました。彩花ちゃんの母親の松田千里35才は事件当時かなり錯乱しており、警察にこれは自分の娘ではない、と供述していたとのことです・・・」
投稿しようとしていたら、突然PCがシャットダウンしてしまいました。
「私はこれを早く手放したいので、邪魔しないでください」と念じて再チャレンジしています。