スタンド・バイ・ミー
あの日、私は確かに死んだはずだ。だというのに……私はここにいる。俗にいう――幽霊となって。
「そっか……」
不思議と気持ち悪い感覚はなかった。確かに足がなくてふわふわと浮いているけど心地よさすらある。
「さて……と」
ため息をついてふらふらと空中を遊覧する。まずは今自分がどこにいるのかを把握しなければならない。少し上空に行ったところで制止し、辺りを見渡す。
「やっぱりここかぁ……」
案の定、ここは私の生まれ住んだ町だ。代わり映えの無い街の風景に思わずため息が出る。
ということは――
「きっと彼もいる」
幽霊は死んだときに未練がある人間がなるらしい。幸いにも私には心当たりがあるので、記憶を頼りにその場所に向かっていく。
そしてしばらくすると、私の目に大きな屋敷が映りこんできた。ゆっくりと上昇し、一番右端を覗き込む。やはりそこには――
「たっくん……!」
愛しの彼がいた。
彼と私は幼馴染だった。幼稚園からの付き合いでずっと一緒に過ごしてきたのは私の自慢の一つだ。その事実があったから――私は彼にとっての特別でいれた。
じっと見ていると急に彼が立ち上がった。どうやら着替えをするらしく上着のボタンに手をかける。
も……もう、エッチ!
急いで目を逸らす。嫁入り前の子がいるってのにデリカシーのかけらもない。私は赤面しながら彼が着替え終えるのを待った。
「そろそろ……かな?」
チラッと窓から中を覗き込む。すでに彼は着替えを終えて荷物を背中に担いでいた。
「そっか……今日は学校なんだ」
死んだのがいつか思い出せないのが妙に悔しい。でも、彼の容姿にそこまでの変化が見られないからそれなりに最近なのだろう。
しばらくすると、彼は扉を出て一階に下りていった。私も当然下まで降りて玄関の前で待つ。いつもやっていたこととはいえ、妙に胸がドキドキしてしまう。
「行ってきます」
後ろで聞こえる彼の声。そして、
「行こう。たっくん」
甘い声で呼びかける。だが、彼は私の方を見向きもせずすたすたと歩いていってしまう。
「もう……冗談やめてよ」
彼の背中をたたこう――としたが腕がすり抜けた。どうやら――やはり本当に幽霊になってしまったらしい。
「おはよう。巧くん」
と、そこで何やら前方からの甘い声。見れば髪を左右に揺った女の子が私たちの前に立っていた。
「やあ、おはよう。優奈ちゃん」
爽やかな笑顔を彼女に向ける彼。そして親しげに肩を並べて歩いていった。
何で……?
どうして私がいるのに気付かないの? こんなに近くにいるのに。あんなに一緒にいたのに。これほどまでにあなたを思っているのに。
私はしばらくその場に立ち尽くした。仲良く歩いていく二人をじっとにらみながら。
彼が帰ってくるまで私は一人考え事をしていた。どうすれば彼に気付いてもらえるのか……という。
この体は案外便利なもので通り抜けようと思えばどこでもすり抜けられるし、逆に触りたいと思えば何でも掴める。これを活かせない手はないと思った。
「さて……と」
私は彼が帰ってくるのをじっと待った。そして日も暮れかけた頃――ようやく彼が帰ってきた。幸いにもあの泥棒猫はいない。
「おかえり、たっくん」
やはり私の声は聞こえていないみたいで、彼は素知らぬ顔をして中に入っていった。でも、構わない。今から彼に自分はここにいると伝えるのだから――。
まずは部屋のものを少し動かすところから始めた。最初は全く気付かなかった彼だが、徐々に理解してきたらしく首を捻っている。いい傾向だ。
次は彼が寝ている間に電気をつけてみる。さすがにこれには驚いたのか目を丸くして飛び上がっていた。
そうだよ。たっくん。私は……ここにいるよ?
彼が気付いたかもしれないという淡い期待を抱いて……私はその行為を続けていった。いや、正確にはエスカレートさせていった。
夜中道で拾ったお金を使って公衆電話から彼の携帯に電話をかける。彼がお風呂に入っている時に後ろから抱きしめる。そしてそんな日々が一週間も続いたころ。
「誰かいるのか?」
やっと。やっと彼が言ってくれた。
「そうだよ! 私だよ! ここにいるよ!」
でも、やはり声は届かない。私がぎりぎりと歯ぎしりをしていると――彼は急に身支度を始めた。
少し見ても……罰は当たらないよね?
こっそりと指の隙間から彼の着替えを観察する。
引き締まった上腕二頭筋。カッコいい。すらりと伸びた手足。美しい。鍛えられた腹筋。触りたい。
と、そんなことを考えているうちに彼の着替えが終わった。どこか神妙な顔をした彼の後を追って私も憑いていく。
なんだかデートみたい……。
ポッと顔が熱くなるのを感じた。鏡に映らないので確認のしようがないが、きっと今自分の顔はトマトのように紅くなっているだろう。
しばらく歩くと彼が急に止まった。そこは――
「神社?」
そういえば彼は今年受験だったような気もする。ならしょうがないか。
お参りに来たと思ったのに、彼はその気配を全く見せない。どこに行くかと思ったら神主さんのところ? 知り合いなのだろうか?
「あの、すいません。お願いしていた中島というものですが……」
「ええ。準備はできていますよ。さぁ、どうぞ」
そう言って神主さんは中に彼を入れる。当然私もその後を追った。
神主さんに案内されるまま歩いていくと私たちは小さな部屋にたどり着いた。そして促されるままそこに入る。
なんかここ……嫌だ。
私の本能がここは危険だと告げていた。でも、恐怖はない。だって彼もいるのだから。
「お待たせしました。では、始めましょう」
入ってくるなりいきなり神主さんはふすまを勢いよく閉めた。と同時、嫌な空気が倍増する。
「ちょ……嫌! たっくん出よ!?」
彼の体を引っ張りたいのにできないのが恨めしい。せめて私だけでも出ようと試みたが――見えない壁のようなものに阻まれた。
「嫌! 誰か出して! お願い!」
後ろで神主の何やら祝詞が聞こえる。苦しい……息がしづらい。
「これであなたに憑いている者はいなくなります。安心してください」
……え? そんな、嘘だよね?
そうだ、嘘に決まっている。彼が私を疎ましく思うはずがない。嫌に思うはずがない煩わしく思うはずが――
「はい。ありがとうございます」
そんな……嘘……。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「たっくん! 私だよ! お願い助けて!」
どうして声が届かないの? 苦しい苦しい苦しい苦しい――!
そして私の意識はそこでぷっつりと途切れた。
――あれからどれぐらいたっただろうか? 目を覚ますと私は地獄にいて鬼たちから身悶えするような責め苦を与え続けられている。でも、それも彼を失った悲しみに比べればどうってこともない。
ひたすら針の山を歩かされ、足からは血がだらだらと滝のように流れている。地獄に来てからずっとこの繰り返しだ。もう慣れたから早く次の責め苦を与えてほしい。そうでもしないと空しさが留まるところを知らない。
と、そこで鐘が鳴る音。これは地獄に人が来る合図だ。天井にぽっかりと空いた穴から人が雨のように降り注いでくる。
なんとなくそちらに目をやった時――私の目に信じられないものが映った。それは愛しの彼だった。
そうよね……きっとあの時も……。
おそらくあれは彼の意思ではなかったに違いない。きっと無理やりあの女狐に言わされたか強制されたに違いない。
気づくと私はその方向に駆けだしていた。
鬼たちが止めようとするが私はそれを軽くかわしていく。当然だ。愛の前に障害などあってないようなものなのだから。
「たっくーん!」
その勢いのまま、降ってくる彼の体を受け止めた。もう互いに死んでいるからか――今度は掴めた。彼の暖かなぬくもりを感じながら私は彼の耳元に口を寄せ、
「おかえり、たっくん。……もう二度と離さないから」
囁いた。
直後彼が大声を上げたが、きっと嬉しさがこみ上げたのだろう。だってこんなに彼のことを愛している私を……彼も愛しているに違いないのだから。




