別れ
「ふあ…昨日は結構飲んだのに全然酔わなかったな、いやお酒を飲んだ時の高揚感は勿論あるんだけど、なんというか意識はしっかりしていたな、この体のおかげかな?」
太陽が昇り窓から陽が指してくることで次第に意識を覚醒させていく
(さてと、とりあえず昨日はあまりできなかった情報収集の続きといきますか。昨日はこの周辺の事しか調べられなかったからなぁ…しかしどこもほとんど見覚えがなかったし、次は地理じゃなくて歴史について調べてみるとするか。)
今日もギルドの資料室へ情報収集しに行く事をハンス達に伝えた後に、中心街へとしばらく歩いていると何やら美味しそうな匂いが漂ってくる。
(そういえば朝起きてからまだ何も食べてないな。ちょうどいいしあそこで朝食を取るか)
美味しそうな匂いが漂ってきたお店へと目を向けるとカウンターが外に向いているので、テイクアウト方式にもできればそのまま店内で食べていけるようになっているようだ。
「このハムサンドパンを3つください。」
「はいよ、3つで1050ユノだぜ。」
言われた金額を懐から取り出し支払う。この1050ユノは現実でいう1050円に値する、
一番価値が低い石貨《10ユノ》から始まり一桁づつ繰り上がるに連れて鉄貨《100ユノ》、銅貨《1000ユノ》…とあがっていき最後の黒光貨は1枚で1000万ユノの価値がある。
この辺りの硬貨は大口取引用なので一般人がまず目にする事はない。
全体の物価は地球より安く、大体夫婦、成長期の子供二人で3万ユノ《銀貨3枚》もあれば十分に暮らしていけるくらいだ。
(食べ歩くのは行儀が悪いので店の飲食スペースで食べるか。誰かにぶつかってパンが落ちたら目もあてらんねーしな)
さっそく、先ほど買ったパンを小包から取り出してかぶりつく。
(おぉっ!パリジャンサンドっぽいから買ってみたけどこれは美味いな!野菜のシャキシャキ感やハムの肉汁やソースがたまんねぇ…これで350ユノか、やはり物価が安いのかな。)
そんな事を考えながら全て平らげ、追加で果物ジュースを頼んで飲み干しさっそくギルド資料室へと向かうのだった。
道中ついでにとゴナイの街を観光してみるが、ここはそこまで大きな町ではないようで、それほど珍しいものはないようだが、その町並みだけでも石造りの家は非常に珍しいので気分よく散策しながらギルド資料室へと向かう。
そのまま歩く事数分。資料室についた彼は様々な分類の本を取り出し次々と読み漁っていく
(最初はノート的なものにでも書き写しながらこの辺の事について勉強しようと思ったが、この体のスペックが高いからかスポンジみたいに吸収していくから楽しいな、流石はうちの娘だぜ。)
ちなみにこの資料室へ入るには銀貨1枚を支払う必要があるが、これは保険料なので問題なく本を返せばそのまま戻ってくる。
こうして読み漁ること数時間…いったん得た情報を整理するために雑貨屋で購入した紙とペンを使って書き出していく。
(ふぅ…しかしまさかここがアディの次回作の舞台っていう噂の新大陸のしかも500年後思わなかったな…どうしたもんか…)
通貨の単位やギルドランクは同じなのに何故あれほどやり込んだゲームの地理に全然見覚えがなかったのか?それは彼がやっていたゲームが【シュース大陸】という別の場所が舞台だったからだ。
このズワールトオブアディガマーというゲームは同じ世界にある様々な大陸をシリーズ化してそこを舞台としており、例えば以前彼がハマっていたのはシュース大陸という場所だった。
そしてその次回作として噂されていたのが、大陸図にあるエレマ大陸ではないのか?という予想がされていたのだ。
そして500年も経ったのに彼女の知る限りでは前作とは大して技術進歩をしていないのは大きな戦争があったからであった。
その戦争に詳しいことを知っている人物達は皆命を落としているせいで詳し記述は乗っていないが、シュース大陸と今イーリスが居るエレマ大陸の間にある広大な海から突如として大陸が浮上して、そこから大量の魔人族が来たことが全ての始まりだった。
滅亡の危機を悟った人々は種族の壁を越えて結束し、50年にも及ぶ壮絶な戦争によりその大陸ごと封印をすることで無事危機を乗り切ったのだ。
しかしその代償は非常に大きく、高名な魔法師、鍛冶師などは皆命を落とし、一時的にその大陸全体の人口は最盛期より半分以上もの人口を失ってしまっていたのだった。
そしてその後500年という歳月を経て当時の技術レベルまで回復したようだ。
しかし、やはり500年という歳月でも癒えない傷は多く、高名な冒険者の才を継ぐ血を持つものが長く訪れなくなってしまった現代の冒険者ギルドではSSSランカーが撤廃されてしまっていたのだった。
その後も積み上げた本を元あった位置に戻してまた新たな本を取り出して吸収。その後紙に書き出して整理という作業を更に繰り返すこと数時間。すっかり陽が落ちてきたので宿屋へと帰路に着くのだった。
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さて、宿屋についたことだしこれからの事について考えをまとめるか。
とりあえず、やはり旅はしてみたいな。ここがアディの新作の舞台とわかった以上はアディプレイヤーとして攻略しないわけにはいかねえしな!!
資金面は…問題ないな、インベントリ内の金額だけでも1200万あるし、中の物もいくつか売れば大分マシになるだろう。
一番痛いのは倉庫が使えないことだな。大陸が違うから取り出せない…というより、ゲーム時代と違って、普通の倉庫屋に転移魔法なんてないだろうから大陸が同じでも町が違っても取り出せないのはまず間違いないだろうしな。
まぁ、なくしたもんをいつまでも悔やんでいてもしゃーないか!そんなことよりこのエレマ大陸を探索する事のほうが大事だぜ!!!
しかもイーリスの格好でこの世界を飛びまわれるなんてな…ホントにアディは最高の世界だぜ!!
ただ、問題は素の口調で喋れないから「ですます調」で喋って誤魔化すしかない事だが…流石に女言葉は無理だなぁ…まぁロールプレイは慣れてるしなんとかイーリスを演じきれるだろう!!
ここの事がわかったし、今すぐにでも旅に出たい気分なんだが、流石に一言も告げずにハンスさん達と別れるのは寂しいからな。ちょうど飯を食いに行くのにいい時間だし一声かけていくかな。
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こうしてハンス達を誘い、酒場へと向かう
「ところでイーリスさんはこれからどうするんですか?もしよかったら僕達のパーティに入りませんか?」
「実はその辺りの事も含めて今日は誘ったんです。後、素の口調で大丈夫ですよ。」
そう告げて昨日と同じ酒場に着いて注文をしたところで話を切り出す
「すいませんがパーティーの件はお断りします…というのもやはりこの大陸を観光というか旅をしてみたいんです。自分の翼を使って、自分の足を使って様々な場所を回ってみることにしました。いきなりですいませんが明日さっそく発とうと思います。」
「そう…ですか、わかりました!いや、わかったよ。自分達の実力的にもイーリスさんの足手まといになっちゃうもんね…それじゃ明日門の前まで送るよ。」
「その時はお願いしますね!」
と、ハンスとイーリスは話を進めているが残りの3人は何やらため息を吐いてやれやれといった表情をしている。
「…?どうしたんだよ?皆?」
「どうした?じゃねーよ、ハンス…お前意外とヘタれてんなァ?」
「全くです。ハンス、あなたイーリスさんに惚れてるんでしょう?」
「隠しても無駄よ?イーリスちゃんは鈍くて気が付いてないみたいだけど、あんたいっつもイーリスちゃんに目がいってるから私達にはバレバレよ?」
「な、な、な…」
「えっ?」
「イーリスちゃん美人なのにその辺には抜けてそうだもんなぁ…」
「まぁ、出会ってまだ2日だから一目惚れに近いでしょうし、そういう面でも悩んでたんじゃないかしら?」
「全く…うちのリーダーは頼りになるけどこっちの方面ではダメダメなんですねぇ…」
「ホントね、折角の初恋相手だったっていうのに…」
「お、おい!ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺は…「あら?それじゃあイーリスちゃんは魅力のないか弱い女性なのかしら?」
「そんなわけないだろ!イーリスさんは女性なのに自分よりも強くてそれでいて美しく…はっ!」
「は~、全くベタ惚れだったいうのに止めもせずに送りだすなんてな~」
「え、えっと…?」
「それで、イーリスちゃん的にはどうなのよ?うちのリーダーは?」
(お、おぉう…まさかハンスさんに惚れられてたなんてな…うちの娘は可愛いから惚れるのは仕方ないが中身が俺だからいくらハンスさんがイケメンでもなぁ…)
「えーっと、その、ごめんなさい?」
「グハッ…」
「バッサリですね…」
「バッサリだったな…」
「鮮やかな切り口ね…私達のせいではあるけどまだ告白すらしていないのに…イーリスちゃん容赦ないわね。」
「あ、あれですよ!ハンスさんはイケメンなので他の女性からならモテると思いますよ!頑張ってください」
「は…はい…」
「フォローになってないわね…」
「まぁ、今回ばっかしは相手が悪かったな。イーリスちゃんはハードルが高過ぎじゃないか?」
「タイミングも悪かったですね」
「よし、じゃあ今回はハンスの慰め会ということで乾杯するか!」
こうしてそのまま昨日と同じく飲み明かしていくのだった。
翌日、陽が昇ってきたことで意識を覚醒させた彼はさっそく旅支度を始める
(旅支度って言っても必要な物は昨日の時点で購入してるし全部インベントリに入るから布団を整える程度だがな)
その後ハンス達の部屋へと訪れた後、共に次への街に続く街道がある方面の門へと向かう。
「それじゃあ皆さん!短い間でしたけどありがとうございました!」
「あぁ!次に会う時はCランク以上になってみせるよ!」
「私もイーリスさんに負けないくらいの魔術師になってみせます!」
「イーリスちゃんも達者でな!」
「ジョブも今より上位のジョブになってみせるわ!また絶対会いましょうね!」
「はい!それじゃあ皆さん、ありがとうございました!」
そのまま姿が遠くなるまで見送り続けるハンス達であった。
「さて、それじゃあ俺達も依頼を受けるとするか!」
「はぁ…本当に最後の最後まで引きとめもしなかったわね。」
「も、もうその話はいいだろ!なにより足手まといになるわけにはいかないじゃないか!」
「あ~、はいはい。まぁそれは確かにそうだな…その為にも頑張るんだろ?」
「勿論だ!ほら!さっさと行くぞ!」
「次に合う時のリアクションが楽しみですね?」
「全くだ。」「そうね。」
「何小声で喋ってるんだよ?いくぞ?」
「「「はいはい。」」」
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こうしてハンスと分かれた後は順調に街道を進み、辺りが森に囲まれる頃になってローを脱ぎ、翼を大きく広げて羽ばたきながら足に力を入れて跳躍するをして空を駆けていく。
(くぅ~~、やっぱし飛ぶのは気持ちがいいな!馬車に乗ってのんびりと次の街っていうのも悪くはないんだが、時間がかかるみたいだし折角飛べるんだから飛ばなきゃ損だぜ!)
そう考えながら街道に沿って飛ぶこと数時間。
「ふぅ…適度に腹も減ったしついでに昼食とするかな」
インベントリから昨日購入したサンドイッチを取り出し食事を取り適度に休憩の後に更に飛ぶこと数時間。森が開けたと思いきや次は山岳地帯に囲まれた高低差のある場所へとたどり着く。
(ふーむ、もう少し高度をあげるか…あんまし高度を上げると高山病とか怖いけどそれ以前に空気が足りなくて思うように飛べないか。まぁ、見たとこ高くても1000mといったところだからまだ大丈夫かな。)
しかし、大きな岩山などが増え始め複雑に入り組んだ地帯に入ると気流が乱れているのか飛行が中々安定しない。
(っと…入り組んでるから風が入り乱れてて危ないな…しゃーない、いったん着地してこの山岳地帯だけは徒歩で抜けるとするかな。)
山岳地帯へと着地してローブを羽織った後に歩く事数十分といったところか?山の合間からなにやら音が聞こえてきたので、その音の方へと向かって歩いていくともう一本の道と合流する開けた場所にたどり着く。
そしてそこで見た光景…それは1台の豪華な馬車とそれを守る用に取り囲む騎士のような格好をした人物達、その騎士達が対峙するその相手は、人など軽く丸呑みできるであろう1m半の巨大な胴体と全長20m近くはある巨大な漆黒の蛇であった。
おいおいおい。あれってギルド資料室にあったBランク魔獣セルペンテネグロだよな?
確かに山岳地帯に生息してるがこんな街道に出るような魔物だったか?
あの時のフォレストベアーもありえないはずと言っていたが…
それにBランクっていうと確かレベルは90近いよな?ゲーム的には中盤といったところではあるけど、一番数が多い冒険者でDランクだぞ?あの騎士達は大丈夫なのか?…いや、明らかに大丈夫じゃなさそうだ、どう見ても追い詰められているな、何人か倒れてるし、よくよく見れば胴体の一部が不自然に盛りあがってて何か奥へと蠢いてるし、どうみてもあれ丸呑みにされた人だよな?映画のアナコンダかよ…
あの馬車を見る限り多分貴族様か王族関係なのは間違いないな。しかし冒険者の次は貴族様の助太刀だなんて、なんというテンプレ展開だよ…とにかく助けに入るとするか!