ひと段落ついて
街の中心区に入ったイーリス一行。
途中ですれ違う冒険者達や市民達はこの辺りではまず見ないその美貌に男女関係なく視線を釘付けにしていく。
(うーん?なんかじろじろ見られるな…特に一部の野郎の目付きがネトッとしてるというか…キモいな…)
「なんか…何故だがすれ違う皆さんの視線が気持ち悪いです…すみませんがフードを被ってますね。」
「そう?…あー、なるほど。イーリスちゃんこの辺じゃまず見ないくらい綺麗だから皆見ちゃってるのよ。私だって向こう側だったら見ちゃうわね、そうやって見てくるだけなのはいいんだけれど、一部の男共の目線は気持ち悪いってのは凄くよくわかるわ」
「そうね、私達もたまにそういう目線を向けられたり絡まれたりするわ…特にイーリスさんは女性から見てもホント綺麗ですし、わからなくもないんですが…かと言って女性をそんな目で見る人は私も嫌いです。」
「え?あ、ありがとうございます。」
(ああ、そうかうちの娘に見惚れてたのか。ただ見惚れるならしゃーないけど、そういう目で見てくる奴はつい目潰ししたくなっちゃうからこれからはフード被ってるか…しかし美人な女性に褒められると結構恥ずいな。)
目潰しという過激な事を考えながら歩いていると一際大きくて立派な建物が見えてくる。
石造りの建物らしく非常に頑丈そうな作りになっている。高さは天井まで合わせれば4階立て程の大きさで天辺の尖塔には何かの旗が風によってはためいている。
(うーん、やっぱりあの旗にも見覚えがない…ここはアディではないのか?)
「着きました、ここがギルド支部です、それじゃあ入りましょうか。」
案内されて入ると一階は酒場と受付で出来ているらしく、何人かの冒険者達が食事をとっていたり入って来たイーリス達を横目で見てきたりする。
(うわぁ…いかにもゴツそうな強面さんがいっぱいだ、絡まれないようにフード深く被っとこう)
そのまま受付の方へと向かい、ハンスがバックから爪を取り出す
「こちらの女性がフォレストベアーの死骸を発見したのですが、すでに死骸になっていたのでとりあえず討伐証明部位の爪だけ持ってきました。」
小声でそう告げると受付嬢の表情が営業スマイルから一転途端に険しくなっていく。
「し、支部長に連絡してきます」
同じく小声でそう告げた彼女は後ろの方へとすっ飛んで行った。
「(本当はイーリスさんが一撃で倒したんですけどね…)」
「(そこも内緒にしておかないと絶対面倒な事になるので、そういったことはなるべく避けたいんです。)」
来る途中に事前にそう説明するように頼んでおいたのだ、理由は簡単で何かの拍子で天人族とバレる可能性があるからだ。
そんな事を小声で喋っていると先ほどの受付嬢が戻ってきて支部長にそちらの女性も一緒に会って欲しいとの事らしく、そのまま中へと入っていく。
案内された場所は最上階である三階の一角にある場所で扉には支部長室と書かれている。
(そういえば、文字や言葉が当たり前に通じてるな…自然すぎて全然気付かなかったけど、都合がいいし別にいっか)
先ほどの受付嬢がノックして扉を開けて入っていくのでハンスと一緒にそのあとに続く。
「失礼します。力の斧のパーティリーダーをやっているハンスです。」
「ハンスか、お前のPTの評判の良さはよく私も耳にするからな、これからも頼むぞ。さて、それではさっそく本題に入るが、フォレストベアーの死骸を街道で見付けたのは本当か?」
「はい、見付けたのはこちらの女性です。」
「イーリスです、街道を移動中に何か大きな物を見付けたので確認してみると、フォレストベアーの死骸だったのでどうしようか迷っている時にハンスさんと出会ったので、一緒にゴナイの街へと向かいました。」
「そうか、ありがとう。その辺りには何か他に痕跡のような物はなかったか?」
「地面が焼け焦げていたのを見たくらいですね。」
「地面が焼け焦げていた…?炎魔法か…?それは広範囲だったのか?」
「いえ、限定的というべきでしょうか?」
「うーむ…上級炎魔法ではないのか?…それにしても街道にフォレストベアーとはな。すでに死骸となっていたから被害が無かったのが不幸中の幸いか。それにしても激しい戦闘の痕跡すら残さずにフォレストベアーが死ぬなんて一体…毒か何かにでもやられたのか?…考えても仕方ない!とにかくご苦労だった、後で彼女には報酬を渡そう。下がっていいぞ」
そしてそのまま支部長室を出た一行はそのあとギルド支部二階にある会議室へと向かう。
最初宿屋で話すことになっていたのだが、壁が薄いので誰かの耳に入る危険性があるという事で、ギルドの会議室を借りることにしたのだ。
「それでイーリスさんはつい先程こちらに来たとの事ですがそれは飛んで来てということでしょうか?」
「いえ、それが実は気が付いたら森の湖畔に居たんです。とりあえず街を探そうと飛んでいた所で皆さんを見かけたので助けに入った。といった所です」
「気が付いたら…?…まさか転移魔法でしょうか?」
「(あ、こっちでもファストトラベルは使えるのか)恐らくそうではないかと…前後の記憶が全く無いので詳しいことはわからないんですよ。」
ファストトラベルとは、MMORPGゆえにMAPは広大で、特にアディはその広さと自由度が特徴のゲームとなっており、一度訪れた街限定ではあるがファストトラベルと呼ばれる、所謂ワープがフィールド上であればどこでも使えたのだが…。
「驚きました…転移魔法はまだ存在していたんですね。」
(あ、あれ?まさかファストトラベルはできないのか…?…って冷静に考えたらそりゃそうだよな、街限定とは言ってもどこからでも転移できたらとんでもないことになっちまうよな。またやらかしちまったなぁ…)
「た、多分ですよ?これも内緒でお願いしますね!」
「大丈夫ですよ、目立ちたくないんですよね?」
「えぇ…次から次へとなんだかすいません」
「命の恩人なんですから気にしないでください。それでフォレストベアーを一撃で倒したあの魔法はいったい?」
どうやらアイナは魔法使いらしく魔術に興味があるようで目を輝かせてイーリスに詰め寄ってくるので若干気圧されてしまう。
「え、えっとあれはホーリーレイですね。」
「ホーリーレイ!?確か下級聖魔法ですよね?そ、それにしては凄い威力でしたね…」
「そうですか?…あの、フォレストベアーのランクっていくつですか?」
「あれはCね、私達はDだからまず勝てないわ」
「C…もしかして一番上はSSSで一番下はGですか?」
「SSS?Sが1個多いんじゃないかしら?それに一番下はHまでよ」
「いえ、確か遥か昔にはSSSランカーの冒険者も居たはずよ。でも長く現れなかったので現在の最高ランクがSSまでとされたはずです。その時にそれにあわせて下のランクも作られたようです。」
「そ、そうですか…。」
は、遥か昔…?ど、どういうことだ?でも下のランク名は同じだよな?
今すぐに詰め寄りたいが、常識的な事を根掘り葉掘り聞くのは怪しまれるし…なんとか自力で情報収集するしかないな。
アディはまず始めた時に必ず冒険者ギルドへと入ることになる。
そのギルドに加入することで様々なダンジョンや受注クエストなどをこなせるようになるのだ。
そしてそれらにはそれぞれG~SそしてS、SSまでがランク付けされていて、冒険者達は自身のランクに見合ったダンジョンや、クエストをこなしていくことで生計を立てている。という事も続けて確認をするが、そこはアディの頃と全く同じなようだ。
こうしていくつか情報交換の後いくらかの報酬をもらい力の斧が泊まっている宿屋へと向かう。
途中ですれ違う何人かがイーリスの妙に膨らんだ背中を訝しそうな目で見るが、一緒に居るハンス達を見るとそのまま声をかけることもなく去っていくのを見る限りどうやら結構有名なようだ。
「そういえばフォレストベアーの事に随分と警戒していますが、そんなに強いんですか?」
「強いなんてもんじゃない、あいつ見た目はただの大きな熊だが、魔法は使う、毛皮はちょっとやそっとの攻撃じゃほとんど効かない、更にあの大きさの癖に俊敏だから前衛がいても大きな魔法を使うのは難しい、と間違いなく俺らじゃ束になっても勝てない奴なんだ。だからこそのCなんだが…イーリスちゃんが一撃で倒しちゃったから実感わかねーよ」
「あはは…でもその強さならCは納得ですね」
(たしかCランクっていうと70lv代だったかな?俺はMAXの250lvだからホーリーレイなら一撃だし、強さの基準は似たようなもんかな。)
そんな事を考えながら歩いていると力の斧が泊まっている「青雲亭」に着いたようだ。
「ここがいつもお世話になってるところです、自分達は今日もここでとまりますがイーリスさんはどこか泊まる場所は決めていますか?」
「いえ、まだ決めてませんよ。」
「じゃあ僕達の宿屋にしませんか?勿論宿代は僕が払いますよ」
「いえ…そうですね、それじゃあお願いします。」
(こういうのは素直に受け取らないと相手に失礼だしな)
「夕飯まで僕達は休憩しているんですがイーリスさんはどうしますか?」
「私も情報収集した後に食事をとりたいのでご一緒します。あ、資料室みたいなとこはありますか?」
「わかりました、資料室は先ほどのギルド支部内にありますよ。」
「わかりました、ありがとうございます。」
そう言って宿を離れてギルド支部に向かうのだった。
「は〜…イーリスさんと話すとどうしても硬くなっちゃうな…」
「そうねー凄く可愛いし、あの服の完成度から見るにどうみてもイーリスちゃんはどこかのお姫様に間違いないわね」
「俺今まで生きてきた中であんな美人見たことねーよ…」
「気が付いたら森の中だと言っていたけれど…あの魔法の威力といい本当に何者なんでしょう…」
こうしてイーリスについて話したりしながらフォレストベアーから逃げた時の疲れを癒していると扉からノック音が聞こえてくる。イーリスが戻ってきたようだ。
「それじゃあ、いつもの酒場に行きますか。」
酒場に着いた一行はテーブル席に座り、店員を呼んでメニューの注文をしていたところでハンスに話しかけられる。
「イーリスさんはお酒は大丈夫ですか?」
「平気ですよ。前は結構飲んでいたので」
「よかったです。それじゃ麦酒と果実酒…あと………」
店員にメニューを告げた後は料理が運ばれるまでの間があるので、話そうと思っていた話題を切り出す。
「そうだ、ハンスさんアイナさん」
「はい?なんでしょうか?」
「せっかくこうして知り合ったんですし敬語はなしにしませんか?私はこの喋り方が癖になってるのでこのままなんですが、お二人とも素の喋り方でいいですよ」
「素ですか…そうですね、わかりました。でもさん付けは譲れないのでそこだけはこれでいきます…いやいかせてもらうよ」
「私はこれが素なので、ハンス達にも似たような口調になってるんですよ。」
「それじゃあよろしくお願いします」
「「はい!」」
と、ちょうど会話を終えたところで先ほど頼んだメニューが運ばれてくる。
様々な肉料理、野菜料理、おつまみ等が運ばれてきたところでハンスが音頭を取るが…
「それじゃあ、食べようか!食物を与えてくださるアズラ神に感謝を…」
「「「感謝を…」」」
(お、おぉ!?これはアレか?こっちでのいただきますか?)
突然のお祈りに戸惑ってしまいとっさに同じように祈る真似ができずいるとアイナにつっこまれてしまう。
「…あら、イーリスさんはアズラ神教じゃないんですか?」
「え、えぇ…私は…えっと、あ、アマテラスオオミカミ?様にですね…?」
「なるほど…聞いたことのない神教ですが、イーリスさんの故郷で信仰されているんですね」
「え、えぇ!それで私達の場合は『いただきます』になりますね。あと最後にご馳走様でしたもありますね」
「イタダキマス?どういった意味なんだ?」
「食材の命と料理を作ってくれた方に感謝するって意味ですね。最後も同じくありがとうございましたって意味で考えればいいと思います。」
「へぇ…料理を作ってくれた相手にもっていうのは初耳だな。」
「そうですね、私達の故郷では相手の事を思うといった意味の『おもいやり』といった感謝の心を常に。というのがありましたから」
「オモイヤリ…身近な事でも感謝の心を忘れないなんて素晴らしい故郷なんですね」
「そういう事ですかね?ありがとうございます」
自身の国を異世界の人物にも褒められたことに若干のこそばゆさを感じながらも、交友を深めるために飲み明かすのだった。
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0時を過ぎた事を知らせる鐘の音が鳴ったので今日の所は解散となった一行は宿屋へと戻る。
「そうだ、アイナさん。ここってお風呂場ってありますか?」
「この宿屋にはないですね、別料金で払えばお湯は持ってきてくれるんですが…お風呂場付きの宿屋となると街の中心部にしかないですね。」
「その宿屋ってやっぱり皆で入るような形ですか?」
「そうですね。」
(う~~ん…やっぱ難しいか。そもそも毎日風呂に入る習慣自体が昔は日本と古代のローマぐらいって映画で見たしなぁ…そのローマや江戸の日本ですら入るのは大衆浴場なんだからそりゃ無理だよな。)
「わかりました、ありがとうございます。」
そのまま宿屋へと戻った後は体を拭くためのお湯を頼んでみる
「とりあえず明かりは消しておかないと翼が見えてしまうな。…そういえばアディの時代設定は中世頃のはずだからこういった一枚板のガラスって作れないんじゃ?…でもゲーム時代は別に民家にすらあったから魔法とかで作ってるのかな。」
そんな事を呟きながら部屋を照らすためのカンテラは消して辺りを少し照らすロウソクタイプの明かりに火をつける。
ちなみに明かりを消したのは現世の頃のように厚手のカーテンではなく、ただの布一枚なので翼が影として写るのを避けたためである。
「さてと、これなら見えないだろうし服は脱いでっと…やっぱし翼がひっかかるな。いつまでもローブを羽織ってるのも違和感凄いし見た目だけでも普通にできるアイテムなかったかなぁ、後で探してみるか。」
ワンピースという着たことのない服なうえに翼があることで脱ぐのに多少手間取りながらも服を畳んだ後に、お湯を布につけて体を拭いていこうとするが途中で手が止まる。
「…やはり女性の体だな…俺の…息子が…せめて1回くらいは使ってやりたかったな…」
【イーリス】となった今、男性の象徴となる物も無くして落ち込む彼であった。
「本当はイーリスはいわば俺の理想の女性像そのものだったからな、相棒側にでもなって今まで以上に愛でたかったんだがなー、しゃーないか…というか薄暗い部屋で姿鏡もなくてよかったな、多分自分の体なのに見惚れていた自信があるぞ…。早めになれておかないとナルシストだと思われてしまうからそれだけは避けねば…」
徹底したキャラメイクの結果、自然と自分の理想の女性像、そして性癖などがそのキャラメイクとなって現れているので、不安を感じつつも体を拭き取り、やはりお風呂に入れない事にやや不満げを残しながらも床に就くのだった。