実験
つ、次こそもう少し話が進むはずです・・・!
転移魔法陣を起動したイーリスは、その光に思わず目を閉じた瞬間に感じた一瞬の浮遊感に驚いて目を開けた時にはすでにその光景は大きく変わっていた。
「ここが…洞窟?」
内部の広さは信じられない程に広がっていた。
更に洞窟内なのにも関わらず、何故か分厚い雲がかかった地上程の明るさもある、正直ここが外だと言われても信じてしまいそうな程にそこは広かった。
極め付きはその地形だ。何故かそこは森林地帯になっていたからだ。
こんなめちゃくちゃな地形が広がるあたり、流石はファンタジーなダンジョンといったところだろうか。
(いや、確かにゲーム時代のダンジョン全体も割と突っ込みどころあったけど現実となるとやっぱり異常さが際立つな)
「このダンジョンは一部の階層が転移魔法陣周辺以外は定期的に地形も変化するのも特徴の一つですね。」
「なるほど、迷宮ダンジョンって訳ですね」
ゲーム時代、規模の大きなダンジョンなどで見られたギミックの一つである。なお、地形が変化する際に内部に居ると自動的に転移魔法陣の場所へと波打つ地形によって文字通り流されるというかなり変わった特徴を持つ。
ゲーム時代では定期メンテナンス時に切り替わっていたので、これはイーリスの知らない事だ。
「さて、それじゃあ行きましょう」
さっそく転移魔法陣のすぐそばにある受付にギルドカードを渡して許可を取った後、ダンジョン内部へと足を踏み入れる。
「このへんでもすでに人があまり居ませんが、もっと奥地に行って人の気配が完全にないところまで行きますね」
「わかりました。できる限りのサポートをいたします」
「そういえばヴィヴィアンさんのジョブはなんですか?」
「機動兵ですね。」
「最高位ジョブですか…これは驚きました」
「速さには自信があります。いち早く前に出て囮となるのはお任せください。」
機動兵は全職中トップの機動力を誇るため、敵陣の内部に侵入し偵察、もしくは側面に素早く回り込んで撹乱する事をもっとも得意としている。
中衛に位置する狩人系職業なので火力、防御力共にそこまで高くはないが、速さをもって翻弄するため、PvPでは最強と名高い中々に凶悪な職業だ
その後は木の密集度が高く、見通りが悪いので狩人系のジョブスキル【スカウト】を使用すると周囲500m近くまで手に取るように全ての動きがわかる程に感覚が鋭敏になっていく。
そのまま警戒しながら歩いていると、ふと何かが来ている事に気が付く。
「…何か来ています」
「恐らく、フォレストスネークではないかと思われます。処理してきましょうか?」
「そうですね…それじゃあヴィヴィアンのお手並み拝見ということでお願いします。」
(とはいえ、Dランクだからな・・・オスカルさんでもBランクまでなら独りでも何とか倒せるっていうし余裕だろうが。)
「お任せください。」
その瞬間、その場からヴィヴィアンの姿が掻き消える。
(うお…流石は機動兵だな。ゲーム時代でも機動兵対策には頭を悩ませたもんだ)
と、考えている間に背後から急所で一突きしたのだろう。何かの動きが弱くなるのを感じ取った後に、凄まじい速度でこちらに向かってきたと思えば、すでにヴィヴィアンはイーリスの元へと戻っていた。
「終わりました。いかがでしょうか?」
「お見事。の一言ですね…後ろはお任せしますね!」
「勿論でございます。この身を持ってお護りいたします」
「あ、あはは…(重い!重いよ…!流石は王室メイド長って事なのか?)」
こうして何度か遭遇しそうになった魔獣を片付けながら探索をしていると、湖の畔に出たので開けた場所を探していたイーリスはさっそく実験をする事にする。
「よし、それじゃあ今から大きな魔法を使うので離れててください。」
「わかりました。」
イーリスから少し離れたのを確認してから一本の木に向かって意識を集中させ、一つの魔法を選択する。
体から何かがそこそこ抜けていく感覚を感じたその瞬間、【ジャッジメント】を使ったときと同じく、木を中心に巨大で複雑な魔法陣が浮かび上がり、そこから高さ10mは達する程の巨大な火柱が立ち上る。
少なくとも100m以上は離れているだろうにその熱は思わず顔を逸らしてしまいそうなほどの熱量と熱風であった。
「…んッ!」
その熱風に小さく呻き声をあげ、後ろに居たヴィヴィアンも同じく思わず顔を逸らしてしまう。
そのまま数秒ほど経つと、ようやく魔法の効果が切れたらしく熱を感じなくなったのでそちらを向けた先の光景は思わず目を疑いたくなるような状態だった。
目標にしていた周囲の木は跡形もなくなり、周囲一体はマグマのようにドロドロと溶け出している。中心から5mまでが範囲だったようだが、100m離れていても顔を背けてしまうほどの熱量を数十mで浴びたので、辺り一体は轟々と燃えてしまっている。
(これはマズいな。明らかにやりすぎた…というかやっぱ同じく単体系魔法で威力もそんな変わらんはずなのにジャッジメントより明らかに周囲の被害が大きいな)
「どうしましょうか…やりすぎちゃいましたね」
「そ、そうですね…」
どうやら目の前の光景の異常さに受け入れられてないようだが、このままでは間違いなく森林火災となってしまいそうなほどにその火の勢い強い。
(と、とりあえずタ、タイダルウェイブを使えば大丈夫かな。これまでも思ったけどあの感覚が魔力なんだろう。…さっきの感覚をもっと抑えるように意識すればいけるはずだ)
水系範囲攻撃魔法であるタイダルウェイブを燃え盛る場所を中心に当てるように意識しつつ、先ほどよりも感覚を弱くすると、大きさは同じだが、紋様が心なしか物足りなさを感じる魔法陣が浮かび上がり、そこから凄まじい勢いで水が溢れ出す。
「うん、これで平気だとおも…」
ヴィヴィアンへと振り返って言葉を続けようとした瞬間であった。
これまた爆音によって声がかき消され、すぐさま後ろに振り向くと、マグマ状になったあたりが断続的に爆発を起こしているようだ。
(あ、あぁ!水蒸気爆発か。消火する事しか考えてなかったな…。まぁ周囲には誰も居ないし、居ても魔獣くらいだろうから平気だろ。)
「さ、さてそれじゃあ試したい事も終わったのでダンジョンへと戻りましょう!」
「は、はい…」
目の前の惨状から一刻も離れたかったイーリスは、未だに少し放心気味のヴィヴィアンを連れて地上へと戻っていくのだった。
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地上へと戻り、しばらく洞窟内に作られた休憩所で寛いでいると何だか少し外があわただしくなってくる。
不審に思い、外に出て適当な冒険者に話しかけてみる。ちなみに今のイーリスとヴィヴィアンは目立つことを避けてフードを被り顔を隠している。
「すいません、何かあったんですか?…あれ?」
「ん?あぁ、なんでもDランク中層で強力な魔物が…ん?その声どっかで聞いたような」
話しかけた男は冒険者ギルドで知り合ったヴィルジールであった。
「もしかしてジルさんですか?」
「…おぉ、もしかしてイーリスか?」
「そうですよ、こちらにいらしてたんですね。」
あの時顔を見せたのは近くにいた女冒険者にのみだったので、若干判断に遅れたようだ。名前はミラから聞いたのだろう。
「ちょっと素材と金を稼ぎにな。そんでその奥にいるのがあの時の赤毛のねーちゃんか?」
「ヴィヴィアンと申します。以後お見知りおきを」
「お、おう…すげえ丁寧だな…んでなんだったっけな?」
「何やら慌しいので何があったのかな?と思いまして。」
「それが、なんでも強力な魔物が出現したらしいぜ」
「本当ですか?それでその魔物とは?」
「いや、まだ姿は確認できてないが、Dランク中層域で探索していた冒険者パーティが遠く離れれててもはっきりとわかるほどに巨大な火柱が現れたと思ったら、今度は水が破裂するような爆音が聞こえたんだとよ。」
「へ、へぇ~…」
「そんで、恐る恐るそこを確認してみると、辺り一体は真っ黒こげ、地面も溶けたのが固まったみたいでゴツゴツとしていたらしいぜ?規模からおそらくBランク上位域に位置する魔獣の仕業じゃないか?って事で大騒ぎってわけさ。」
「そ、それはまた恐ろしいですね…」
心当たりしかないイーリスは動揺しまくりながらもなんとか受け答えしていく。
「全くだ。まさかDランク中層域でBランク上位域が出るなんてな…このあとBランク、Aランクを中心に捜索隊を編成して討伐にあたるつもりだ。」
「が、頑張ってくださいね!」
「おう、任せろ!先輩としていいとこ見せてやるさ!」
「あ、あはは…」
こちらに来てから若干苦笑いが癖のようになってきてしまっているイーリスであった。