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幸せが怖いと呟く君を、そっと抱きしめた。

ためいき(お題bot)さん(@ruiikapoem)よりお借りしました。

 アリオンにとって、同い年の従兄弟が想い人に秘めていた気持ちを打ち明けて、晴れて恋人同士になったことはとてもめでたいことであった。思い悩んでいるところにアドバイスをしたり、影ながら応援していた身としてその結果に喜ばないはずがない。

 しかし今、アリオンは一抹の不満を覚えている。というのも、その恋人ができて幸せの真っ只中にいるはずの従兄弟が、できる前と変わらず自分の家に居座る時間が多いのである。変わらないどころか、少し長くなった気さえする。恋人がいるにも関わらずどうしてこの家に足を運んでくるのか。それがどうにも気がかりでならないし、妙に腹が立つ。

「……ねぇライユ」

 今日も広めのソファの上でさも自分の家であるかのようにくつろいで読書をしている青年に、アリオンは静かに声をかける。ライユと呼ばれた青年はその一言でアリオンが怒っているのだと感じたのか、ばっと飛び起きると何故かソファの上で正座をした。

「ど、どうしたのさリオ?」

「……あのさライユ、僕が今すごく言いたいこと、分かる?」

 自分を略称の『ライ』ではなく本名で呼ぶときのアリオンはすこぶる機嫌が悪いと知っているライユは、抱えていた読みかけの本を傍らの机に置いて苦い顔で目を泳がせる。その様子に、何かを察したアリオンは深々とため息をつく。

「まぁいいや。それより、また何か悩んでるの?」

 図星だったのか、ライユの肩がぴくりと揺れる。しばしの沈黙の後折りたたんでいた足を伸ばし、体の向きを変えてその裏を床につけた。

「俺……さ、幸せになっても、いいのかな?」

「……どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。ひどいことされ続けたとはいえ、お互い愛し合ってた時期はあったわけで……その人を差し置いて、俺だけ幸せになっていいのかなって……そう考えると、怖くなっちゃって……」

 ぼそぼそと喋る自分と似たような体格をしている従兄弟の言葉に、アリオンはやれやれと肩をすくめてソファの空いてるスペースに勢いよく腰かけた。長年使ってるソファはかかった重みに抵抗するように軋んだ音を立てて二人の体を揺らす。

 ライユには昔から他人に気を遣いすぎる傾向がある。前の恋人がそう望んだからという理由だけで、人前に出るときは一人称を「私」と偽って丁寧な物言いで喋るようになり、別れた今でもその癖は抜けていない。以前ライユは、こうして素の自分を出せるのは一番身近にいるアリオンにだけだと苦笑していたことがある。自分でも気づいているくらい、ライユには自分の何もかもを人に合わせようとするところがあった。

 それをよく知っているアリオンだからこそ、ライユにはちゃんとした幸せを掴んでほしいと思っているのだ。

「……ねぇライ」

「ん?」

「抱きしめてもいい?」

「えっどうしたの急に、うわっ!」

 きょとんと首を傾げるライユの返答を待たずに、アリオンは腕を広げると隣に座るそれほど柔らかくもない男の体に抱きついた。突然のことに体勢を崩したのか、その勢いのまま二人の体はソファに倒れ込む。

「り、リオ?」

「あのさライ……君はもう、人に合わせようとしなくていいんだよ」

 抱きしめる力を強くして、アリオンはライユの顔を見ずに言葉を紡ぐ。口元が服で覆われてもごもごと声がくぐもっているが、相手にはきちんと伝わったようで伸ばされた震えた手がアリオンの背に回る。

「別れた赤の他人のことで悩むことはないよ。君は君なんだから、君の望むままあの人と幸せになっていいんだよ」

「…………本当に?」

「僕がこんな大真面目な話で嘘吐いたことあるかい?」

 布に埋もれた顔をあげて微笑んでみせると、相手は泣きそうになっていた顔をさらに歪めて瞳から雫をこぼした。やっぱりまだまだ手がかかりそうだと心の内でぼやきながら、身を起こすついでに相手の体を引き寄せ幼子をあやすように背中をさすってあげた。


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