リング、太陽、復讐をテーマ・モチーフにした、主人公が幻術師の物語
物語お題ったー(http://shindanmaker.com/157644)よりお借りしました。
日光が燦々と降り注ぐ、とある帝国に広がる砂漠の中に建つ大きな塔。その中は砂漠を渡る者たちが休憩できるようなスペースがあり、商人たちの中にはこれを機に旅人たちにも商品を売ろうとする者もいる。
「へぇ、お兄さんはあの幻術師なのでございますか」
自分が売り歩いている食料を見つめている旅人に、商人の一人は笑いかけながらも旅人の出で立ちを訝しげに見つめる。砂漠の多いこの国を歩くには適した服装とはいえ、日除けマントの下は踊り子のように布面積の低い衣服を身に着けている。金品でじゃらじゃらと飾った両腕には妙な刺青が入っており、日焼けした褐色の肌に映えてかなり目立った。
旅人は手にした売り物の赤い果実をいくつか手に取って眺めてから、胸元に輝くペンダントヘッドを指で弾く。金メッキが剥がれかけた金具のついた、太陽を模したとされる国章が刻まれた宝石が鋭い音を立てて宙を舞う。
「……まぁ、端くれだけど」
「端くれだなんて、そんなご謙遜を……。幻術師というと国家認定の役職、大変な試練を乗り越えなくてはいけないでしょう?」
媚びたような商人の態度に、旅人は気付かれない程度に眉根を寄せる。この国にある国家資格を有した職のうち、幻術師はそこそこ地位の高い役職であることに加え、仕事は国から与えられるため収入はある程度高い。
「でも幻術師って大変じゃないですか? 何かと疑われやすいと聞きますし、さらにここ数年は国から認められていない者が幻術師を名乗っていたりしますし……」
「ああ、そういうやつもいるって話だな」
「まぁ貴方様にはその国家公認の証であるペンダントがありますし、大丈夫でしょうね。それにしても、これがその証ですか……」
手を伸ばし、ペンダントに触れようとした商人の目の前に、先程から持っていた果実をずいと突き出す。
「これ、いくつかもらおうか」
商人の元を離れてひと気のないところまで行くと、旅人の青年は溜息を一つついて胸元のペンダントに触れる。次の瞬間、ペンダントに刻印された国家の紋章がゆらりと揺らいで徐々に消えていった。
「ったく、商人はただ黙って物売ってろっての」
買ったばかりの果実に歯を立て、空いた小腹を満たす作業に従事しながら、青年は辺りを見回して塔に訪れている人を一人一人注意深く見つめる。商人と旅人以外にもこの塔を利用する者はいる。青年の目的は、その者たちに会うことだった。
ふと青年の視界に、先ほど話をした商人とは別の人物が映る。慌てた様子で土下座をするその前では、人相の悪い軍団が大声でどやしながら売り物を荒らしていた。周りの人間は関わらないようにと遠巻きに見つめており、誰も止めに入ろうとしない。
「……分かっちゃいるけど、やっぱ腹立つよな」
ぼそりと呟き、マントをひるがえして群衆に紛れ込むと、食べかけだった果実を軍団の一人に投げつける。当然どこからかぶつけられた物体に気づき、拾い上げて犯人を探してきょろきょろと辺りを見回す。そして青年の姿を見つけ、その馬鹿にしたような笑みから犯人だと断定して「おい貴様!」と声を荒げる。その大声に仲間は注目し、群衆は青年の前から逃れて道を作る。
「貴様か、これを投げてきたのは!」
「だとしたら? 食べるんだったらあげるよ、それ」
「ふざけるなよガキ! 『赤の団』に盾突いて、生きて帰れると思うなよ!」
『赤の団』という単語に、青年の表情が変わる。それまでとは打って変わり、殺気立った青年に対峙していた軍団の大男は一瞬たじろぐ。
「お前ら、『赤の団』なのか?」
「だ、だったらどうってんだ! たかが小僧が一人で立ち向かえると思って……」
不意に大男の言葉が途切れ、仲間が怪訝そうに肩を叩く。しかし大男は微動だにせず、ただ空を見つめて固まっている。
「無駄だよ。俺以外元に戻すことはできない」
「お前、こいつに何を……」
「お前らこそ……『俺』をどこにやった」
睨みつける青年の右腕が一瞬ぶれ、どういう原理か白い大蛇となって別の者の首に噛みつく。周囲を囲っていた人々はどよめいたが、青年が一瞥した瞬間全員が軸を失った人形のように倒れていった。
「な、なんだこいつ!」
「おい何してる! 敵は一人、しかも生身だぞ!」
「でもこいつ、腕が突然蛇に……!」
どよめく下っ端たちは次々と大蛇に首を噛まれ締め上げられ、ばたりばたりと地面に突っ伏す。顔色一つ変えず冷静に敵の攻撃をかわしていた青年は、とうとうたった一人正気で立っている軍団の頭領と正面から向き合った。
「上から聞いてはいたが、お前がそうだったのか……」
「俺の質問に答えろ。『俺』は、無事なんだな?」
頭領はにやりと不敵な笑みを浮かべ、両腕を大きく広げてみせた。
「今のところ、とだけ言っておこう。じきにお前の体は我々の手により、新たな礎としてこの世界に反逆の狼煙を上げるのだ……!」
「ふざけるな……『俺』はそんなことを望んでいない!」
「どうだかな。所詮お前は彼奴の……」
「それ以上口を開くな、下衆共が!」
大蛇が頭領の頭に食らいつき、牙を突き立てる。やがて蛇は残像となって消え、青年の腕は元の姿に戻った。
「…………あ、『俺』がどこにいるか聞くの忘れたな。まぁそれは大丈夫か、気配を辿れば帰れるし」
誰にも聞こえていない大きな独り言をごちて、青年はその場を立ち去る。塔の外に出る瞬間、青年の姿は水のようにぐにゃりと歪み、一頭のラクダに形を変え炎天下の中を進んでいった。
かつて幻術師の中に、一際群を抜いて優秀だった者がいた。どんなに困難な任務も、的確に素早く解決したという。
しかしその幻術師はある日突然姿を消した。一説では現在の国家と対立している組織『赤の団』に殺害されたのではないかとされている。
その幻術師が最も得意とした術――それが、幻術でいくつもの己の分身を作り出すという禁忌の術だったという。