明け方のホットミルク
白黒アイロニ(お題bot)さん(@odai_bot01)よりお借りしました。
時計の針が夜中の四時を指し示した頃、怖い夢を見てからどうにも寝付けなくて、シュシュは体を起こして自分のベッドから這い出た。外気に体の熱を奪われ、身震いを一つすると突然その肩にふわりと布がかけられた。
振り返ると、そこには全体的に黒い出で立ちの青年が立っていた。頭頂部に生えた猫耳をへたりと寝かせ、青年は心配そうにシュシュを見つめている。
「キティ? どうしたの、こんな時間に」
シュシュの問いに、キティと呼ばれた青年はベッドの上に乗ると彼女に近寄って頬をその肩に擦りつけた。
「シー、うなされてた」
「え……?」
「とっても、つらそうだった……怖い夢、見た?」
不安の色を覗かせる金の瞳が、暗闇の中きらきらと輝いている。飼い猫である彼にはどうやらすべてお見通しらしい。シュシュはキティの首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「兄様が、どこか遠い所へ行ってしまう夢を見たの……また寝たらその続きを見てしまいそうで……」
最初は普通だった声が、一言何かを発する度に震えていく。シュシュを抱きしめ返し、その小さな背中をさすりながらただ黙って続きを促す。
「兄様が本当に、二度と帰ってこない気がして……怖くなって…………」
「そんなこと、ないにゃ。クーはシーを置いて、どこかに行ったりしないにゃ」
兄妹がお互いのことを大切にしていることは、ずっと二人を見てきたからよく理解しているつもりだった。自分のカーディガンを涙で濡らすシュシュを再度強く抱きしめ、そのままお姫様抱っこの要領で抱きかかえベッドから降りる。
「ち、ちょっと、キティ!」
「夢見が良くなる、おまじないの飲み物、にゃあが作るにゃ」
すたすたと部屋を出て、階段を下りて一階のキッチンに向かう。隣接したリビングのソファにシュシュを座らせると、自分の着ていた丈の長いカーディガンを脱いでシュシュの膝にかけ、一人リビングへ向かう。
シュシュにとって、キティが料理をするところを見るのはこれが初めてだった。キッチンの明かりだけ点け、キティは冷蔵庫から牛乳パックと以前おやつにとカットしてあったリンゴ、さらに戸棚からはちみつを取り出してカウンターに置いた。
「ホットミルク……?」
静かな問いかけに、腕まくりをしていたキティは緩慢にこっくりと頷く。
「眠れないときは、あったかいのが一番にゃ」
「でも、ホットミルクで夢見が良くなるの……?」
「だから、おまじない、かけるにゃ」
鍋で弱火で牛乳を温めながら、手際よく卸し金を使ってリンゴをすりおろしていく。八等分のうちのひとかけをペースト状にすると、それをはちみつと共に鍋の中に入れてゆっくりとかき混ぜる。シュシュはその一部始終を月光の差し込むソファの一角で眺めていた。
数分後、キティは鍋の中身をマグカップに注いでシュシュの元に来る。ほのかに湯気が立っているそれをシュシュに渡し、キティはその隣にどっかりと腰を落とした。首を飾る銀細工の月が、微かな光を反射してきらきらと輝く。
「……ちょっとだけぬるいね」
受け取ったマグカップの中身を一口含み、苦笑する。
「ごめん……にゃあは、猫舌にゃ……」
「でも、おいしいよ」
返ってきた言葉に、キティの尻尾がゆらりと一つ揺れる。リンゴの酸味とはちみつの香り、さらに牛乳の自然な甘さが混ざり合ったホットミルクを飲みながら、シュシュはキティにもたれかかってこっそりと暖を取る。そうとは露知らず、キティは倒していた耳を立ててシュシュの頭に自分の頬を寄せた。
「昔、聞いたことがあるにゃ。人間の噂話だけど、それを飲めば夢の番人が、悪い夢を消してくれるらしいにゃ。きっとそれを飲めば……シーも、怖い夢、見なくなるにゃ」
しかし、話しかけた言葉に返事はない。目線を向けると、シュシュはいつの間にか飲みかけのホットミルクを持ったまま眠っていた。すやすやと気持ちよさそうに眠っている飼い主に、キティはやれやれと息をついてその手からマグカップを取った。
「……今度こそ、いい夢見るにゃ」
シュシュを大事そうに抱え、キティは来たときと同じ足取りで彼女の寝室へと向かったのだった。