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『魔法使い』のターン

「くそ……頭痛え……?ここ、は?」

 

 頭がくらくらする。辺りは暗くて何も見えない。ゆっくりと上体を起こし、目が暗闇に慣れるのを待った。その間に周辺の気配を探りながら、記憶障害をおこしていないか確認する。

 俺の名前は、コノハ―――私立魔法訓練所高等部の三年生。十五歳。得意な魔法は、特になし。苦手もなし。友人はクワ―――魔法学校なのに体術だけで生きてるみたいな万年赤点の幼馴染のみ。お調子者で楽天家だが明るい性格……うん、覚えてる……ああ、そうだ。射撃場を出てクワと別れた途端に声が聞こえて、意識が無くなっていったんだ。しっかりと思い出せたので、今度は目をつぶり魔法を使えるか試す。

「聖なる火よここに……明らかなる煌めきよ我に力を」

 火属性の呪文を唱える。ナニカがいた場合小さくても大きくても同じだろうが、やはり気分の問題だろう。出現させた火の玉は辺りを照らすだけの小さなものだ。


「一応使えるな……でも、小規模だな。魔力を作り出す要素が少ないのか?いや……」

 意識を集中して空間の要素や割合を解析する。魔力はニサンカタンソという成分からつくられる。多ければ多いほど強力な魔法が使えるのだ。

 しかし、やはりニサンカタンソが少ないのだろう。解析には少し時間がかかるようだ。目はとうに通常と同じくらい見えるようになっているので、顔は動かさずに辺りを探る。

 人や動物の気配はないが、先ほど……目を覚ました時から何かに観られているような気がする。気のせいだと思いたいが、見知らぬ土地に『ナニカ』の声によって放り込まれたのだ。最悪を考えておくべきだろう。

 『ナニカ』の声の目的はあれ・・かもしれないのだから。


「解析結果は……チッ約二十%かよ。最初から違和感はあったけど、やはりここは俺のいた世界じゃないな。あそこは常に八十%あったし。チッソってのが八十%ね……俺の体に何の影響もないのは無意識で保護してるからか」

 俺はひとまずここにいても何も解らないので、解析結果を読み取りながら少し歩くことにした。星の一つもない真っ暗な空間は何となく淋しい気もするが、考えてみれば俺のいた世界もネオンで明るすぎて星なんて見えなかった。

「何だかんだいって、いつもクワがいたしな……次会った時は少し優しくしてやろう」

 会えたら、だが。

 少し感傷的な気分になり、俯きがちになりながら歩を進める。

 その時、目の前の茂みがガサッと大きな音を立てた。

「!なに「助けて!!」……は?」

 構えた瞬間、茂みから飛び出してきたのは一人の女だった。

 動物か、見たこともないような異形の生物か、そんなものを予想していた俺は、とっさに反応できず固まってしまう。

 飛び出してきた若い女は、膝上までしかない短いスカートにボーダー柄の不可解な服を着用し、肩にリスをのしている。女はそのまま俺にタックルするように抱き着き騒ぐ。

 さらに後ろからさらに不可解な見たこともない服を着た男女も飛び出してくる。男は気を失っているようで背の高い女が抱きかかえている。

「お願い助けて!あいつ・・・を倒してえ!!」

「は?何が……あいつって……?」

「何でもいいから!食われるの!!」

 早く早くと急かされ押され、俺は茂みの前に追いやられた。女二人は1mほど後ろでぶるぶる震えている。

「何が何なんだよ!聖なる光よここに……明らかなる煌めきよ我に力を」

 光属性の呪文を唱え、いつ来ても言い様に構える。その場に緊張が走る。

 ガサッ!

『グワアアアア!!』

 出てきたのは俺が予想していた通りの……当たって欲しくなかった方の”見たこともないような異形”だった。

 魔力をつくるニサンカタンソが二十%しかない空間でどれほどの力が出るかは分からない。俺は全力で光を怪物にぶつけた。

『ギャアアアアアアア!!!!ボロオオオ!!!』

 思っていたよりも大きな光が怪物に直撃し、怪物はひときわ大きな叫び声をあげて煙のように姿を消した。

「やったのか……?」

「すごい!やっつけちゃた!!」

「助かった……」

 一撃で仕留められたのだろうが、影も形もなく消えてしまった。俺は訝しく思いながらも、振り向き男を抱えたまま飛び跳ねる女と、腰が抜けたように座り込む女を見る。

「で、あれはなんだ?お前らは……何者だ?」

 緊張する俺とは逆に女は顔を見渡せ同時に言った。


「「さあ……?ここどこ?」」


 俺は異世界から異世界に飛ばされたのは俺だけではないのだと、その可能性があったことを忘れていたなと思った。そして、今度は前触れもなくプツリと意識をなくす。

―――――ああ、次起きるときは暗い野外じゃなくて、布団の中がいいな

 そんなことを考えながら最後に見たのは、リスのくりくりとした黒い瞳だった。

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