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それを翼というのはあまりに薄く、そして大きすぎる。
片翼がビルの背を丁度半分ほどであり、あえて言うならばそれは二振りの巨大な刀である。
月光を反射させながら煌めくその姿はあまりに美しい。
グレイは雄叫び上げながら翼をクロウ目掛けて振り下ろす。
翼はその巨大な姿とは裏腹に疾風のごとき速さで迫り来る。
クロウはすぐさま飛び上がり両翼を回避するが翼はそのまま地面を切り裂き、クロウの足場はなくなってしまう。
体に浮遊感を一瞬ほど感じた後、すぐさま体は重力に引きずられクロウは落ちていく。
しかし、クロウは宙で体を回し爪をビルの側面に突き刺す。
爪とビルからは微かに火花が散り、何とか落下を回避する。
だが体は常に重力に引っ張られ、すぐには屋上まで登りきれない。。
ビルと爪の合間から軋む音が聞こえ、コンクリートの破片が幾つも落下していく
そんな状態に追い打ちをかけるかのようにグレイはさらに翼を羽ばたかせ、踏ん張りをきかせ勢い良く飛び上がる。
「さあ、消えな化け物!」
その言葉に反応するかのように展開された翼から小さな羽の刃が豪雨のように半壊したビルに降り注ぐ。
ビルはみるみるうちに穴の空いたスポンジのような状態に変化し、轟音を立てながら土煙を巻き上げ崩れ落ちていった。
大地には瓦礫の山が広がり、所々に羽の刃が突き刺さっている。
先程までグレイの両肩に生えていた翼は無くなっており、手には柄だけとなった小烏丸が握られていた。
グレイはそっと柄を前に突き出す。
すると、瓦礫に突き刺さっている小さな羽達が自ら集まり出し、みるみるうちに元の漆黒の刀身が姿となっていった。
グレイはゆっくりと辺りを見回す。
「流石に死んでるか……それとも」
そう呟きながら瓦礫を足で蹴り、前に進んでいく。
彼は警戒の網を視界全体に広げる。
耳を澄まし、微かな瓦礫の崩れる音すら見逃さないように気を配る。
するとグレイの耳に小さな音が入り込んできた。
「この音……」
それはまるで熱機関を動かすような耳障りな音で徐々に大きさを増している。
その音の正体に気がついた瞬間、グレイの顔は苦々しく歪み、続いて焦りの色が緋色の瞳に現れ出す。
グレイはすぐさまその場を離れようと体を動かした。
その刹那、瓦礫の下からとてつもない銀色の閃光が飛び出す。
やがてそれは灼熱の熱を纏い全てを飲み込んでいった。
光が消えた後、其処に存在していた瓦礫の山は跡形もなく消え去っていた。
まるで初めから其処には何もなかったかのような錯覚まで覚えてしまう。
そんな何もかもが無に帰した場所にクロウは立ち、グレイは倒れていた。
クロウの爪からは冷却棒が飛び出し、熱気が立ち込めている。
「瓦礫の……下から、そ……んなもん使って……じゃねえよ」
グレイは胸部から腹部にかけて酷い火傷をおい意識も途切れかけていた。
このまま放置していれば、そう長い時間はもたないのは明白な姿である。
クロウはそんな動けぬ彼に近づいていく。
「その刀は返してもらう」
クロウは仰向けに倒れるグレイを見下ろすようにしてそう言うと、彼の握っている刀に手を伸ばす。
だがその瞬間、グレイは刀をクロウめがけて突き上げた。
彼に殆ど力など残っていない。
けれど、漆黒の切っ先はその自慢の鋭さを見せつけるかのようにクロウの右目を簡単に貫いた。
「これは俺の……俺たちの翼だ。俺たちが奪うことはあっても奪われるのはあってはならなえんだよ……分かるか化け物」
彼の虚ろな瞳には確固たる信念が写り込んでいた。
クロウにはグレイの言葉が理解できなかった。
否、彼の言葉を真の意味で理解できるものはこの世でヤタガラスだけである。
故にクロウが理解できないのは当然のことだった。
無論、グレイにもそんなことは重々承知している。
だが、なぜか彼は話さずにはいられなかった。
でなければ今にも消え入りそうな意識を保てなかったからだ。
「俺たちは……全て食い尽くす、奪い尽くす、殺し尽くす。それが俺たち……ヤタガラス」
最早、うわ言のようにかすれた声を血と共に吐き出すグレイ。
クロウはそんな彼の姿を一瞥し、自身の眼球ごと小烏丸を引き抜いた。
微量の鮮血が飛び散っていく。
次にクロウは虫の息のグレイを見た。
「今、楽にしてやる」
その言葉と共に爪を振り上げる。
それと同時に小さな発泡音が響きわたっていく。
続いてクロウの背中に小型のアンプル状の弾丸が突き刺さる。
それに呼応するかのように爪は元の状態に戻っていき、体に異常なまでの重圧がかかりだす。
クロウはそれに耐え切れず、地面に膝を付く。
「結構効くものね……コレ」
そう言いながらニナが姿を現す。
クロウは視界が徐々に狭まり、声も上手く聞き取れなくなっており、彼女の存在は確認できても捉えることは出来ないでいた。
「さてと、コレはどう運ぼうかしらねえ……」
ニナは目の前に跪くクロウを無視し、グレイに近づいていく。
「……何をした」
クロウは必死に体を動かそうと努力するがまるっきり言うことを聞かず、声を発するので精一杯であった。
ニナはその声に反応し、体を反転させクロウを見る。
「ちょっとした八つ当たりよ……」
そう言いながら微笑みを浮かべるニナ。
しかし、クロウの瞳に彼女の姿が映ることはなかった。
引きずり込まれていくように闇が広がっていき、クロウは為すすべなく無意識の海に落ちていった。




