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ヤタガラスの本拠地デアニールは完全に陥落しつつあった。
既にヤタガラスの殆どは敗走もしくは自決状態である。
一方このデアニールを攻めいっているサーマシバルは精鋭とはいえ少数部隊だけでの攻略戦であった。
普通ならあり得ない状況。しかし、サーマシバル側には風見重工が投入した超越者クゥエルそしてクロウがいた。
これが圧倒的な差となって戦局を左右したのだった。
クゥエル以外の超越者には社会適応能力を育成させるため担当官がそれぞれ付けられており、基本的に二人一組で行動していればある程度の自由が許されている。
彼が今まで自由であったのはそういう訳だ。
だが、風見重工が有事と判断した際には彼らは自由を失い殺戮器官として働かなければならない。クゥエルは他の超越者にそのルールを強制させる謂わば鎖そのもの。
故に、彼は『鎮圧』の意であるクゥエルと名付けられたのである。
そして、クロウはその鎖に囚われたままデアニールに向かった。
彼の仕事はただ一つ。
ヤタガラスのリーダーであるグレイ・バルトを殺す。ただ、それだけである。
しかし、彼にはもう一つ達成せねばならぬ事があった。
高層ビルの屋上から見える大地は火炎が吹き出し、灼熱の紅を夜空に照らしていた。
熱風と火花が左右から吹き付け、死体と火薬の混じった不快な香りがクロウの全身に纏わりつく。
彼の右手にもつ黒は銃口から硝煙を吐き出し、左手にもつ白の刃には血潮がほとばしっており、凶器の本性を剥き出しにしている。
その凶器が次に狙いを定めたのは彼が見据える先にいる一人の男だった。
男はクロウに背を向け、地表に存在する火炎地獄を歓喜の表情を浮かべながら狂ったように笑い声を上げていた。
両腰に二本の短刀を吊し、右手には黒い羽根と見間違うような装飾がされた刀が握られ、左腕には銀色の射出式ワイヤーが取り付けられ先端部は十字架状の刃になっている。その鋭利な刃の危なげな輝きをクロウに魅せる。
漆黒の鞘は紅の中でも、色を侵されることはなく輝きを放つ。
男は傷だらけの鴉の仮面をつけ、短めの黒い髪を逆立たせ狂喜の音を響かせていた。
「お前がグレイ・バルトだな……」
クロウが抑制のない冷たい声を虚空に吐き出した途端、グレイの狂喜は止まり沈黙のトバリが二人を囲い出す。
グレイは体を反転させクロウを見ると先ほどの狂いが嘘みたいに消えうせ、変わりに異様なまでの静寂さを見せつけた。
「一匹か……」
あまりに小さく消えてしまいそうな呟きを放ちながら紅の夜空を見上げる。
銀色の星達は僅かに輝きながら夜を彩っていた。
「舐められたもんだな」
グレイはその言葉が空気を揺らすと同時に左腕のワイヤーを射出させる。
風を切る疾風を纏いながら刃はクロウに迫る。
そのスピードは普通ならば反応しきれるものではない。まして不意打ち同然である。
しかし、クロウはいとも簡単に銀色の切っ先を構えていた黒の砲身で弾き、金属の打ち合う甲高い音を響かせ宙に上げる。
それは正に開戦の合図であった。
星の明かりが宙を舞う刀身に反射し、一瞬の煌めきを魅せている間にクロウは白の引き金に指をかけ、素早く照準をグレイの額に向ける。
瞬時に響く発砲音は淀んだ腐敗の空気を振動させいく。
発射された弾丸は熱と殺意をその身に纏いグレイの額に向けて接近していくが、そう簡単には当たってはくれない。
体を素早く屈まると同時に左手で刀の柄を握りしめ、その体勢のまま大きく前に跳びだしてくる。
踏ん張りに使ったコンクリートのタイルはその瞬間、衝撃に耐えられず砕け散り破片と微粒の砂塵が残る。殆ど低空飛行の状態でクロウから一刀の間合いにまで迫り、右足がタイルに踏み込むと同時に刀を引き抜く。
黒い刀身は荒れ狂う叫び声のような凄まじい風切り音を連れてクロウの腰元に襲いかかるが、すんでのところで白の刀身が邪魔をする。
乾いた空気が拡散し消えていく。
「今のは決まったと思ったんだけどな……だが、コレで獲物はソイツだけだ」
グレイの興混じりの声が出ると同時に白の刀身は亀裂が走り、ガラクタに変貌していく。




