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ヨネは置かれた刀を懐かしさと悲しさを孕んだ眼で見つめる。
歳と共に重ねてきたシワが刻まれた手を伸ばして刀の柄を掴み鞘から少しだけ抜く。
すると、漆黒の刀身が姿を現し何とも霊妙な美しさを放ち、その黒に引き込まれてしまいそうになる。
「……お帰り」
微かに口元を動かし刀に対してまるで子に語りかけるように帰郷の言葉を送り、刀身を鞘にしまった。
刀を元の畳の上に置くと、ヨネは深く息を吐きながら二人に視線を戻した。
「さて、先ずは礼を言うよ……ありがとう」
二人に向けて深く頭を下げるヨネ。
それを見た千歳は慌てて頭を上げてくれ、と頼み口を開く。
「これは私の願いでもありましたし、実際に取り返してくれたのはクロウさんで私は何もしてません」
自分の非力さを悔やむような口調で千歳は話し始めたが、ヨネは笑みをつくりながら顔を横に振った。
「私にはその気持ちだけでも十分さ……よく頑張ってくれたよ。そしてアンタもね風見の坊や」
そう言いながらクロウの顔を覗き込む。
クロウはそれに対しても無表情を貫き通して黙っている。
そんなクロウを見てヨネは微かに口元を吊り上げ、千歳の方向に視線を戻した。
「千歳、少し頼まれてくれるかい? 今日はまだ庭の鯉たちに餌を与えてなくてね」
千歳はそこまで聞いてヨネの真意をくみ取り、すぐさま二つ返事で了承して部屋を出ていく。
千歳が部屋を出た瞬間、沈黙のトバリに包まれはじめる。
その途端に先ほどまでは気がつかなかった風のなびく音や水の反響などの小さな音がよく聞こえてくる。
「あの子は良くできた子だ。気が利くし思慮深い、そして本当に優しくて強い……坂上の当主に出来ないのが口惜しい」
そう言ってヨネは小さなため息をこぼしながら目蓋を閉じ、話を続ける。
「……カラスの頭、取り損ねたそうだね。嬢ちゃんから連絡があったよ」
クロウはそれを聞くと無言で髪を掻き上げ隠れていた右目をヨネに見せた。
本来なら黒い右目があるはずのその場所にはただ黒い空洞があり、仄暗い闇がいつまでも続いていた。
「あぁ……やり損ねた。オマケにコイツを持ってかれた」
クロウはそれを伝え、すぐにまた髪の毛を下ろし、右目を隠す。
相変わらず無表情ではあるが残った左目の眼光は鋭く尖り、ヨネに突きつけている。
するとヨネはゆっくりと目蓋を開きクロウの眼光を受け入れながら、見つめ返す。
「その目はこの刀でえぐられたようだね。そうなると恐らく二度と再生はしないと考えていいだろう。……すまないね」
「別に目に関してはどうでもいい。無くなった所で新しく創ればいいだけの話だ」
「便利な体だ。……年をとると要らぬ欲が出てしまうからいけないね。刀を取り返してくれただけで満足するべきなんだろう」
ヨネは苦笑いを浮かべながら畳の上に置いてある刀をもう一度、感慨深く見つめた。
刀は相変わらず漆黒を身にまとい鎮座している。
「……今回の件について詳しく聞かしてくれるかい?風見の坊や」
ヨネの頼みにクロウは無表情の面を静かに動かし頷いた。




