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クゥエルがいる地点から少し離れた場所にある小さな丘の上。
「ありゃ勝てねえわ」
双眼鏡を覗きながら一人の男が苦笑いをしながら言う。
見た目三十代くらいの黒の短髪をしており、口元には小さな切り傷がある中肉中背の男だ。
その隣にはショートヘアーで銀色の髪をした左は赤、右は青のオッドアイ女性がおり、怒気を帯びた目でクゥエルのいる方向を見つめていた。
「何故、風見の生物兵器が我々を襲う!?」
女は拳を堅く握りしめ吠えるような口調で言いだすと憤慨する彼女を宥めようと男は口を開く。
「まあまあ、落ち着きなって」
「デア・ニールはほぼ陥落し、仲間は次々に殺されているのに何故、隊長はそう落ち着いていられるのです!」
髪を逆立て怒鳴り散らす彼女に対して隊長と呼ばれた男は前髪を掻きあげながらため息をもらす。
「おいおい、こうなる事は予想もしてたし覚悟もしてただろ。それにグレイが生きていればこの惨事もたいした問題でもない」
苛立ちながらも雄弁に男は喋り続けるが、女は一向に落ち着きを取り戻す気配はなく、眼光はさらに鋭く尖っていく。
「それでも、仲間が死んでいくのをただ静観しているだけなんて……!」
言葉の途中で男は突然、女の口元を掴み無理やり黙らせる。
途端に女の目は大きく見開き、男の鬼のような形相が映し出される。
「いい加減にしろよ……お前みたいなクズに何が出来るんだ?」
男の握る力はさらに強くなり、女の顎は鈍く軋み始める。
「仲間が死んでいく、だからどうした。そんなとるに足らない事を気にして拾った命を捨てる気かお前は!」
そう言い放ち女を片手で投げ捨て息を吐く。
そして腰元に吊してあるフクロウの仮面を手に取り顔に近づける。
すると、地面に伏している女は声を潤ませながら「フェリクスが……シラサギが死んだ事も、とるに足らなかったのですか……隊長?」
と問いかける。
男は一瞬、辛そうな表情を浮かべ無言で仮面を着け、その場を去っていく。
すぐに女性は体を起こす。
彼女は燃えていくデア・ニールを決して忘れぬよう正視し、暗涙にむせぶのであった。
碧海に穏やかな波が発っしており、見渡す限り青く広い海原には船が波路をたてながら進んでいる。
清風が甲板に吹き寄せ、塩の匂いをもたらす。
千歳はその甲板に設置されているフェンスにもたれかかりながら景色を眺望していた。
周りには同じように何人かの船客が景色を見て、楽しんでいる。
彼女の手には黒い羽根のような装飾が全体にほどこされた一振りの刀が力強く握られており、吸い込まれるような漆黒に光がおびて美しいコントラストを描いている。
「……兄さん」
刀に向けてそう囁きかけながら、目蓋を閉じ強く抱きかかえる。刀の装飾の羽根はフワリとした肌触りをしており千歳を優しく迎え入れてくれる。
船は水しぶきを上げて進んでいく。
春の空には白雲が漂い鳥が列をなして飛んでいる。広大な水平線にはいくつもの島が浮いており、船の進む先にも一つの島が見えている。
その島こそこの船の目的地である『神楽』である。




