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クロウはそのまま体についた枝や葉など気にする様子もなく近づいてくる。
彼の手には大鳥の羽根が握られていた。
どうやら、先ほどの騒動が彼を此処まで連れてきたようだ。
ジンは反射的に神無を強く握った。
「アイ……どうして此処にいる?
抑揚がなく一定の音程で訊ねるクロウ。
アイと比べてみても彼の話し方は特徴的だ。
ジンは横目にアイを覗く。
彼の目にはアイの姿はひどく小さなものに見え、顔は明らかに強張らせているのが分かった。
アイはしどろもどろにコレまでの経緯を話し始める。
落ち着かない雰囲気が続き、空気が張り詰める。
クロウは事情を知るやいなや口元に手を当て何かを考えはじめた。
「おい、ありゃ誰だ?」
落ち着かない様子のアイにジンはそっと問いかける。
「私の兄さんです」
アイの頬は微かにだが、朱色に染まり顔をうつむかせだす。
ジンはその言葉に耳を疑い、クロウとアイを交互に見比べ始める。
「……兄弟って事はアイツも人間じゃないのか。にしても、どっかで見たような気がしないでもない顔だな……」
ジンは眉間にシワを寄せながら思いだそうと記憶を辿る。
だが、記憶が霞みがかかったかのようになり、どうしても思い出せない。
そんな中、クロウの向かい側にある洞から幼体のクレイウルフが一頭這い出てくる。
彼はそれが目に入ると、足を踏み出す。
ジンにはクロウの狙いがすぐに分かった。
「待てよ」
ジンはクロウの首もとに神無を突きつける。
先端の刃がクロウの首に触れ、微量ながら赤い血が流れだす。
「何か用か?」
クロウは刃物を突きつけられているにも関わらず、全くの無表情であった。
洞からはさらに二頭のクレイウルフが現れ出す。
親のクレイウルフは警戒を強め、牙を剥き出しにしている。
「あいつらをどうする気だよ」
ジンの眼光は鋭くクロウの姿を捉えており、アイもまた彼の前に立ちはだかる。
「……兄さん」
アイは懇願するようにクロウに呼びかけるが、彼の眉はピクリとも動かない。
「捕まえる。それだけの話だ。邪魔をするなら容赦はしない」
静かだが、威圧的な台詞と共に右腕が変化を始める。
漆黒の爪であった。
「なっ!」
ジンはそれに気を取られ対応する反応が遅れた。
クロウはその隙を見逃さず、爪で突きつけられていた刃をはねのけ、ジンに迫り蹴りつける。
彼は咄嗟に受け身をとったが、鈍く乾いた衝撃音と共に体は飛ばされ、樹木に叩きつけられる。
樹木は激しく揺れ、葉を散らす。
そのままジンは動かなかった。
クロウはそんな彼の姿を一瞥し、何事も無かったかのようにクレイウルフの元へ歩み寄り始める。
アイはそれを止めに割ってはいる。
「やめてください」
腕を大きく伸ばし行く手を遮るアイ。
一瞬だけ、クロウの眉がピクリと動く。
「止めておけ、お前が俺を止められる筈がない」
彼は彼なりにアイを説得しようと事実のみを述べる。
しかし、アイはそれに応じず、首を振った。
どうしても引くわけにはいかなかった。
最初はただの面倒事だった。
正直な話、クレイウルフなど知った事ではなかった。
どこで絶滅しようが、捕獲されようがどうでも良かった。
だが、現実に存在する彼らに触れ彼女の考えは変わった。
この厳しい世界で必死に生きようともがくその気高い姿に彼女は心をうたれたのだ。
彼らを守りたい、その感情はすぐに膨らみ、彼女を動かした。
「それでも退きません」
その眼差しは毅然としたもので正に覚悟の現れであった。
「……そうか」
長い間の後、静かに述べる。
クロウの爪は元の状態に戻っていく。 その瞬間、緊迫していた空気が緩み始め、クレイウルフも威嚇を止めて大人しくなる。
先ほどまでの殺気をすっかり沈め、薄笑いを浮かべながら小さなため息をつく。
「問題はセシリーだ。俺にはどうする事も出来ないぞ?」
クロウは脳裏にセシリーの顔を浮かべながらアイに問いかける。
すると、彼女は「黙っていれば問題ありませんよ兄さん」と人差し指を立て口元に寄せ、ウインクをする。
「だと良いがな……」
クロウはそう言ってジンを蹴り飛ばした方向を見る。
其処にジンの姿は無かった。
ただ、歪に曲がった木が一本たたずんでいるだけである。
「兄さん、上!」
アイの呼びかけと共に何かが風を切る音がクロウの耳に届いてくる。
彼は咄嗟に体を左側にそらす。
それとほぼ同時に一本の神無がクロウが先ほどまでいた地点にその全長の約半分程を残し、深々と突き刺さっていた。
さらに、空中からもう片方の神無を携え、ジンが大地に降り立つ。
彼の目は明らかに狂気に染まっていた。
危険な状態であることを察し、クロウは右腕を爪に変化させようとする。
だが、その隙をジンは見逃さず、鋭く突きを放つ。
クロウは後ろへ跳躍し、槍の射程圏から避けようとするが、それよりも速く槍がクロウの体を捉えていた。
ちょうど、心臓の位置に槍の先端が突き刺さる。
しかし、傷は浅く彼の心臓には届かない。
ジンは手応えでそれが分かり、槍をそのまま振り上げる。
体から抜けた神無はそのままクロウの顎をかすめた。
鮮血が飛び交い、刃の先端からジンの手へ伝う。そのまま、神無をクロウの脳天めがけて振り下ろすジン。
振り下ろされた切っ先はクロウの爪に弾かれ右側へ逸れる。
だが、ジンは体ごと回転し、左側に神無の刃を向け横なぎにクロウを襲う。
横から迫る刃のそりをクロウは蹴り上げ浮かせる。
その衝撃でジンの両腕も浮き上がる。
その間にクロウはジンとの距離を詰め、攻撃を仕掛ける。
彼は勝利の確信を得た。黒い光沢を放つ爪はジンの胸部に迫り、回避は不可能と判断したからだ。
だが、後少しの所でジンは体を限界までそらしたかと思うと神無を地面に差し、持ち手を握った状態でクロウの顎を器用に蹴りでかち上げ宙返る。
すぐさま神無を引き抜き宙に浮いたクロウの体に向け勢い良く投げつける。
神無は見事に彼の腹部に突き刺さり、そのまま飛ばされていく。
皮肉にも先ほどクロウがジンを蹴り飛ばした方向に一直線に向かい、いびつに歪んだ木に直撃するのだった。
クロウの体を突き抜け木に刺さる神無。
彼の口からは大量の血が吐き出され、水溜まりのようになり地面に染み込んでいく。
クロウは腹に突き出ている神無を引き抜こうと左手で柄を握りしめる。
その時、彼は腹の中にある違和感を感じた。
何かが自分の内蔵を噛みついて離さない、そんな感覚だった。




