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闇夜の爪  作者: べこちゃん
永久の樹と白き鬼
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その声は新緑の樹海に静かに吸い込まれていき、それに呼応するかのように木々はざわめき始める。

奇声は少し離れた場所にいたアイの耳にまで届いてくる。

途端にざわめいていた木々が静かになっていく。


「騒がしくなってきましたね」 


アイがそう呟くのとほぼ同時に彼女の右目は赤く発光した点のようなものに変化し始める。

暫しの間、沈黙が続き、ふと彼女は微かに笑みを浮かべる。


「では、ちょっと行ってきますので此処で隠れていて下さい」


そう言い放ち、アイは物凄い勢いでその場から走り去るのであった。




一方、ジンと麻耶は間もなく永久の樹にたどり着こうとしていた。


「さあ、早く私と一緒に神楽へ帰って挙式をあげましょう!」


「あんな離島に誰が行くか!」


未だジンは麻耶に追いかけられている。

執念が螺旋を描きながら彼女にまとわりついている。


「住めば都とも言いますわ。それにお姉様もきっと歓迎してくださいますから、心配しなくても大丈夫……もし反対されたら全員斬り伏せればいいだけです」



平然と危なっかしい発言をする麻耶。

家族すら手をかけれるという発言からもはや、彼女の頭はジンの事だけでいっぱいになっているのがよく分かる。。

ジンからしてみればありがた迷惑な話だ。


「おいおい、いくら冗談でもそれはねえよ」


「……冗談ではありませんわジン。我が家では殺し合いなど日常茶飯事ですし、私だって何回殺されかけた事か……私の夫はアナタのように強い方でないと」


ジンの後を追う麻耶の顔は少し悲しげである。

彼からはその表情は見えないが声色で何となく察知ている。

それでも彼女の願いを聞き届ける気はない。

少なくとも自分にはその資格がないと分かっているからだ。


「……なら、別の奴にしな」


その言葉を吐き出した瞬間、追い風となっていた風向きが向かい風へと変わった。

彼はこの好機を逃すまいと振り返らず黒い球体を後ろに放り投げる。

今回ジンが投げた球体は催涙弾であった。

見る見るうちに白い煙が風に編み込まれ、麻耶を包み込んでいく。

動きは止まり、彼の姿を見失ってしまう。


「……やってくれますわ」


着物の袖で鼻を抑えながら、彼女は煙が消えるのを待った。

煙がはれた時にはジンの姿はなく、沢山の木々だけが残っているだけであった。

麻耶はため息をつきながら、刀を鞘にしまう。

彼女の瞳には大きくそびえている永久の樹が映り込んでいる。


「あそこまで行ってみますか」 麻耶はそのまま永久の樹に向けて足を進めだした。


彼女の姿が完全に緑の中に消えると、しばらくして木陰からジンが辺りを窺うように姿を現す。

四方を見渡し、気配が消えた事を確認すると、彼は大きなため息をついた。

疲労の蓄積がここにきて開放されだす。

だが、同時に安堵し始める。

面倒事は一つで十分だ。

彼はそう思いながら立ち上がろうとする。


「一つお尋ねしたい事があるのですが?」


突如、彼の後ろから声が聞こえてくる。

ジンは慌てて後方を振り返った。

そこには右目を赤く発光させて彼を凝視しているアイの姿があるのだった。

彼は内心驚きを隠せないでいた。

確かに一瞬は気を抜いていた。

しかし、これほど近距離にいれば流石に気づく。

だが、事実はアイが声をかけてくるその時まで、その存在にすら気づかなかったのだ。

すぐに警戒を強め、彼は注意深くアイを見定める。

彼女の両手にはショートアックスがそれぞれ握られており、いつでも戦闘態勢をとれるようにしている。


「驚いたな……いつからそこにいたんだお嬢ちゃん?」


ジンは率直に疑問を述べる。

すると、アイの目がぎらつく。


「……私はコレでも25歳です。お嬢ちゃんではありません」


「お、そりゃあ悪かったな」


おどけながら聞き流すジン。

その声色からアイの発言を信じていないのがよく分かる。


「……もう、いいです。それより、私の質問に……」


「悪いが俺が先だ」


ジンは先とうって変わり真剣な表情になる。

いつの間にか彼の所持していた槍の矛先が彼女の喉元にあった。

その動きの速さにアイは感心したように声を漏らした。


「お前は何者でいつから『見ていた』か簡潔に答えろ」


静かだが力のこもった声。

それには確かな強制力があった。

普通ならば恐怖に震えながら従順となるだろう。

だが、アイは槍が自分の喉元に突きつけられているにも関わらず、全く気にする様子もなかった。


「そんな玩具で脅しても意味ありませんよ」


そう言ってアイは足を一歩前に進める。

段々と鋭利な刃が彼女の喉に食い込み始める。

赤い鮮血が滴り、刃に伝わっていく。

ジンは慌てて、槍を引き戻す。

それとほぼ同時に彼女の喉の傷は塞がり、何事もなかったかのように綺麗な白い肌に戻っていく。

それは、あまりに信じられない光景であった。

確かに喉を突き刺した感触が槍から彼の手に伝わっていた。

だが、現実にそれを指し示す証拠は消えてしまっている。

しいて言えば、槍についた微量の血のみである。

それは有り得ない光景だ。

白昼夢でも見ている気分となる。


「……冗談キツいぜ」


「コレで私が何者か分かりましたか?」 少しだけ、笑みを浮かべるアイ。


「人間じゃねえとだけな」


「それで充分ですよ。それでは、話の続きをしましょうか」 そう言うと、アイは怪しく笑む。


そんな彼女に対してジンは気が抜けたように槍を下げ肩をすくめ始めた。


「分かった。もう、好きなだけ語り合おうぜ」


その声には疲れと呆れの色が見える。

風が激しく吹き始め、鮮やかな色をつけた植物の葉と花がゆらゆらと動く。

彼らからは木の傘に遮られ見えないが、よく晴れた真昼の青空が少しずつ曇り始めていた。


「では、私から。あなたは何しにこの場にきたのですか?」 彼女の瞳は全く動かず、彼を捉えている。


「ただの観光さ」


彼は平然な顔つきで嘘をつく。

得体の知れない存在だ。

わざわざ、真の目的を教えても仕方がない。

しかし「嘘はいけませんよ」とアイは釘を差す。

彼女にはジンが嘘をついている事にすぐに気づいていた。


「……よく分かったな。そんなに俺の嘘は分かり易かったか?」


「目は口より真実を語ります。あなたの瞳は私に正直に教えてくれました」


その言葉に彼は古い記憶を呼び覚ました。

昔もこのようなやり取りをした。

その時も自分の嘘はすぐさまバレてしまったのだ。


「ああ、眼球運動か……お前、目が良いな」 ジンは感心したように感想をこぼす。


「何たって私は名前は『アイ』ですから」


「なあ……それはギャグか?」


「ええ、私の持ちネタです。面白いでしょう?」


しれっと言うアイ。

ここまでつまらないもの雄弁と発言する彼女の姿にジンはある種の感動を覚えた。


「お前……最高だ」


思わず、ジンはアイに讃辞を送る。

彼らが本題に触れる事になるのはどうやらしばらく先になりそうだ。



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