28
ジンと麻耶が仲良く追いかけっこをしていた頃、クロウとセシリーは日の出よりも早くに宿を後にしており、既に永久の樹に到着していた。
新緑の海をかき分けると風に乗った葉は浮遊しながら森を駆け抜ける。
大地に芽吹く草木は体を激しく揺らしながら存在を示していた。
巨大な根が地面にはりつき、地中の中で広がっている。
森の木々はその根と絡まり、それ自体がひとつの存在として森をつくる。
遥か太古からそれは続き、現在も継承されている。
それは歴史そのもの。
誰も世界の起源を知らない。
けれど、この森だけがそれを知っている。
起源という存在そのものがこれなのかもしれない。
永遠の名を持つその樹の起源もまた誰も知らないのだ。
二人はそんな巨大な根元から上を見上げていた。
「……デカすぎでしょ」 口を半開きにしながら呟く。
永久の樹は下から見上げても全く頂点が見えず、幹の太さも尋常ではない。
また、樹が日を遮り影が大きく延びている。
影のあたる場所は深い緑色をし、静寂を彩っていた。
おかげで、夏であるにもかかわらず肌寒い。
「で、どうする気だ?」
クロウが上を見上げたまま尋ねてくる。
そう、彼らは別に観光に来たわけではない。
クレイウルフ捕獲の為に来ている。
だが、この広大な森の中ソレを見つけだすのは困難な事であるのは言うまでもない。
「私が何の計画もなしに動くと思うの?」
不適に笑みを浮かべているセシリー。
クロウは彼女の問に対して、しばらく考え始める。
彼の脳裏には、今まで彼女と過ごしてきた記憶が絶え間なく流れていく。
幾度として彼女と行動を共にしてきたのだ。
当然、今回のような事例をしばしばである。
クロウはそれらを吟味し結論をだす。
「思う」
しばらく間が空き、「……やっぱり?」と答えるセシリー。
彼女自身にも自覚はあった。
金につられて無計画のまま飛び込んでいく。
彼女の欠点だ。
自覚のある欠点なだけ、幾分マシというものだが、それが直る気配がないのだから救いようがない。
クロウはただ、静かに頷いた。
「ま、とりあえずこの辺りを探索しましょ」
そう気を取り直しながらセシリーは先陣を切る。
そんな彼女の後ろ姿を見つめながら何も言わずについて行くクロウ。
何本も木が集まり樹海と呼ぶに相応しい風景。
あっちこっちで獣の気配があり、沢山の虫が辺りを飛び交っている。
長い蔓や木の根っこが行く手を遮り、木々は世話しなくざわめく。
それはまるで互いに囁きを交わし、彼らを拒んでいるかのようだ。
そんな調子でしばらく歩いていると、大きな道が出てくる。
何本かの木が折られており地面の草は無惨にも踏みつけられている。
その道はまるで何か大きな物体が通った後のようであった。
「何かしらねコレ?」 セシリーはその道を見つめながら問いかけてくる。
「分からんが、用心しておいた方がいいかもな」
クロウはそう言い放ち、今度はクロウが前に出る。
そのまま、彼らはその蹂躙された道を辿り始める。
まるで、一本の糸のようなその道は長く続いている。
奥に進に連れて緑はさらに深くなっていき、陽が射さなくなっていく。
「どこまで続いてんのよ」
呆れ顔でセシリーがぼやいている。
その表情には疲れの色が見える。
それにクロウは気がついた。
「休むか」
クロウがそう尋ねる。
だが彼女は小さく首を横に振る。
彼は「そうか」と言いながら、また前を向き直す。
そのまま、さらに進んでいくと大きな広い空間が姿を現した。
その空間にのみ緑色の陽が射し込んでおり、幻想的な風景を彩っている。
「……凄い」
無意識にセシリーはそう呟いていた。
それほどまでにこの光景は素晴らしいものであった。
「ああ、凄いな」
クロウには珍しく目を見開いている。
「ええ、こんな光景初めて見たわ」
「いや、そっちじゃない」
そう言いながらクロウは奥の方を指差している。
セシリーにはクロウが何に驚いているのか分からないでいた。
とりあえず、彼の指差した方向に目をやる。
刹那、身の毛のよだつ戦慄が彼女の背を走った。
「……は?」
彼女は口が半開きにしたまま目を見開き、唖然としている。
彼が指差した方向には信じられない大きさの芋虫がいたのだった。 ノソノソと動く巨大な芋虫。
その巨体で木にのしかかり葉を食い散らしている。
そして、見る見るうちに木は丸裸にされ、次に芋虫は幹をかじり始める。
「何なのよアレ!?」 セシリーはそう言いながら、鞄から小さめな電子図鑑を取り出し、調べ始める。
「千歳がいればすぐ分かるのにな」 必死に探しているセシリーを横目にクロウが呟く。
「あの子がアレを見たら卒倒しちゃうわよ……見つけた!」
電子図鑑には目の前にいる芋虫と同じものが映し出されている。
クロウはそれを横から確認する。
「えーっと、百万揚羽の幼虫……ネーミングセンスないわね」
「いいから早く読め」 クロウがせかし始める。
「分かってるわよ!何々、永久の樹周辺の地域にのみ生息している希少種。幼虫時の大きさは平均で五メートル程で、特徴としては蛹から成虫として進化する際、百万の成虫が出てくる」
「百万か……多いな」
「幼虫は蛹になるまで一日中食事を取り続けるみたいね……因みに雑食らしいわ」
セシリーはその説明を読み、嫌な予感が体を突き抜け始めていた。
その時だった。
百万揚羽の幼虫がのしかかりながら食い散らしていた木が倒れる。
かなりの重さなのだろう地響きが辺り一面に響き渡っていく。
「ねえ……逃げた方が良くない?」
「もう、遅いと思うぞ」
クロウの言うとおり、もう遅かった。
幼虫は既に彼らを捕食しようと巨大なその体を動かし始めていた。
その巨体に似合わず円筒形の体はもの凄い速さで迫ってくる。
頭部は丸く単眼が六個並んでおり顎は下を向いている。
何ともグロテスクな姿である。
「さがっていろ」
クロウはそう低い声でセシリーに伝える。
その声に従い、セシリーはクロウの後方に下がっていく。
幼虫はさらに距離をつめ出しており、巨体が草木を踏み荒らしていく。
甲高い叫び声が森に響き、クロウ目がけて突進してくる
「殺しちゃダメよ!」 セシリーが慌ててそう言う。
「分かってる」
クロウがそう返答をした瞬間、幼虫はクロウの体にぶつかる。
彼は幼虫の頭を両腕で押さえ込む。
だが幼虫の動きはスピードが落ちるだけで止まらない。
まるで一台のトラックがそのまま突っ込んできているかのような衝撃が彼を襲う。
彼の靴底が段々とすり減っていき、地面に二つの線が出来始めてくる。
クロウは舌打ちをしながら、片方の手で腰もとに所持していたフルスタング構造のナイフを取り出す。
そのまま間髪を入れずに幼虫の単眼の一つにナイフを突き刺す。
その瞬間、緑色の体液が飛び散り幼虫は甲高い奇声を発しながら、体を起き上がらせる。
胸部から腹部にかけて地面から浮き二つの脚部が丸見えになる。
瞬時に彼は頭部を掴んだまま背中に回る。
そのまま、全力で走り出し背中を駆け抜けていく。
幼虫は相変わらず奇声を上げながらのけぞり始める。
「終わりだ」
クロウは短く囁き幼虫の頭部を地面に叩きつけた。
地響きが森に響いていく。
完全に裏返しになった幼虫は脚部を必死に動かしながら体勢を立て直そうともがいている。
そんな姿を横目に見ながらクロウはセシリーの元に駆け寄り、彼女の体を軽々と持ち上げる。
「舌を噛むなよ」
セシリーの耳元でそう囁きながら、もと来た道を戻っていく。
彼女は口を閉じ頷きながら、クロウの首元にしっかりとしがみついている。
残された空間には未だに幼虫がもがいており、その奇声は森全体に広がっていくのだった。




